召喚された特異点
執筆中の作品です。
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――天谷未来は、目の前の光景にただ呆然としていた。
ようやく終わった期末テスト。解放された気分で臨んだ日曜日。友達と出かけようと玄関を開けた未来は、見知らぬ街の中にいた。
「……ここは……うん? 真宵市にこんなとこあったっけ? ……いや、そういう問題じゃない」
未来の目の前には元気な声が響く街並みが広がっている。不思議なことに、子供の数が異様に多く、大人はほとんどいない。
(まだ寝惚けてる? なんか甘くて良い匂いもするし)
鼻腔をくすぐる甘すぎる匂いを堪能しながら記憶を探る。
友達とカラオケに行くはずだった。
しかし――。
「……異世界……んなわけ。いやでもあの子、それにあの子も……なんか空飛んでない?」
キャッキャッとはしゃぎながら、空中で追いかけっこをする子供たち。よく見ると自分を押しのけて走っていく子供たちも、重力を気にすることもなくビルや建物の壁を走り抜けていく。
その光景を立ち尽くしながら観察した未来は、うんと頷いた。
「間違いない。僕はまだ寝てるんだ。玄関を出たのも夢だったんだな」
言い聞かせる。肌に触れる生暖かい空気、耳をつく妙に生々しい喧騒も、夢に違いないと思い込む。
――しかしそう納得したのも束の間、賑やかだった通りが突然子供の悲鳴に切り裂かれた。
「きゃあああああああ‼︎」
「な、なんだ⁉︎」
尋常ではない叫び声に未来がビクリと身を震わせる。甘い匂いに腐敗臭が混ざり、ツンと鼻を刺激する。
「老魔だ! 老魔が出た! みんな逃げろー‼︎」
その声と同時に、今駆け抜けて行った子供たちが一斉に引き返す。他の子供たちも皆空に飛び上がり、蜘蛛の子が散るように逃げていく。
残されたのは怯えた顔でうずくまる少数の大人たちと、事態をまるで飲み込めない未来だけになった。
「何が起きてんの? パニックホラー系の夢? と、とりあえず僕も逃げ――」
「グジュルルルルル!」
「…………へ?」
ズシャリと、不吉な足音が鳴った。腐敗臭がさらに強くなる。
「い、嫌だ……まだ年を取りたく……死にたくな――ぎゃあああああああああっ‼︎」
野太い断末魔に鼓膜を打たれる。恐怖で身がすくみ、視界に迫ってきたソレから逃げることもできなくなる。
「――ああああ………………グジュル……」
断末魔を上げていた大人は、みるみる肌がヨボヨボに萎れ、黒かった髪が真っ白に変わり、ボコボコと気持ちの悪い音を立て始めた。そして――。
「…………うそ」
二メートルを優に超える、全身漆黒のナニか。ヨボヨボになった体はボディービルダーのように膨れ上がり、顔が不気味に溶けた化け物に変貌した。
二体に増えた不気味な化け物が未来に迫る。腰が抜けた未来は、その場にへたり込む。
「夢だ……早く起きろ……頼む、頼む! は、早く起きろおおおおおおおおッ‼︎」
引き絞られた絶叫。夢なのか現実なのかも関係ない、叫ばずにはいられなかった。
「グジュ……エヒッ、エヒヒッ……オマエ、モ……」
大きな影が未来に落ちる。地面を見ると、影のような体に赤く光る血管の浮いた足が見えた。
(――ああ。僕、ここで死ぬのか)
悟る。夢じゃないと。本能に直接刻まれる恐怖は、現実の死の悪寒だと。
「エヒヒヒッ!」
化け物の醜い手が、未来の頭を掴んだ。鼻が曲がりそうな匂いに包まれながら、自分も化け物になるんだと悟ってしまった。
「は……はは、あはっ……あははははは! …………死にたくない……誰か……助けて……」
そして現実逃避も諦めた未来が、力なく涙を零した次の瞬間――。
「何を呆けているお前‼︎ 【氷氷嵐山】ッッ‼︎‼︎」
凛とした声をかけられた。と同時に、化け物の足元から一瞬で氷の蔦が絡みつき、全身を凍りつかせた。
「ジュルッ⁉︎ グ……グジュ……ジュラアアアア‼︎」
もう一体の化け物が咆哮を上げる。ビルの屋上から飛び降りて来た人影に怒りをぶつける。
しかし――。
「うるさいぞ老魔! 【葬送氷曲】!」
人影――凛々しい銀髪の少女が叫ぶと、彼女の周囲の空気が凍り付く。未来ごと凍らせそうな冷気が空気をパキ……ピキン……とひび割らせ――。
「ガッ……ッ!」
化け物は、粉々に砕け散った。
未来は涙で濡れた視界で彼女を見上げていた。サラサラと風に吹かれ消えていく氷の結晶。長く美しい髪を掻き上げ、自分に黄金の瞳を向ける少女。その絵画のように美しい光景に目を奪われ、自分が助かったと遅れて実感した。
「助か、った……生き、てる……」
「おいお前」
「ひぃっ⁉︎」
今度は低い声を投げられ、未来はまたしてもギクリと固まる。氷の少女の眼光は、冷たく未来を射抜くと、フルフルと震え始めた。
「今、老魔に触られていなかったか? え、なんで無事なんだ? というか誰? 私と同じ青銅クラス、だろ?」
「……ひぃ?」
語彙力を失くした未来が、少女の意味不明な問いに首を傾げる。少女はさらに未来に詰め寄ると、パァッと目を輝かせた。
「絶対触られていた! どういうことだ⁉︎ お前はなんなんだ⁉︎」
「ひいいいいいっ⁉︎」
コロコロと表情を変える彼女に、情けない悲鳴を上げる未来。極度の混乱からヨタヨタと立ち上がり逃げ出そうとした未来を、少女は興味津々の顔で追いかけた。
「どうして逃げる⁉︎ 待てー!」
「だ、誰か助けてええええ!」
こうして未来は、何も理解できないまま彼女――リラ・フロストハートと巡り合った。
そしてこの出会いが、のちに大きな運命の歯車を動かすことになるとは、この時は誰も知らなかった――――。