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大人になると死ぬ世界  作者: 虹ノ千々
レムナント
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隠してきたもの。甘えん坊年上少女

【解放】甘えん坊モード

 老魔を撃退した翌日。


 リラが仕事から帰宅すると、外はすっかり暗くなっていた。


『――以上がファズちゃんの発表だよ。みんなもミライ君を見かけたら褒めてあげてね!』


 何となく流していたニュースでは、未来の特異性について情報が公開され、ちびっこキャスターが無邪気に目を輝かせている。


 二人はテーブルに向かい合って座り、未来が作った夕食が湯気を立てていた。


「ふふふふ、これでみんなにもミライのすごさが伝わるな。隊員たちもミライのことを褒めて……」


「リラ」


 途中で遮られたリラがギクリと固まる。しかしすぐに「な、なんだミライ。そんな真剣な顔で……こ、これ美味しいぞ?」と、特製あんかけチャーハンをスプーンで掬った。


「何で黒鉄の人たち、誰も騒いでなかったの? 老魔があんなに暴れてたのに、誰も逃げてすらいなかった」


 未来が疑問をぶつける。思い返せば三年間、リラから黒鉄の話を聞いたことはほとんどない。テレビやニュースも、その話題に不自然なほど触れない点が気になっていた。


 リラが観念した様子で口を開く。


「……黒鉄は二十五歳を超えた者たち。ここまでは知っているな?」


「うん」


 指揮官モードの口調。リラは慎重に言葉を選ぶ。


「その年を過ぎると、皆急激に衰え始める。人間性も言葉も忘れ、単純な作業に従事するか、一日中ぶつぶつと呟く者も多い。……恐怖や喜びすら、彼らは失くしているんだ」


「だから、三十六歳がリミットなの?」


「ああ。四十歳までには必ず老魔になってしまうからな……」


 合点がいったが悲しみが込み上げた。処分を待つ大人たち。隔離された街。今まで考えないようにしてきた恐ろしい現実に、未来は身震いした。


(子供たちの国……全然、残酷な世界じゃないか……なんで誰も疑問を抱かないんだ。当然のように振る舞えるんだ)


 嫌悪感が顔に浮かぶ。リラは未来の心情を察し、静かに弁明した。


「……誤解しないでくれ、ミライ」


 リラが静かに言う。


「私たちは、黒鉄の人たちを尊敬してる。内壁だって、老魔化の被害を抑えるためだ」


「でも、みんな避けてる。怖がってる」


 未来の言葉に、リラは小さく頷いた。


「……そうだ。怖いんだ」


 震える声。


「自分もいつか、ああなる。何も考えられなくなって、化け物になって……」


 リラの拳が、ギュッと握られる。


「感謝してる。でも、怖い。……私は特に、な」


「リラが?」


 未来が首を傾げる。常に最前線で老魔に立ち向かう彼女。あの美しく勇ましい姿と、今の弱気な言葉がどうしても繋がらない。


(もしかして、リステルが言ってたのって……)


 頭によぎるリステルのトゲトゲしい言葉。あの時の傷付いたリラの顔と、今の怯える少女の顔が重なった。


 リラがスプーンを皿に戻す。カタカタと食器が鳴り、彼女の動揺を音にした。


「……私は老いから逃げた卑怯者だ。みんな恐れながら受け入れた当然の結末を、自らの魔法で凍り付かせた。……かつては死を受け入れるよう、皆に説いていた私が、な……」


 リラが自分を嘲笑し、さらに自虐を口にする。


「情けないだろう? 最強と呼ばれた私が、実は誰よりも弱いんだ。老滅の中には私を否定する者も少なからずいる。……当然だ。私もそう思う」


 だから受け入れる、自己嫌悪と批判。全て自分が弱いから。リラは言葉にしないながらも、明確にソレを語った。


「なるほどね、納得したよ」


 未来はすんなりとリラの主張を受け入れ、軽々しく返した。リラは諦めたように息を吐いた。


「軽蔑しただろ? 嫌いになっただろ? 今まで黙っていて悪かった。……ミライの前でカッコつけていた私は……全て偽りだ」


 雫がポタリとテーブルを濡らす。一度流れた悲しみは、静かに、さらに零れ落ちる。


 一方の未来は、ようやく見せてもらえた彼女の本心に、喜び、悲しんでいた。


(だから今まで黒鉄のこと教えてもらえなかったんだ……。それが自分の弱さに繋がるから、僕に知られるのが、怖かったから……)


「軽蔑なんてしない。嫌いになんてならない。リラはカッコいいよ」


 軽率な言葉。リラはわずかに眉をひそめ、未来に向き直った。


「……嘘をつくな。そんな表面を撫でるだけの言葉で、私を慰めようなど」


「嘘なもんか」


 正面から否定し、まっすぐ見つめる。リラは疑うような目を未来に向けた。


「誰よりも前に出て老魔と戦ってる。僕のことも助けてくれた。そんなカッコいいリラを否定するなんて、絶対に間違ってる」


「それは……自分の弱さを誤魔化すために……」


「だからなんだ!」


 リラが目を見開く。未来をまじまじと見つめ、彼の言葉を待ち、求める。


「たとえそうだとしても、リラはたくさんの人たちを助けてきた。それに年を取ること、死ぬのが怖くない人なんていない! リラは逃げたんじゃない、生きたいだけなんだ! ……そんなの、人間なら当たり前の気持ち、当然の権利だよ」


 日本で生まれ育った未来の、この世界ではあり得ない当たり前の常識。


 今まで自分を否定してきたリラは、黄金の瞳を大きく揺らした。


「……だけどみんな、私も、それは違うって……人間は、大人になったら処分されるって……」


「違う。人間は年を取って成長する生き物だ。生まれてすぐ色んな知識を詰め込まれる。黄金クラスなんて呼ばれて、あとは落ちていく一方。……そんなの間違ってる。まったく、全部逆なんだ」


 世界を、リラの悲しみを否定する。彼女を包むために。


「リラは何も間違ってない。間違ってるのはこの世界。人間が老魔になる世界そのものだ。……だから」


 震える彼女の手に触れ、温もりで包む。指に涙が落ち、彼女の悲しみが伝わる。


「もう逃げない。僕はこの世界のこと、リラのこと、もっと知りたい。……リラと、これからも一緒にいたい」


「ミライ……私……っ……」


「もう泣かないでいいんだよ。今までずっと自分を責めて、隠れて泣いてたんでしょ? ……頑張ったね、リラ」


 手から頭へ。銀の髪にそっと触れ、傷付けないよう優しく撫でる。リラの震えが治まり、しかしよけいに涙が溢れる。


「ミライ……ミライ……っ……ずびっ」


 涙と鼻水を啜り、くしゃくしゃになった美しい顔。子供のように泣くリラに、未来は世界一優しく微笑んだ。


「はは、リラひどい顔。せっかく可愛いのに、こんなぐしゃぐしゃになっちゃって」


「……ひっく……そんなこと、言われたって……ミライのせい、だもん……」


 そして変わる。いつもの、未来にだけ見せる少女の口調――それよりさらに幼い、女の子の口調に。


「よしよし、いい子いい子。泣かしちゃってごめんね。リラは真面目だから、ずっと頑張ってきたんだよね」


「うん……うんっ……」


 未来に甘えるように、彼の手の感触を堪能するリラ。自分から頭を擦り付けてくる仕草は、子猫のように愛らしい。


(……ヤバい)


 そして顔を出す素直な愛情。相手は最強。二十六歳だが十六歳の少女。いじらしく、傷付きやすい彼女に、未来の心臓がバクバクとうるさくなる。


「え、えーっと……うん、それじゃあそろそろご飯食べよっか。ほら、今ので冷めちゃってるし」


「やだ……もっとナデナデして」


「えっ」


 誤魔化そうとした未来が、逆に追い詰められる。


「さっき可愛いって言った。だからもっとして」


「なにこの可愛すぎる生き物」


 あまりの豹変ぶりに、未来はたまらず目を丸くする。リラは頬をプクッと膨らませた。


「また言った! 責任取ってもっと撫でて!」


 離した手を掴まれ、さらにナデナデを強要される。


「り、リラ? キャラが崩壊しかけてるよ? 一回落ち着かない?」


「落ち着いてるもん! だから早くナデナデして、ミライ!」


「ぜ、全然落ち着いてない! 待って、そんな強く引っ張ったら肩が外れる! やめて、離してええええ‼︎」



 未来はリラの隠してきた本性――誰よりも甘えん坊で、愛されたい少女の心に翻弄された。


 そしてこの日以降、リラは時々甘えん坊モードに突入し、未来を困らせることになるのだった――。




 ***




 ――その夜。


 リラは自室のベッドに体を沈め、天井に映る月明かりを眺めていた。


 未来の前で泣き、初めて誰にも見せなかった素顔を晒した。そのことを思い出し、ゴロンと枕に顔を埋めながら足をジタバタさせる。


(やってしまった! ミライにあんな姿……私はなんてことを!)


 彼の優しい顔、手付きを思い出す。保護した時は、まだ幼さが見えた少年。しかしこの三年の間に背が伸び、いつの間にか追い抜かれてしまった。


 黒くサラサラな髪に、深い知性を帯びた目。薄く整った唇と輪郭が頭から離れず、胸がキュンキュン締めつけられる。


「……カッコいいよ、ミライ……」


 意識して、ぽつりと呟く。途端に顔が熱くなり、さらにジタバタとベッドを揺らす。


(ダメだ。何を考えているんだ私は! 相手はミライ、私より九歳も下の男の子だぞ!)


 パタリと足を止める。しかし彼の落ち着いた声が脳内で絶え間なく再生され、リラの体が熱を帯びていく。


「……ミライ、寝ちゃったかな……」


 壁に耳を当て、隣の部屋――未来の寝室の様子を探る。物音は聞こえず、小さな寝息が聞こえた気がした。


 熱くなった体を抑え、深呼吸を繰り返す。おかしくなってしまった自分を置いて、一人夢の世界に旅立った彼が恨めしくなる。



「……ミライのばか」



 甘えるように囁き、リラも目を閉じた。解放された心は、もう枕を濡らすことはなく、降りてきた睡魔に安心して体を預けた。


「おやすみ、ミライ。――――き、だよ」



 ――その夜、リラは彼を想って眠りに落ちた。




 ***

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