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第3話 最初の登録者

広告入稿から三日後、正義は朝起きてすぐにスマホを手に取った。枕元で鳴ったアラームを止めるより先に、指が勝手に広告管理画面を開いてしまう。


表示回数。クリック数。クリック率。


数字は冷たい。だが嘘はつかない。十万円は、静かに回り始めていた。想像していたより反応は悪くない。けれど、期待していた「何かが動き出す音」はしない。


LPランディングページの管理画面を開く。


登録者数——0。


「……まあ、そんなもんか」


口に出して、やっと現実に手触りが戻る。いきなり人は集まらない。怒りで煽っているわけでもない。陰謀で釣っているわけでもない。自分はただ「並べる」と書いただけだ。


出社前の時間、正義はLPを微調整する。“既存メディアを否定するものではありません”“判断材料を増やすことが目的です”。文言を一つ足しては、また消す。逃げ腰に見えないように、でも攻撃的にならないように。


「透明であること」


それを理念にするなら、最初から姿勢が問われる。


通勤電車の中で、再び管理画面を開く。クリックは増えている。だが登録はゼロのままだった。画面を閉じ、窓に映る自分の顔を見る。眠そうな目。会社のロゴ入りのバッグ。普通の社会人。


自分が今やっていることだけが、異物だった。


会社に着くと、いつも通り営業フロアのざわめきが広がっていた。メール、チャット、電話。机の上には来期提案の資料。山本からメッセージが届く。


「来期のシェア、御社どうなりそうですか?」


現実は変わらない。スポンサー、局、シェア、アクチュアル。構造は今日も回っている。正義は短く返信して、いつものように案件の数字を追う。午前が終わり、昼休み。弁当を買いに行く気にもなれず、デスクでコンビニのサラダをつつきながら、もう一度スマホを開いた。


登録者数——1。


一瞬、画面を閉じる。見間違いだと思った。もう一度開く。


1。


間違いではない。


正義の心臓が強く打つ。メール通知を確認すると、自動返信の履歴の下に短いメッセージが添えられていた。


“ニュースを見るたびにモヤモヤしています。全部並べてほしいです。”


たった一文。だが、第1話で感じた違和感と同じ温度だった。正義はしばらくスマホを握ったまま動けなかった。ゼロではなくなった。数字が、人になった。


その夜、帰宅してからも落ち着かなかった。夕飯を適当に済ませ、PCを開き、登録者の導線を確認する。どこから来たのか。広告か、投稿か。滞在時間はどれくらいか。ページのどこで離脱しているか。


広告という仕事をしている自分の習慣が、勝手に動く。


「……俺、こういうの得意なんだよな」


苦笑が漏れた。皮肉だ。メディアの空気を売る側にいた人間が、空気の偏りを減らすために数字を追っている。


そのとき、通知がまた鳴った。


登録者数——2。


数分後——3。


合計3人。


正義はノートを開き、登録者向けの最初のメッセージ文面を打ち始めた。公式LINEの一斉配信は、たった3人に届く。だけど、ここで雑にやったら終わる。


“ご登録ありがとうございます。RE:PUBLICは、誰かを叩くための場所ではありません。法案・発言・報道を並べ、判断材料を増やすことを目的にしています。最初は小さく始めます。もし、あなたが『これは見たい』と思うテーマがあれば、返信で教えてください。”


送信ボタンの上で指が止まる。たった3人。だが、ここから先は「自分の内側」ではなくなる。受け取る人がいる。期待も、失望も返ってくる。


送信。


しばらくして、返信が一件届いた。


“税金の使い道です。何にどれだけ使われているのか、ニュースじゃ断片しか見えません。”


正義はその文を何度も読み返した。自分が書きたいものと、読者が求めているものが一致した瞬間だった。


もう一件、遅れて返信が来る。


“報道比較、面白そう。でも、偏らないってどう担保するんですか?”


胸が少し痛んだ。正しい問いだ。偏りを指摘する媒体こそ、最初に疑われる。


正義は返事を書いた。


“担保のために、できるだけ原文リンクと一次情報を並べます。比較の基準(尺、見出し、質問の種類)も公開します。『こう見えた』ではなく、見える形で出します。”


送信してから、ふと自分の言葉の重さに気づく。公開する、と言ってしまった。基準も、運用も、逃げられない。


その夜、PCに残った広告管理画面を閉じようとしたとき、クリックの参照元に見慣れないドメインが混じっているのが目に入った。社内のネットワークに似た文字列。偶然かもしれない。自分が気にしすぎているだけかもしれない。


それでも、背筋が少し冷えた。


登録者は3人。世界は何も変わっていない。


それでも、何かが動き出している気がした。


正義は椅子にもたれ、天井を見上げた。


「……やっと、始まった」

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