第1話 税金の明細
社会人になって、初めて税金の額を見たとき、
少しだけ立ち止まったことはありませんか。
この物語は、そんな違和感から始まります。
政治の話ですが、特定の思想を押し付けるものではありません。
一つのフィクションとして楽しんでいただければ幸いです。
昼休み、社内システムにログインしたのは、ただの習慣だった。
経理から届いた「今月分給与、反映済み」というメールを見て、何気なく給与明細を開く。基本給、残業代、各種手当。その下に並ぶ控除の数字に視線が止まった。
源泉所得税。
健康保険。
厚生年金。
雇用保険。
今月は案件が重なり、帰宅が日付をまたぐ日も多かった。売上も悪くない。額面は確実に増えている。それなのに、差引支給額は思ったほど伸びていない。
源泉所得税の数字が、先月より明らかに重い。
「……こんなに持っていかれるか」
思わず声が漏れる。隣では後輩がコンビニの弁当を広げ、スマホで動画を見ている。営業フロアの大型モニターでは情報番組が流れ、《未来志向の税制改革》というテロップが軽やかな音楽とともに表示されていた。
「将来世代への投資と考えるべきでしょう」
コメンテーターが穏やかに語る。未来への投資。その言葉を聞きながら、正義は再び控除額を見つめた。自分の残業時間が、ほとんど数字の中に吸い込まれていく感覚。努力と成果が、途中でどこか別の場所へ流れていくような曖昧な感覚。
税金が必要なのは分かっている。社会保障も、インフラも、教育も、防衛も、どこかで誰かが支えている。だが、その使い道が具体的に見える瞬間はほとんどない。ただ毎月、天引きされるだけだ。
気になって、財務省のサイトを開いたことがある。予算書は膨大で、数字が羅列されているだけだった。数兆円という単位の中に、自分の数万円が埋もれている。補助金、不祥事、使途不明金というニュースは断片的に流れるが、その後どうなったのかまで丁寧に追う番組は多くない。
最近、ニュースで見た補助金の不正受給の話を思い出す。何十億という予算が不適切に使われたという報道。しかし翌週には別の話題に埋もれていた。あの金は、誰の金だったのだろう。自分の給与明細にあるこの数字と、無関係ではないはずだ。
午後、放映エリア担当の局外勤営業・山本と打ち合わせをする。喫茶店のテーブルに広げられた資料には、放映エリア内シェアの比較表が並んでいた。
「御社の今期シェア、正直落ちています」
山本は率直に言う。
「アクチュアルも、他局のほうが出ています」
アクチュアル。発注したGRPに対して、実際に流れたGRPの値。数字は嘘をつかない。だが、どの番組にどれだけ線を引くかは、最終的にはデスクの裁量だ。
「どうすれば、御社のシェアを上げられますかね」
山本の声には切実さがある。局はお願いする側だ。広告予算は限られている。代理店がどの局にどれだけ振るかで、売上は大きく変わる。
「アクチュアルが安定すれば、提案はしやすいです」
正義が答えると、山本はうなずく。
「デスクに掛け合ってみます」
線を引くのはデスク。しかし、その前にシェア配分が決まる。スポンサーの意向、視聴率、番組の空気。
ふと、昼のニュースのテロップが頭をよぎる。番組で扱われる話題、質問の順番、専門家の選び方、尺の長さ。それらもまた“線引き”なのではないか。何を長く流し、何を短くまとめるか。それによって視聴者の印象は大きく変わる。
正義は、自分が売っているのが単なる時間枠ではなく、「空気」なのではないかと考える。企業イメージに合う番組を選び、数字で説得し、枠を確保する。その先で作られる報道の空気に、自分は無関係だと言い切れるだろうか。構造の外に立っているつもりでも、実は内側にいるのではないか。
夜、自宅でテレビをつける。昼と同じ税制法案のニュースが流れている。
A局は法案を前向きに伝え、経済効果を強調する。
B局は家計への負担増を前面に出す。
C局は「評価は分かれる」と中立を装う。
同じ法案のはずなのに、温度が違う。使われる言葉も、映し出される映像も、専門家の顔ぶれも違う。ある局では「将来への責任」という言葉が繰り返され、別の局では「生活への直撃」という字幕が大きく表示される。質問も微妙に違う。ある局は経済効果の試算を何度も確認し、別の局は生活者の不安を繰り返し引き出す。
どれが間違いとは言い切れない。だが、全部を見なければ全体像は見えない。多くの人は、一つの局しか見ない。そこで作られた空気が、その人の現実になる。
正義はリモコンを置き、スマホで国会中継のアーカイブを再生する。数ヶ月前の答弁映像。
「国民の負担が増えることはありません」
その言葉と、昼に見た源泉所得税の金額を思い比べる。負担は増えていないと言い切った政治家の声と、自分の手取りの現実。その間に横たわるものは何だ。
税金は必要だ。だが、どこに、どの程度、どう使われているのか。メディアは本当に全体像を伝えているのか。自分が売っている広告枠の先で、どんな編集が行われているのか。
LINEが鳴る。凛からだ。
「同じ法案なのに局で言い方違いすぎないか?」
「普通だよ。スポンサーも視聴者層も違うし」
「でもさ、質問の仕方も違う。ある局は経済効果ばかり聞いて、別の局は負担の話ばかり掘り下げてる」
少し間が空き、返信が届く。
「それも編集。番組の設計。悪意とは限らないけどね。でも、結果は偏る」
「偏ったままでいいのか?」
既読がついてから、少し時間が空いた。
「正義はどうしたいの?」
短い一文だったが、胸の奥に刺さる。どうしたいのか。怒りたいわけではない。誰かを糾弾したいわけでもない。ただ、自分が見ている世界が本当に全体なのかを確かめたいだけだ。
もしスポンサーが企業ではなく、国民だったらどうなるだろう。月額980円。
一万人いれば月980万円。十万人なら九千八百万円。企業に忖度しない構造は作れるのか。税金の使い道も、法案の経緯も、過去発言も、報道の差異も、ただ並べるだけのメディアは成立するのか。
怒りではなく、透明性で対抗することはできないだろうか。誰かを攻撃するのではなく、事実を可視化するだけでいい。税金の流れも、報道の差異も、質問の傾向も、数字で並べるだけでいい。判断は、見る側に委ねればいい。
正義はパソコンを開く。真っ白な画面にカーソルが点滅している。
R、E、:、P、U、B、L、I、C。
RE:PUBLIC。
その名前を見つめながら、彼は深く息を吐いた。違和感は、怒りよりも静かで、しかし確かに消えない。それは自分の給与明細から始まり、報道の画面へと広がり、やがて自分自身の立ち位置へと向けられている。
Enterキーに指をかけたまま、彼はしばらく動けなかった。
その夜、彼はなかなか眠ることができなかった。




