ファズの人間性検査
――人類最後の都市アルベラ。
未知と魔獣溢れるの世界の中、一年を通し過ごしやすい気候が管理される結界都市は、今日も子供たちの声で溢れていた。
「おーい! 俺と魔法勝負しようぜー!」「ずるーい! 透明になるのはなしだよ!」「あー! リラちゃんにミライ君だー!」
綺麗に整備された大通り。日本の大都市と遜色のない街並みに空飛ぶ子供たちを、未来は上下に揺られながら眺めていた。
「いやー、今日も金青区は平和だねー」
目と鼻の先、文字通り今にも触れそうなリラの後頭部に話しかける。時々銀の髪が顔に触れ、甘いシャンプーの匂いが幸せを運ぶ。
「当然だ。老滅が守っているからな」
未来を軽々と背中に抱えたリラは、軽々とビルや建物の屋上を飛び越えていく。
「それにしてもリラ、重たくない?」
「全然。青銅最強を舐めるな。ミライ程度の重さ、たとえ三人いても余裕だ」
「……お相撲さんもビックリだ」
リラに体を預けた未来が遠くを眺める。アルベラを覆う金色の結界。街の中央には黄金会議が開かれる【黄金塔】や、二人が向かっている病院を始めとした、アルベラの中枢が見えた。
(……やっぱ地球に似てるよな)
地球とは別の世界。しかし妙に共通点と親しみを感じる街を、未来は気に入っていた。
元気と活気が満たす街を見下ろし、遠くに見える、高い壁で隔離された街から目を逸らす。
(あれさえなければ、ね……)
「ミライ! もうすぐ着くぞ!」
「うん。ありがとうリラ。あっという間だったよ」
気分が沈みそうになった未来を、着地の衝撃が襲う。リラが着地すると、未来の顎がガクンと揺れた。
「うっぷ。少し酔った」
「ならこのまま検査するか? ……なんてな。さ、早く降りろ、ミライ」
「りょうかーい」
名残惜しさに蓋をして降りる。未来の前には【黄金こども病院】の玄関が口を開けていた。
「よし、行くぞ未来」
付き添いのはずのリラが歩き出し、パステルカラーの院内を進む。たちまち白衣を着た子供たち、二人と同世代の若者の注目が集まった。
「ミライ君、時間ギリギリだよー? ファズちゃんが『お兄さんまだかなー』ってボヤいてたよー?」
「ギリセーフでしょ! ほんとギリギリだけど!」
未来が黒髪のちびっ子ナースに返す。
「リラお姉ちゃん! また魔法の特訓付き合ってよ!」
「良いだろう。まあ私が教えられるのは、実践だけだがな」
隣では、リラが緑髪の少年に手をヒラヒラと返した。
その後もたくさんの子供たちの声と視線に晒されていた二人の元に、健気な少女の声が届いた。
「ミライお兄さん! 待ってたよ! ……けほけほっ」
軽く咳き込む声に、二人が視線を向ける。
「お待たせ、ファズちゃん。今日もよろしくね」
「大丈夫かファズ? あまり大きな声を出すな、体に響くだろ」
そこにはミルク色の診察室の扉から、儚い印象の女の子が顔を覗かせていた。
「大丈夫だよリラお姉ちゃん。――ほら、【癒しの色光】」
ファズが囁くように唱えると、明るく優しい光が彼女の体を包んだ。ファズの肩にかかったミルク色の髪が、綿のようにフワリと舞う。
(流石はファズちゃん。どんな傷や病気もチョチョイのチョイだ)
アルベラの行く末を決める黄金会議メンバーの一人。人懐っこく可愛らしい彼女に、未来はのほほんと顔を緩ませる。
「……けほっ」
しかし元々の体の弱さまでは変えられず、ファズが隠しながら咳をした。リラは彼女の背中を優しく摩り、「ファズ、ミライの検査を頼む」と声をかける。
「うんっ。それじゃあミライお兄さん、扉を閉めて、このベッドにコロンってしてね」
「うん、よろしくね」
言われるまま背の低いベッドに寝転がる未来。「よいしょ」と自分の頭側に移動してきたファズを見上げる。
「そのまま頭を空っぽにしてー。目は開けたままねー」
「うん」
ファズの零れそうなほど大きな瞳が迫る。プルンとした頬と唇は瑞々しく、子供特有のミルクのような香りが未来に落ちる。
(……毎回だけど、これちょっと危ない気持ちになるんだよな)
ファズの小さな体が膨大なエーテルを纏う。【癒しの色光】と同じく、未来にも視えるほどの温暖色のエーテルが、彼女の全身を膜のように包み――。
コツン。
額が触れ合った。その途端、未来の思考が吸い取られたように視界と意識がグラつく。額に触れた熱い体温が、未来の意識を繋ぎ止める。
「――――はい、検査完了だよ。……え、えっと、離れる、ね?」
「うん、ありがとう。どうぞどうぞ」
温もりと共にファズの顔が離れる。少し赤くなった顔を、未来は見て見ぬフリをする。
そんな微妙な雰囲気を、リラがピシャリと引き締めた。
「それで、ミライの結果はどうだ?」
人前で見せる、凛とした表情のリラ。しかしわずかに眉を寄せ、未来とファズの間に体を割り込ませる。
ファズはほんの少し頬を膨らませたが、小さく咳払いをして口を開いた。
「結論から言うと……」
「……言うと?」
未来が体を起こす。リラと二人で息を呑み、続きを促す。
ファズはわざとらしく神妙な表情を作ると、「えへへ」と表情を崩した。
「ミライお兄さん、ちっとも老化してないよ! ……ううん、むしろ知性も知識も増えていく一方。お兄さんは特別だよ!」
リラと未来は顔を見合わせ、パチクリと視線を交換する。
予想はしていたが、黄金会議のファズに結論付けられたことは、とてつもなく大きな意味を持つ。
(よし! 分かってたけど確定! 僕はあくまで普通の人間だ!)
「えへへへへ! すごいよミライお兄さん! さっすが私の――はっ⁉︎ ……え、えっと、流石ミライお兄さん……カッコいい、よ?」
口を滑らしそうになったファズが慌てて訂正する。リラの眉がピクリと上がるが、ファズはさらに続ける。
「それと……お兄さんの体には、エーテルが全然ないの」
「え?」
「だから魔法が使えないんだよ。お母さんのお腹にいる時から、ずっとエーテルに触れてないと、体に溜まらないから……」
ファズが申し訳なさそうに俯く。
「……そっか。やっぱり僕、魔法は使えないんだ」
未来が肩を落とす。リラがすぐに肩に手を置いた。
「気にするな、ミライ。お前はお前だ」
「リラ……」
包容力のある眼差しに、未来は彼女を見つめ返した。肩に触れた手を意識してしまい、頭がポーッとしていく。
「は、はい! 今日はこれでおしまい! 二人とも離れてくださーい! ――ごほんっ」
「んなっ⁉︎ 何のつもりだ、ファズ!」
「はっ! ぼ、僕は何を」
ファズが強引に二人のロマンスを中断させた。引き離された二人は、それぞれ我に返り赤面する。
「――ともかく、ミライお兄さんは白鉄や黒鉄クラスには落ちないはずだよ。これからも、リラお姉ちゃんのお世話してあげてね?」
「ありがとうファズちゃん。リラのお世話、任されたよ」
「何だと⁉︎ 私がミライを養っているんだぞ⁉︎」
「あははは、リラお姉ちゃん、顔が焦ってるよー?」
「ファズ! 私をからかうなー‼︎」
軽快に交わし、笑顔をこぼす三人。
だが、ファズは一度目を瞑ると、未来にあどけない上目遣いを向けた。
「――お兄さん……これからも、よろしくね?」
「あはは。こちらこそ、これからもよろしく、ファズちゃん」
「えへへっ」
年頃の女の子らしくはにかむ彼女に、未来はニコリと微笑み返した。
そしてリラは――。
「い、いくら黄金でも許可できんぞ! ミライから離れろ、ファズー‼︎」
未来の腕を強引に引っ張り、ファズから引き剥がした――――。