第8話 地方というフロンティア
登録者100人。
数字としては小さい。だが正義にとっては、確実な“市場”だった。100人が同じページを開き、同じ問いを持っている。その事実は、営業資料よりも雄弁だった。
だが、登録者チャットに届いた一文が、次の方向を決める。
“地方議会の予算も扱えますか?”
正義はそのメッセージを何度も読み返した。
国の予算は巨大だ。だが地方は、数も多く、構造も複雑だ。市町村単位で分解すれば、データ量は一気に膨れ上がる。
「でも、そこが本丸かもしれない」
テレビで取り上げられるのは国政が中心だ。だが、住民税や固定資産税の使い道は地方が決めている部分も大きい。可視化の余地は、むしろ地方のほうが大きい。
その夜、正義はスプレッドシートを新しく作った。
《地方議会予算 可視化プロジェクト》
まずは自分の住んでいる自治体から。
歳入。歳出。教育費。公共事業費。委託費。補助金。
だが、国と違い、データの形式が統一されていない。PDF、画像、手書きの議事録。
「非効率すぎる……」
正義は気づく。ここには、構造的な“見えにくさ”がある。
翌日、登録者向けにアンケートを送る。
《あなたの自治体を教えてください》
返信が次々と届く。東京、神奈川、愛知、福岡、北海道。
100人でも、地理的には広い。
「スケールするな……」
正義の目が変わる。これは単なるメディアではない。分散型のデータネットワークになる可能性がある。
そのとき、管理画面に通知が入る。
アクセス元:tv-〇〇.co.jp
正義の手が止まる。
今回で三度目だ。別の局ドメイン。
偶然か?
いや、確率が下がっている。
――――
同時刻。
都内某所、テレビ局の一室。
「これ、見ました?」
若手リサーチャーがノートPCを上司に向ける。画面にはRE:PUBLICの地方予算ページ。
「また自称中立系?」
編成デスクは興味なさそうにコーヒーを飲む。
「いえ、ちょっと違います。データ全部並べてるだけで、コメントがない」
「で?」
「報道比較もやってます。うちの番組も入ってます」
一瞬、空気が変わる。
「尺、何分だった?」
「2分30秒です。別局は8分」
デスクは無言で画面をスクロールする。
「……登録者何人?」
「100人ちょっとです」
「小さいな」
そう言いながらも、デスクはURLを自分のメールに転送した。
「様子見だな」
――――
夜。
正義は地方予算の最初のページを公開した。
《〇〇市 202X年度 予算構造》
シンプルな構成。
歳出内訳。前年比。主要事業。議会質疑回数。報道回数。
“報道回数”の欄に、自分でも少しだけ緊張する。
テレビで扱われた回数は、驚くほど少ない。
公開から2時間後、登録者は108人。
だが増加よりも、滞在時間が伸びている。
平均3分40秒。
読まれている。
チャットに新しいメッセージが届く。
“自分の市も見たいです。資料探して送ります。”
正義は画面を見つめた。
ユーザーが、データを持ってくる。
「これ、コミュニティ化するな……」
凛にメッセージを送る。
「地方やる」
返信は短い。
「スケールするなら、仕組み化して」
仕組み化。
正義はノートに書き出す。
・自治体テンプレート統一
・データ提出フォーム
・ボランティア分析チーム
これはもう、ブログではない。プロダクトだ。
そのとき、Xで別の動きがあった。
《地方まで手出すのか》
《調子乗ってる》
《これは面白い》
評価が割れる。
だが、止まらない。
深夜。
管理画面に再びtvドメインのアクセス。
今度は滞在時間が5分を超えている。
正義は画面を見つめる。
小さい事業。登録者108人。売上0円。
それでも。
地方に触れた瞬間、何かのスイッチが入った気がした。
正義は椅子にもたれ、静かに呟く。
「見えるようにするだけだ」
透明性は、攻撃ではない。
だが、見えるようになると、誰かは困る。
登録者108人。
だが、視線は確実に増えている。




