後編 堪忍袋
「この後渡辺の家にも行かなきゃいけないんだ」
ソイツはそう言って再び床に座った。
ってか行くなら行けよ。何で座ってんだ。
口にさえ出さなかったものの、俺の顔は相当「帰れよ」の顔をしていたと思う。
が、その表情の変化に気付くようなら苦労はしない。
ソイツは何を思ったか、俺に床に座るように言った。
ぽんぽん、と床を叩いて、「早くすわれよ」と言う。
彼女さえ居なけりゃ座ってるコイツの顔面を蹴っ飛ばして見事に散らせてやるのだが、そうは出来ない。
「何だよ?」
足をソイツに向けて跳ね上げそうになる衝動を押さえ込んで、ソイツの言う通りに床に座る。
「何だ?」
若干口調も不機嫌味を帯びてきている。
が、ソイツはその事にも気付く事無く、あっけらかんとこう言った。
「腕相撲しようぜ」
はァアんッ?
もう、一体何を言ってるんだろう?
もうここまで来たら名言だ。格言と言ってもいい。
『腕相撲しようぜ』“コイツ語録”の第一項に指定だ。
「俺も最近体鍛えててさ。部活もやってるし、強いと思うぞ?」
言いながら、床に腕を立てて「来い来い」と指をクイクイ動かす。
何か無性にむかつく。何で俺が自分の家で、部屋で、コイツの言うとおりにせにゃならんのだ。
・・・いや、まぁ彼女の前でカッコイイところを見せたいのだろう。
OK。それならお望みどおりに。
俺も床に腕を立てて、ガッチリとソイツと手を握り合う。
「じゃあ、いっせーの、でスタートな」
ああ、いつでもどうぞコラ。
口に出すことすら忘れるほど憤りがわきあがってくる。
『いっせーの・・・』
二人で声を合わせ、
『セッ!!』
筋力爆発!!
「ドラァッ!」
ガツンッ
「痛いッ!」
ソイツの腕を思いっきり押し負かしてやった。
その拍子に、ソイツは手の甲を床に置いてあったダンベルにぶつけて騒いでいる。
ああ、しまった。アイツに花を持たせてやるんだった。心の底から忘れてた。
まぁ、いい。全然いい。
「ほら、もういいだろ?そろそろ・・・」
「じゃあ腕立て伏せで勝負だ!」
「あぁあッ!?」
俺の言葉を遮って、コイツは何を言ってんだ?
もうだめだ。そりゃ口にも出るわ。「あぁあッ!?」って。
さすがの仏様も、コイツを相手取ったなら三度目を待たずして「お前死ね。四回死ね」と神仏らしからぬ言葉を浴びせるに違いない。
だからここまで我慢した俺は凄い。自分で自分を褒めてあげたいです!!
もう何かどうでもいいや。そこまでして彼女の前でカッコイイ姿を見せたいかね・・・。
確かに解らなくは無いが・・・。
けど生憎、俺も女の前で負けて見せるほど優しくは無い。友達よりも自分優先。当然だ。
「解った。やろう」
「よし。じゃあ先に十回やったほうの勝ちな」
回数少ねぇなあオイ。と思いはしたが、
「OK。じゃあとっととやろう」
床に這い蹲るような形になって、腕立ての体勢に入る。
アイツの彼女の前でこんな格好をするのはハッキリ言って恥ずかしいが、まあ、コイツを負かすためだ。
「じゃあ、さっきと同じようにいっせのー、でスタートな」
「解った」
頷いて、
『いっせーの・・・』
『セッ!!』
「ふをぉぉおおおおおッッ!」
再び筋力爆発!
過去最速。もしかしたら5秒かかってないかもしれないそんな速度でフィニッシュ!!
もちろんソイツよりも早く終えてやった。
「よしッ!じゃあとっとと帰れ。もういいだろ」
立ち上がって、腕をぐるぐる回す。
「・・・ああ、もういいよ。帰るわ」
ソイツも立ち上がって、次いで彼女も椅子から腰を上げる。
「じゃあな。また来るよ」
言いながら、鞄やら何やらを持って扉に手をかける。
「ああ、四年後あたりに来いよ。その時は多分歓迎してやる」
「なんだそりゃ」
ははは、と笑いながら、それじゃあ、とソイツは部屋を出た。出際、彼女が俺にペコリと頭を下げた。
俺は笑顔で手を振った。
本当なら外まで送るのだが、もうそんな気にはなれない。
ゲームつけっぱだし。メール来てるし。
時計を見る。もう7時だ。
ああ、結局1時間近くいやがったんだな、アイツ。
まぁ、いいか。帰ったし。さて、とっととゲームの続きをば――――
ピーンポーン
―――あぁ?
再び嫌な予感がする。なんなら、さっきアイツが来たときと同じ、いや、それ以上の嫌な予感だ。
もはやこれは直感だ。
俺はその直感に突き動かされて、自分自らインターフォンを取った。
「・・・はい」
受話器に向けて声を発する。
そして、
『あ、滾?俺俺』
ソイツ、再び!!
「何だよ?何だよ?」
混乱で同じことを二回言ってしまう。
インターフォンの向こうで、アイツはこういった。
『ゴメン、彼女が携帯忘れたらしくてさ』
携帯?
そんなものあるか?
俺は一応周りを見回してみたが、そんなものは無い。
「いや、俺の部屋には無いけど?」
『そんなハズ無いって!お前の部屋に行く前まではあったんだから!』
だからってなぁ・・・。
俺は受話器を置いて、部屋の中を探した。
とはいえ、アイツの彼女は椅子に座ってほぼ微動だにしていなかった。
椅子の上にないのなら、俺には当てすらない。
「いや、悪い。無いよ」
俺は受話器を取っていった。
すると受話器の向こうから、
『あ、悪い。あった』
んだ!ゴラボケタコナスがぁあッ!
思わず受話器をぶん投げそうになるのを必死で止めて、
「ああ、そうかあったか。よかったなHAHAHA」
決して向こうには見えないが、白い歯を見せて笑ってやった。
ああ、もういい。
どっちみち、コイツはもう帰るんだ。腹を立てることも無い。
『じゃあな』
「じゃあな」
インターフォン越しで別れを済ませて、ふぅ、と俺は一息ついて椅子に座った。
座って、考える。
何だかんだで、結局アイツは渡辺の家に行くのだろうか。
行くのなら、彼女の帰りは本当に遅くなる。
駅まではアイツに遅らせるとしても、そこからは彼女一人だ。
暗がりの中を女性一人歩くのはかなり危ない。
アイツはどうなろうと知ったこっちゃ無いが、彼女がどうかなるのはだめだろう。
まぁ、何だかんだ、アイツが悲しむのもそれはそれで・・・。
今からでは略手遅れだが、それでも早く帰るに越したことはないか。
そう考えて、俺は携帯を取り出した。
名前のフォルダから、『渡辺』の文字を探し出す。
そして、
トゥルルルルル・・・ トゥルルルル・・・
電話をかけた。そんなに待つことなく、渡辺は電話にでた。
『もしもし?』
「あ、渡辺、久しぶり。あのさ、多分もうすぐお前の家に客くるけど、居留守使えよ。説明すんの面倒だから、詳しくは話さないけど、いいな?」
それだけ言って切った。
これで大丈夫だ。渡辺の家でくつろいで遅くなることは無いだろう。
一安心して、俺はゲームに意識を向けた。
プルルルル・・・ プルルルル・・・
電話が鳴ったのは、俺がゲームを始めて五分ほどしてからだ。
俺は携帯を取り、ディスプレイを見る。
ディスプレイには、『渡辺』の文字。
何だ・・・?
俺は電話に出た。
『もしもし?』
「ああ、もしもし?何?アイツ来ただろ?あいつ。名前忘れたけど、中学の時の」
『え?ああ、来たんだけど・・・』
渡辺の語調は何故か重い。
「何?」
よく耳を澄ませてみる。
すると渡辺の喋る向こうから、聞きなれた、というか、さっきまで俺の部屋で聞いていた声が聞こえてくる。
「・・・おい、もしかして、アイツ居る・・・?」
少し、堪忍袋の緒に亀裂が入った。
『来ちゃった・・・』
小さい声で、アイツに聞こえないように渡辺が言う。
緒が、切れた。プッツンと。
「来ちゃったじゃねえよッ!ソイツの彼女○○の方だぞ家ボケッ!代われ!アイツに代われッ!」
驚いて母親が部屋に来るほど大きい声で怒鳴った。
暫くしてアイツが電話に出た。
『もしもし?』
「もしもしじゃねぇよッ!何してんだテメェはッ!彼女いつ帰んだよ!テメェ彼氏なら彼氏らしく彼女の事少しは考えて行動しろよタコッ!」
『え?あ、ちょ・・・、なに怒ってんの・・・?』
「あぁッ!?テメェがアホみてぇなことしてるから――――」
今までにない勢いで切れた俺に、アイツは言った。
『彼女、今日俺の家泊まるよ?』
「どないやねんッ!!!」
人間精神が究極状態になると勝手に言葉が出ちゃうものです。
本当に無意識のうちに「どないやねんッ!!」って叫んでました。
勿論その後は平謝りです。
まぁトモアレ、皆さんも早とちりにはお気をつけ下さい。
楽しんでいただけていれば幸いです。




