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大人になると死ぬ世界  作者: 虹ノ千々
召喚された【特異点】
4/5

黒区と老魔、一筋の光

切りどころが無かったので5000文字ちょいの投稿です

 ***




 ――その人物は、ひっそりと空を見上げていた。


 アルベラを包む金色の結界。その向こうに見える太陽は、世界を塗り替えた『あの日』を思い出させる。


「……エーテル彗星……魔法と……獣魔の始まり……」


 空に輝きが弾け、多くの命が奪われた。生き残った人間は新たな力を得たが、新たな脅威が生まれた。



 目線を下げる。遠ざかる二人の背中を見つめる。


 氷魔法で自らの成長を止めた元黄金会議筆頭リラ。彼女に連れられた未来。老魔に害されない世界で唯一の存在。



「……ずっと待ってたよ。止めて……裁いてくれる人を――」


 願い続けた想いが、彼を異世界から召喚した。


「でも……」


 未来の顔が浮かぶ。困惑し、怯え、それでも必死に生きようとする少年。


「あなたは、優しすぎる」


 それでは足りない。自分を断罪してくれる人こそ、心から願った存在。


 ――遠く、黒区の壁を見つめる。自分が作り出した地獄を。


「……期待してるよ」



 不吉なほどのエーテルが、アルベラの空に噴き上がった――。




 ***




 病院をあとにした二人は、賑やかな街を並んで歩いていた。


 黄金と青銅クラスが住む金青区は、どこを見ても小学生や中高生くらいの年代しかいない。


 そしてその子供たちは空や地面を駆け回ったり、通りの店舗で働いていた。


(いつ見てもPTAが発狂しそうな光景だな)


「んー? 何をボケッとしているんだ、ミライ? 足が止まっているぞ?」


 つい立ち止まっていた未来にリラが振り返る。外出中は毅然とした態度を崩さない。


「いやぁ、みんな偉いなーって思って。僕なんて何の仕事もしてないのに」


 白鉄への道もなくなり、今後の身の振り方に想いを巡らせる未来。このままリラに養われ続けるのも、まして日本に帰れないのも釈然としない。


「私が働いているから問題ないだろう」


 リラが周りの子供たちを見る。


「それに子供たちはアルベラの中枢だ。もちろん私も含めてな!」


「ほんと、頼もしすぎる」


 通りを歩く子供たちが目に入る。店番をする小学生、パトロール中の中学生たち。


(みんな僕より年下なのに……)


 やはり情けなくなる。この街では子供が全てを支えている。未来は何も貢献できていない自分に、改めて無力感を覚えた。


「私としてはミライも頼もしいぞ。家のこと任せられるし」


「僕、ヒモの才能があるなんて知らなかったよ」


「ヒモ? どういう意味だ?」


「……何でもない。意味は僕もよく知らない」


 リラは不思議そうに首を傾げると、二人だけの時に見せる、「ふふっ」と少女らしい笑みを浮かべた。


「ミライは偉いよ。魔法が使えないのに、自分にできることを探そうとしてる。……それに比べて、私は……」


 言い淀み、切なさを浮かべるリラ。美しい瞳が揺れ、ギュッと拳を握りしめる。


「リラ……?」


 それは時々見せる彼女の弱さ。強さと奔放さの裏に隠された本心。


「……大丈夫、何でもないよっ」


 そして弱さを押し込めたリラに、未来の心がザワついた。


「…………うん」


 何も聞けない。リラが何を抱えているのか、彼女から話してくれるまで待つと未来は決めていた。


(……聞きたい……けど、多分これはまだ踏み込めない。僕がもっと頼りになったら、いつか話してくれるのかな……)


 リラの手を取る。少し驚いたリラは、しかし振り払うことなく握り返した。


「ありがと、ミライ」


「どういたしまして」


 手を通して、確かに伝わる温かい気持ち。


 未来は彼女の手をブンブンと振ると、朗らかに笑いかけた。


「僕、お腹空いちゃった! どこかで食べて帰ろうよ!」


「うんっ!」


 そうして二人が再び歩き出そうとしたその時――。



「きゃああああ――」



 遠く、高い壁の方向から、消え入りそうな悲鳴が届いた。




 ――すぐに事態を察したリラは、青白い冷気のようなエーテルを体に滾らせ、遠く壁の向こうをキッと睨み付けた。


「ミライ! ここで待っ……」


「僕も行く!」


 未来が手を強く握る。たった今見た彼女の儚さが、自然とその選択をさせた。


(リラだけに行かせない。僕だってリラの役に立ちたい!)


 瞳に宿る決意。絶対に譲らないという意志を感じ取ったリラは、一瞬困った顔になり、すぐに握り返した。


「掴まれ! 振り落とされるなよ!」


 リラが大胆に未来を抱える。期せずしてお姫様抱っこをされた未来だが、照れることなくリラの肩にしがみ付いた。


「良し、行くぞ!」


「うん!」


 周囲の子供たちの視線を浴びながら、リラは地面を蹴った。



 ――老魔の出現に慌てる子供たち。彼らを避け、建物の上を駆け抜けるリラ。未来の視界は上下に激しく揺れ、それでも振り落とされまいと手に力を込める。


 そしてあっという間に辿り着く、鈍色の壁で隔離された街。処分を待つ大人たち、黒鉄が暮らす黒区の入り口に。


「私だ! 開けろ!」


「指揮官⁉︎ り、了解!」


 三メートルはある鋼鉄の扉。その前で怯えた顔で立っていた青い制服の男は、リラの姿に大慌てで錠を外す。それを確認したリラは、男が扉を開けるのを待てず飛び上がった。


「下がっていろ!」


「へっ⁉︎ ひえっ⁉︎」


 轟音と共に扉が弾け飛ぶ。


 リラの飛び蹴りが、頑丈そうな鉄扉を紙のように吹き飛ばした。


 あまりの衝撃に抱えられていた未来は脳震盪を起こしかけた。


「くぅぅう! 今のは効いた!」


「あ、すまんミライ」


「良いから! 僕に構わず早く!」


「う、うむ!」


 そしてついに突入した黒区。そこには既に複数の老魔が徘徊している。


 黒区内をいくつにも隔てる内壁。隔てられた区画には鉄筋コンクリートのアパートが等間隔で並び、どれもが同じ素材、同じ見た目をしている。


 そのアパートのいくつかは壁が半壊し、鼻がもげそうな匂いが街中に広がっていた。


「こ、これが黒区……あんなに老魔が……っ!」


「どうやらここが発生源らしい。内壁が無事なところを見るに、他の区画は無事だな」


 冷静に状況を判断したリラが、半壊したアパートに駆け出す。破られた壁の中に、まだ無事な大人の姿があった。ぶつぶつと何かを呟き、人形のように立ちつくしている。


「【樹氷防壁】‼︎」


 冷気を纏ったリラが唱える。地面から生えた氷の樹が、壁の穴を守るように立ち塞がった。


(す、すごい! 流石リラ! ――だけど)


「グジュルゥ?」


 当然老魔に気付かれる。見える範囲で八体の黒い巨体が、一斉に二人に振り返る。それはそのまま犠牲になった大人の数だと未来は悟った。


「あんなに……」


「呆けるなミライ! 掴まれ!」


「は、はい!」


 リラを仲間に引き込もうと迫る老魔たち。大きな体で地面を踏み鳴らし、溶けた顔をさらに歪ませながら二人を囲む。


「遅いぞノロマども! 【樹氷防壁】!」


 冷気が圧縮され、今度はリラの足元から氷の樹がせり上がる。リラは枝の先端に軽やかに乗り、フワリと舞った。


「うわああああ⁉︎ ムーンサルト⁉︎」


 老魔の頭上を華麗に飛び越え、空中で二回転。リラは、五メートルほどの距離にいた老魔をギンッと睨んだ。


「【氷氷嵐山】ッ‼︎」


 足元から氷の蔦が絡みつき、老魔が凍り付く。


「まずは一体ッ!」


 未来の耳元でパチンと鳴らされた指。同時に凍り付いた老魔がバギィンと崩れ落ちた。


「……すごすぎる」


 普段のグータラな彼女からは想像もできない圧倒的な実力。自分がお荷物だと自覚した未来は、リラの華麗な戦闘に圧倒されていた。



 ――と、そこで他の老滅たちが続々と姿を現した。



「指揮官! 遅れました!」「リラ隊長⁉︎ 今日休みのはずじゃ⁉︎」「今日は俺たちの活躍獲らないでくださいよ⁉︎」


 青い制服の集団が駆け寄ってきた。十名以上。皆未来とリラより少し若い顔ぶれだ。


「ちっ……何で出しゃばってるのよ卑怯者……あ、じゃなくて隊長」


 さらに遅れてきた一人、煌々と輝くエーテルに身を包んだ、金髪ポニーテールの少女が棘のある言葉を吐き捨てた。


「……はぁ?」


 未来はカチンときて金髪少女を凝視する。可愛らしい顔立ちの少女だが、目元はツンと尖っている。


 リラは少女から目を逸らし、俯いてしまった。


「何よ? 飼い犬の分際で睨まないでくれる? 不愉快よ」


「今なんと言ったリステル。ミライを飼い犬と言ったか? 私の聞き間違いか?」


 俯いたのも早々、リラがドスを効かせた声で少女――リステルを睨み付けた。怒りを孕み、膨れ上がった青いエーテルに、リステルの顔が引き攣る。


「そ、そんなに怒らないでよオバさん! ろ、老魔を倒してくる!」


 逃げるように光を奔らせるリステル。パリパリと電気の弾ける音を鳴らし、老魔の一体に向かって行った。


「何なんだあの子! リラに卑怯者とかオバさんとか! って、今は戦闘中だ。お荷物の僕が取り乱してどうする」


 自分を諌め、状況を確認する未来。隊員たちはそれぞれ赤い炎、緑の風、植物の根を操り、老魔一体に対して二人で渡り合っている。


(みんなすごい。それにあのリステルって子も……)


「雷光波ッ‼︎」


 リステルは単独行動。大きな腕を振り上げた老魔に、ドオッと黄色い閃光をぶつけている。バチバチバチッと電撃が激しい音を立て、老魔が「グジュ……ッ!」と動きを止めていた。


「悔しいけどすごい……ってそうじゃない!」


 切り替えてリラを見る。リステルの言葉に傷付いたのか、唇を噛み締め俯いていた。


「リラ……はっ⁉︎」


 初めて見るリラの表情に、未来の心もズキンと痛む。


 ――しかしここは老魔が蔓延る黒区。建物の影からさらに一体の老魔がユラリと現れ、呆けたリラを目がけ走り出した。


(マズい! まだいたのか! そ、それにあの老魔、他の奴より速い⁉︎)


 未来から見ても明らかに動きが素早い老魔。他の老魔より一回り小さな体は、力を凝縮されたようにも見える。


「リラッ! 危ない‼︎」


「え?」


 飛び出していた。潤んだ瞳で自分を見上げるリラに駆け寄り、その華奢な体を抱きしめる。


「フシューッ‼︎」


 老魔が拳を振り下ろす。凶悪な拳が二人の頭上に迫り、未来は咄嗟に横に飛び退いた。


「ぐっ!」


 拳が肩を掠める。遅れてゴウッと風が鳴り、二人は地面を転がった。空ぶった拳は地面にめり込み、剥き出しの大地に深々と突き刺さる。


「ミライ! こいつ……っ!」


 立ち上がったリラが小型老魔を睨む。瞬く間に老魔の周囲に夥しい鋭利な氷柱が形成され、小型老魔を完全に包囲した。


「フシュルッ⁉︎」


「【千本氷柱】あああッ‼︎」 


 そして逃げる隙も猶予も与えず、一点に収束する氷の刃。老魔の全身にビッシリと氷柱が刺さり、凍らせ、粉々に粉砕した。


「……やっぱリラが一番カッコいい……いててっ」


 未来が肩を押さえながら体を起こす。幸いにも掠めただけ。だが鋭く重い痛みが走る。


(直撃したら死んでたかも……)


 しかし恐怖よりも安堵が上回った。何よりリラを守れたことが嬉しかった。


「ミライ、大丈夫っ⁉︎」


 すぐに泣きそうな顔で駆け寄ってくるリラ。たった今見せた凛々しさは消え、あどけない印象すら覚える。


「大丈夫。リラが守ってくれたから。ありがとう」


「ま、守られたのは私だよ! 私、隊長なのに、指揮官なのに……」


 またもや落ち込み、未来に縋るようにしゃがみ込むリラ。初めて見る彼女の脆さの数々に、未来はどうしようもなく保護欲をそそられた。


(……リラのこと、守りたい)


 その気持ちのまま、彼女の頭を撫でる。ハッとしたリラは、未来の温かい手に目を細めた。


「落ち込むのはあと。ほら、みんな戦って――って、あれ? もう終わったみたいだ」


「えっ? はっ⁉︎」


 老魔は残らず倒されていた。地面やアパートが燃え、それを必死に水魔法で鎮火する姿も見られる。崩れた建物、抉れた地面の数々が、その戦闘の激しさを物語っていた。


 隊員たちは「ふーっ、終わったぁ」「へへ、楽勝ねっ」と、子供っぽくも勇ましく勝利を口にしている。


 リラが凛と立ち上がり、目を一度擦った。


「みんな良くやった! 誰も欠けていないな? これより被害者の確認、負傷者の保護に移る!」


 あまりの豹変ぶりに未来は「はは……流石リラ……」と小さく笑ってしまった。そして自分たちをジッと見つめる視線に気が付いた。


「ん? リステル……?」


「……ふんっ」


 一瞬睨まれ、顔を背けられた。リステルは呆れたように首を振る。


「隊長は今日休みでしょ⁉︎ あとは私が引き継ぐから早く帰ってください! 飼い犬……ううん、彼氏をほっとくつもりですか?」


「……ッッ⁉︎」


 リラが声にならない声を出して凍り付く。最強の氷使いが凍て付く様に、他の隊員たちが吹き出した。


「あははは! そうだよ隊長、あとは俺たちがやっとくよ」「デートの続きしてきなって」


 重苦しかった空気は、すっかり明るくなっていた。ただし茶化された二人は、耳まで赤くなり固まってしまう。


「お、お前たち勘違いするな! 私と未来は、まだそんなんじゃ!」


「そ、そうだよ! 僕たちはまだ……!」


「『まだ』だって! みんな聞いたー?」


「いいなー、私も青春したーい」


 子供らしい意地悪は止まらず、さらに二人を追い詰める。


「おおお、お前たち、いい加減に……っ」


 そしてついに耐えられなくなったリラは、ガッと未来を抱え、目にも止まらない速度で逃げ出した。


「かか、帰る! い、行くぞミライ‼︎」


「え、ちょ、ちょっとリラ⁉︎」



 残された隊員たちは、珍しく取り乱したリラを、ニヤニヤしながら見送っていた。



 ――残酷に歪んだ世界に、一筋の光が射し始めていた。

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