マッドな天才少年ミーツ
翌朝。一晩を経て落ち着いた二人は、いつもの挨拶を交わしていた。
「行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい。気をつけてね、リラ」
「むっ」
「む?」
リラは不満を頬と視線で表し、未来をジーッと見上げる。
「あ、朝チャージを要求する」
頭を下げ、甘い香りで未来を攻撃するリラ。彼女の要求を未来はすぐに察した。
「はい、ナデナデ。……これでいい?」
「ふひ、ふへへっ……行ってきます!」
ダラシない顔で飛び出していくリラ。緩んだ顔を隠すことなく、家の前を歩いていた子供がギョッとなった。
「……もしかして僕、ヒモレベル上がった?」
昔読んだ漫画を思い出す。『女性に癒しを提供するのがヒモの極意』と謳っていた漫画に、クラスの女子がキャーキャー騒いでいた。
(なんて馬鹿なことはいいから洗濯に皿洗い。片付けたら食材も買わないと、冷蔵庫が空っぽだ)
気持ちを切り替え家の中を見渡す。いつも脱ぎ散らかされているリラのパジャマを、少し躊躇して掴む。
「良い匂い……じゃない! これじゃ変態だ!」
ピッとボタンを押し魔法家電を起動。いつもやっていた魔法使いごっこも、この日はする余裕がなかった。
――通り家事を終えた未来は、玄関の鍵を閉めて外に繰り出した。目指すは子供店長が経営する近所のスーパー。すれ違う子供たちは、ファズの発言の影響なのか皆未来にキラキラした目を向けてくる。
「ミライ兄ちゃんだ! 老魔化しないって本当かな?」「エーテルないのにすごーい」「……羨ましいな」
未来は平静を装いながら、彼らの声にある確信をした。
(やっぱりみんな年を取るのが怖いんだ。黄金会議のみんながあんなこと言っても、リラと同じなんだ)
鼻歌を奏で、軽い足取りで進む。リラの甘える顔を思い出し、ニヤニヤしてしまう。
だが――。
「老魔になる原因って、なんだろう……」
ピタリと足を止める。昨晩考え、いつの間にか眠ってしまった疑問。そもそも大人が老魔にさえならなければ、リラが戦う必要も、成長を止めることもない。つまりリラと一緒に大人になれる。
(日本には帰りたい。……だけど、リラと一緒にいられるなら……)
葛藤し、しかしリラへの想いが胸を占める。彼女の笑顔、幼く甘えた顔を思い出し、未来は決意した。
「あの子なら、何か知ってるはずだ」
そのためにも知らなければならない。故郷への想いを振り切り、未来は踵を返した。
答えを知る、もしくは近いであろう少年の元に。
「――どうもミライさん。お久しぶりです」
未来が訪れたのは金青区の中心部。黄金塔の足元にある【老魔研究所】。文字通り老魔について研究する、大きな三階建ての建物。
「久しぶり、ミーツ君。時間取らせちゃってごめんね」
未来がいるのは所長室。白く清潔な部屋の青いソファーに腰掛け、向かい合って座った男の子に頭を下げた。
「良いんです。自分もミライさんに会いたいと思ってましたから」
水色の髪のやけに落ち着いた少年――ミーツが、知性と叡智に溢れた視線で未来を迎える。
黄金会議のメンバー。そしてこの研究所のトップの彼なら、何か知っているはずだと予想していた。
「それって僕の体質のこと?」
「ふふ、バレちゃいましたか」
ミーツの知的な目と口元がニヤリと歪む。
「そうです。自分はミライさんを早く研究したくてウズウズしてるんです。リラさんさえいなければ、とっくにバラバラに解剖していますよ! あはははは!」
まだ十歳のミーツ。それ故に純粋で残酷な狂気をわざとらしく言葉にする。未来は彼の豹変ぶりにゾクリと背筋を冷やし――ぷふっと吹き出した。
「相変わらずノリ良すぎでしょミーツ君。僕が教えたマッドサイエンティストキャラはもうバッチリだね」
「もう少し怖がってくださいよミライさん! けっこう練習したんですよ⁉︎」
またも豹変。理性的だが、幼さと親しみやすさ全開の少年に早替わりするミーツ。
二人は顔を見合わせると、揃って笑った。
(ミーツ君は相変わらず面白いな。何よりリラの次に僕の恩人だし)
未来が思い出したのは、この世界に迷い込んだ直後の出来事。
「……ほんと、あの時は助かったよ。黄金会議のみんな、僕を怪しい青銅だって警戒しまくってたもんね。ミーツ君とファズちゃんが止めてくれなかったら、今頃どうなってたか……」
「ふっふっふっ。レオル君は疑り深いですからねぇ。けど許してあげてください。彼は責任感が誰よりも強いだけなんです」
「分かってるよ。それにあの子、リラに憧れてるっぽいし、そのリラがいきなり連れてきた僕に敵意向けるのは仕方ないって」
現黄金会議筆頭、つまりリラ以上の最強少年の怒った顔が記憶に蘇る。炎のように赤い髪を逆立てていたレオルは、今でも未来にツンツンしている。
「あはは。分かりやすいのもレオル君の魅力ですから」
ミーツは困ったようにはにかむと、「さて……」と真面目な顔になった。
「今日は何の話を聞かせてくれるんですか? 僕としては前のロボットアニメの続きを聞きたいんですけど」
しかし真面目な顔をしても中身は好奇心旺盛な少年。未来が持ち込んだ日本の話は、彼の興味を刺激して止まない。
「残念だけど今日は違う。……老魔のこと、詳しく聞きたいんだ」
「…………なるほど、そうきましたか」
「うん。今まで逃げてた遅れを取り戻したい。ちゃんとこの世界に向き合いたいんだ」
今度こそ真面目なトーンになる二人。和やかだった空気がわずかに重くなり、未来の真剣さがミーツに伝わる。
「やっぱり、ミライさんはちゃんと成長できる人間なんですね」
ミーツが「ふぅ……」と息を漏らす。羨むように未来を眺め、ソファーからトンと立ち上がった。
「付いてきてください。僕と先代たちの研究成果をお見せします。そのうえで、ミライさんの見解も聞かせてほしいです」
「ありがとう。僕なんかで良ければ」
開かれる真実への鍵。所長室から出て行く小さな背中を、未来は感謝しながら追いかけた。