第2話 宣言
金曜の夜、凛と会ったのは会社近くのカフェだった。
仕事終わりの客で混み合う店内は騒がしかったが、正義の胸の内はそれ以上にざわついていた。第1話で打ち込んだRE:PUBLICという文字列が、頭の中で何度も点滅している。
「で、本気なの?」
凛はカフェラテを口に運びながら、まっすぐに正義を見る。広告代理店でテレビ営業も担当する彼女の目は、感情よりも現実を見る目だ。
「スポンサーが国民のメディアってやつ」
正義はうなずく。
「怒ってるわけじゃない。ただ、全部並べたいんだよ」
「全部って?」
「法案の中身、過去発言、報道の違い、質問の傾向。税金の流れも。局ごとにどう扱ってるかも、一覧で見えるようにしたい」
凛は小さく笑う。
「理想主義者だね」
「そうかもな」
「でもね、正義。冷静な検証は伸びないよ。怒りは拡散するけど、整理された情報は拡散しにくい」
それは広告の世界でも同じだった。感情は数字になる。恐怖や怒りはクリックを生み、静かな検証は最後まで読まれない。
「それでもやる」
「なんで?」
なぜだろう、と自分でも思う。
怒っているわけではない。政党を倒したいわけでもない。ただ、自分の給与明細を見たときの違和感を、なかったことにしたくないだけだ。テレビで語られる“将来への投資”と、自分の手取りの差。その間を、自分で確かめたい。
「俺が見てる世界が、本当に全部か確かめたい」
凛は少し黙り込む。
「スポンサーはどうするの?」
「月980円。1万人いけば月980万」
「最初は?」
「ゼロから」
「現実的じゃないよ」
「分かってる」
正義は続ける。
「だから最初は公式LINEと簡易サイト。広告も10万だけ入れる。どの投稿が刺さるかテストする」
「10万?」
「貯金から出す」
凛は腕を組んだ。
「それ、会社にバレたらどうするの?」
その言葉に、少しだけ胸が痛む。広告代理店の営業が、メディアの偏りを可視化する媒体を作る。歓迎されるはずがない。
「匿名でやる」
「でも、いつかはバレる」
「そのときはそのときだ」
凛は深く息を吐く。
「正義は、理想を仕事にしようとしてる。でも理想は、数字にしないと続かないよ」
その一言は、励ましでも否定でもなかった。事実だった。
カフェを出たあと、夜風が冷たい。頭の中で凛の言葉が反芻される。理想は数字にしないと続かない。だからこそ、スポンサーを国民にするのだ。数字を怒りではなく、参加に変える。
スマホを取り出し、Xを開く。ポスト画面を開いたまま、指が止まる。炎上したらどうする。会社に知られたら。フォロワーは多くない。誰も見ないかもしれない。
それでも。
正義は打ち込む。
《スポンサーが企業ではなく、国民のメディアを作ります。
法案の中身、報道の差、税金の使い道を全部並べる場所を作りたい。
月980円で参加してくれる人、いますか。》
送信ボタンを押す。
数秒、何も起きない。心臓の音だけが大きい。
やはり無謀だったか、と一瞬思う。
通知が鳴る。
1いいね。
知らないアカウント。
《面白そう》
たったそれだけの言葉なのに、胸の奥が熱くなる。
しかし続けて、別の通知。
《理想論乙》
《どうせ偏向する》
《税金わかってる?》
《既存メディアと何が違うの?》
指先が冷える。これが現実だ。疑われる。笑われる。攻撃される。
だが同時に、問いも届いている。
“何が違うのか”
そこを言語化できなければ、ただの自己満足だ。
帰宅後、パソコンを開く。白い画面に、初めて具体的な設計を書き出す。
・法案アーカイブ(原文リンク付き)
・政治家発言検索(時系列表示)
・報道比較(同日同テーマの並列表示)
・税金可視化(予算→執行→結果)
怒らせるためではなく、並べるために。
ゼロからだ。だが、ゼロではない。1いいねと、数件の疑問がある。
正義は深く息を吸った。
「やるか」
この瞬間から、後戻りはできない気がした。
その夜、彼は眠れなかった。




