金木犀
「オリジナルのオーディション……ですか?」
「そう、自分で作詞作曲してそれを録音すれば応募できるってやつ見つけたんだ。テーマは決まってたんだけどどうかと思って。どうかな? 録音の機械とかは俺が用意するからさ、やってみない?」
「でも……」
すぐに乗ってくると思ったのだが、若葉の反応はイマイチ煮え切らない。
「ここまで、していただいて、もし駄目だったら、申し訳、ないです」
若葉の言葉に、俺は思わず笑みを浮かべた。
「何言ってんだよ、ものは試しなんだしさ、俺だってすぐに受かるとは思ってないからさ、やろう?」
この時、俺は嘘をついた。若葉なら1次審査ぐらいは受かるんじゃないかと心のどこかで思っていたのだ。
「じゃ、じゃあ……やります」
「そうこなくっちゃ! テーマは春らしいけど……締め切りは来月の10日だって」
「えと、なら……これから作詞と作曲やります。それまでには、間に合わせますから」
「じゃあさ、折角だしさ、桜でも見に行かない?」
「桜……?」
「うん、春って言ったらやっぱ桜だし、ずっとこんな部屋にいるのも退屈だろ? 若葉は車いす借りていけば病院の庭の桜ぐらい見に行けるしさ。俺は松葉杖あれば大丈夫だし」
自分がなぜここまでして若葉と花見をしたかったのかは分からなかった。ただただ若葉の喜ぶ顔が見たかっただけかもしれない。
「じゃあ……明日、行きたい、です。2時から、でいいですか?」
「オッケー! じゃあまた明日、ここに来るね」
「いえ、先に、庭で待ってます」
迎えに行こうと思っていたのに、若葉は頑なにそれを拒否した。
「そう? じゃ、1番大きい木の下でって言って分かる?」
「はい、大丈夫です。また明日」
その時に見た彼女の切なそうな笑みが妙に胸に引っかかった。
翌日、待ち合わせ場所の木の下に行くと、 若葉が車椅子に座って眼を閉じていた。
「よっ」
声を掛けると若葉は顔をこちらに向け、嬉しそうに笑った。
「満開だなー。桜が散ったら雨みたいだ」
「桜吹雪、ですね」
緩やかな風を受けて、若葉の髪がなびく。
「そうだ、桜の花言葉、教えて」
「あ、はい。桜の、花言葉は……純潔や精神美、淡泊などがあります。枝垂桜だと優美、山桜だと貴方に微笑む、なんて意味もあります」
「へえ……本当にすらすら出てくるなぁ……」
若葉にぴったりだな、なんて考えてしまう。
暫く若葉と会話を楽しみながらのんびりと桜を眺める。
「そういや若葉は――」
「…………」
「若葉?」
横を見てみると、若葉は幸せそうに眠っていた。その顔はまだあどけなく、起きている時よりも幼く見えた。
「あーあ、こんなところで寝ちゃって……」
背後から掛けられた声に振り向いてみれば、白衣をいた女性が立っていた。
「あ、わたしこの子の担当医なの。暫く検査があるのに今日だけは外に出たいって聞かなかったの。検査が全部終わってからじゃ駄目なの? って聞いたら、この子必死な顔で桜が散っちゃうって言うのよ。貴方が誘ったの?」
「あ、すっ……すいません」
「いいのよ、この子が外に出るのは久しぶりだし……よっぽど君と花見がしたかったのね」
くすくすと笑う女性の言葉に思わず顔が熱くなった。
女性は幸せそうに眠る若葉を眺めながら、悲しそうに呟いた。
「いつかこの子に、本当の花見をさせてあげたいわね」
「本当の花見……?」
俺が聞き返すと、女性は怪訝そうに首をかしげた。
「この子から聞いてない? いや、もしかしたら逆に言えなかったのかもね………」
「だから何をですか?」
苛立ちを隠しきれずに尋ねた俺に、女性は衝撃の事実を告げた。
「この子、目が見えないのよ――」
金木犀の花言葉は「謙遜」「真実」「陶酔」「初恋」などがあります。
今回は真実、がメインかもですねw