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赤髪の騎士フレッドの話③

「お前、バカだろ」


 いつもの店で、アラン、ノア、店主の三人にそう言われたフレッドは落ち込んだ。


「何でだよ! こんなに必死で探してんのに!」


 憤慨するフレッドに、アランが呆れ顔で言った。


「いや、それは頑張ってると思うけどさ、やり方がマズいって」


「……? どういうことだよ」


「お前さ、顔が良い自覚ある?」


「は? 顔?」


「ダメだ。やっぱりこいつ自覚なしだわ」


 田舎では畑仕事と喧嘩や訓練に忙しく、街に来てからは騎士団で男まみれの暮らしだったフレッド。


 幼い頃から野を駆けまわり畑と格闘していた彼の身体は、上背もあり、程良く筋肉質で引き締まっている。

 燃えるような少し癖のある赤髪に、力強い輝きの金眼は涼やかで、堂々とした立ち振る舞いが人目を惹く。

 見た目も良く、愛想があり快活で剣の腕も立つフレッドは、実は「ワイルドでかっこいい」と若い娘達の間で人気だった。


「いやいやいや、そんなん初めて聞いたわ!」


「ないわー」


 狼狽えるフレッドにノアが追い打ちをかける。


「しかも、声のかけ方が最悪だよね」


「何でだよ!? あれ以外にないだろ。人違いかもしれないのに、会っていきなり事件のこと話されたら嫌だろうし、本人なら、怖い思いもしたはずだから……話さなくても、ハンカチ見ればわかるだろ!?」


 フレッドは事件の時の恐怖をできるだけ思い出させないように、また、もし人違いだった時のためにも、紳士的な配慮で、出会いの詳細を女性達の誰にも言わなかった。


 本当の()()()なら見ればわかるはずだと、「覚えてる?」と、ハンカチを見せるだけに留めていたのだ。


「だからバカだって言ってんだよ。それ、()()()()()()()()()()()()()なの!」


「歌劇?」


 意味がわからないフレッドは、アランと店主に視線で助けを求める。


「恋人が記憶喪失になっちゃって、騎士が自分と恋人の子どもの頃の記憶を思い出してもらおうとして、スミレの花束をプレゼントするんだよ。『俺のこと覚えてる?』って。それで記憶が戻ってハッピーエンド」


「中央広場とかでたまに巡業の劇団とか来てやってるだろ。本もずっと売れてるし。本当に知らねえのか?」


 フレッドは普段本を読まない。

 読んでも戦術や農産物についての本だ。

 劇団が来ていることは知っているが、演目など興味もなければ、人気の歌劇など知るはずもなかった。


「え、じゃあ今までのは──」


 フレッドは嫌な予感がして、ワナワナと震えながら3人を見つめる。


「顔がいいお前に声かけられて赤くなってただけ」


「運が悪いことに、ハンカチの柄はスミレだし」


「歌劇の真似して声かけられてると思ってただけ」


 口ぐちに言うと、三人は残念な物を見る目で、声を揃えた。


「「「つまり、お前は今すんげえ軟派野郎って噂になってる」」」


「はああぁぁぁぁー!?」


 フレッドの顔からザッと血の気が引いた。


「いやいや、確かに声掛けたし、デートにも誘ったけど、恋人になった子とかいないぜ!?」


「逆にまずいでしょ。側から見たらものすんごい遊んでる奴じゃん」


「まあ、女の敵だな」


「だからバカだって言ってんの」


ノアがオリーブとチーズをヒョイっと口に放り込む。


「え?じゃあ何?もしかして()()()も、その噂聞いてるかもしんないってこと?」


「そうだな」


「軟派野郎って!?」


「そうだよ」


 フレッドは絶句して石になった。

 

 彼女を見つけたら、怖がらせないよう時間をかけて仲良くなって──それから告白するつもりだった。

 それなのに。


「俺、もしかしたら──会う前から嫌われてるかもってことじゃん」






 それからのフレッドは散々だった。

 訓練には全く身が入らないし、書類はミスだらけ。

 街の巡回中に犬に噛まれ、掃除中の花屋に水をぶっかけられ、食堂の好きなメニューは毎回自分の前で売り切れになった。


 あまりにも酷い状態だったため、とうとう隊長に呼び出された。


「おい、フレッド。いい加減にしろ」


 居残りを言い渡され、月が沈む頃まで隊長直々にありがたい剣術個人指導を受けた──というかボコボコにされた。

 

 隊長が帰宅した後も、フレッドは訓練場に残った。

 広い敷地は月明かりに照らされ、他には誰もいない。

 

 フレッドはど真ん中に仰向けに倒れると、片手で顔を覆った。


「……もう、無理なのかもな」


 どれだけ探しても見つからない。

 そもそも顔も名前もわからないし、彼女は自分に会いたくないかもしれない。


 不毛な人探しを始めて一年。

 フレッドは初めて弱音を吐いた。


 その時。


「あの──フレッド様」


 夢にまで見た、自身の名を呼ぶ()()()の声が聞こえて、フレッドは顔を押さえたまま、自嘲的な笑みを浮かべた。


「はは……まずいな。とうとう幻聴まで聞こえるなんて」


 疲れ切っていて体が重い。

 フレッドが暫くそのまま動かずにいると、もう一度、声がした。


「フレッド様、大丈夫ですか?」


 フレッドは勢いよく身体を起こし目を見開いた。

 

「きみ、は……」


 驚く彼のすぐ横。

 月明かりに照らされた栗色の髪の女性が膝をつき、心配そうにフレッドを見つめていた。


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