赤髪の騎士フレッドの話①
「はあ……また違った」
爽やかな風が吹く、街の中央にある噴水公園のベンチ。
フレッドは手の平型に赤くなった片頬を抑え、呟いた。
膝に降ろされたもう片方の手には、ライ麦パンのサンドウィッチが握られている。
「うまいけど……これじゃないんだよなー」
騎士団員として街の駐屯所に勤めるフレッドは、街から離れた田舎男爵家の次男だ。
男爵家と言っても小さな町を治めているだけで、町民に混じってもっぱら畑仕事をしているんだから実質農家だ。
その家も兄が継ぐことが決まっている。
フレッドは昔から腕っぷしに自身があったことから、町を出て騎士になることにした。
騎士は給金も良いし、もし武功をたてる機会があれば騎士爵だって得られるかもしれないためだ。
そんなフレッドに運命の出会いが訪れたのは、1年前。
仲の良いアラン、ノアの非番が偶然重なり、早い時間から酒を呑んでいた時のことだった。
日も暮れ、二軒目の店に移動するため3人で通りを歩いていると、フレッドの耳に微かに助けを求める声が聞こえた。
「誰か──!」
不審に思い、フレッドは走り出した。
「あ、おい、フレッド!」
突然のことに困惑する2人をおいて声のした方へ急ぐと、細い路地の奥、いかにもゴロツキといった風貌の男が3人。
そのうちの1人は、嫌がる女性の腕を引っ張ってさらに奥へ連れて行こうとしている所だった。
「やめて下さい、離して──誰か助けて!」
足元には、脇に寄せてあったであろう空の酒瓶や樽が転がっており、争った形跡が残っている。
「何やってんだ!」
フレッドは速度を上げると、1番近くにいた男を蹴り倒し、女性を掴んでいた男の腹を思いっきり殴った。
「ぐっ!!」
男がよろめいた隙に、女性をぐいっと抱き寄せ男から引き離す。
「もう大丈夫だ」
フレッドはそう言って安心させるように影の中で震える女性に微笑みかけると、彼女を背の後ろに隠し、男達に向けて拳を構えた。
「おい、邪魔するんじゃねえ!」
そう唸りながら殴りかかって来る男達をいなしながら、フレッドは叫んだ。
「アラン!! ノア!! 早く来い!!」
先に追いついたアランに、フレッドが言う。
「彼女を頼む」
男達を見据えたまま、アランの方へ優しく彼女を押しやる。
アランが女性を連れてその場から離れると、入れ替わるようにノアが加勢に来た。
結果から言えば、ゴロツキ達はすぐに制圧され、そのまま騎士団へ引き渡された。
「まだこれといった被害には遭っていなかったから、彼女は乗合馬車に乗せて帰したぞ」
フレッドとノアが騎士団を出た所で、ちょうど合流したアランが言った。
フレッドが駆けつけ事が起こる前だったし、騎士団員であるフレッドが目撃者だ。
すでに現場で男達は捕らえているので、わざわざ彼女に聞き込みをして調査書を作る必要はない。
安全に家に帰すことができたなら、この件はそれで終わり──のはずだった。
「おい、それは何だよ」
フレッドはアランの手元を指差した。
抱えられていたのは、リボンが可愛らしく結ばれたランチボックス程の大きさの紙箱と、白いハンカチが1枚。
「お礼だってさ。さっきの子から。ハンカチはお前に」
手渡されたハンカチには、綺麗な可愛らしいスミレの花が刺繍されていた。
彼女を庇って攻撃を交わしている際、避けた相手の服の金具でフレッドの頬に傷が付き、僅かに血が滲んでいたのを見ていたらしい。
手当をしたいと申し出たが、夜道は危険だとアランに戻ることを断られ、それならばせめて、とハンカチを預かったという事だった。
受け取ったそれを頬にあてると、ほんのりと優しく懐かしいような、甘い香りがした。
(これ……何だっけ、この匂い)
知っているはずなのに、もやもやとして答えが出てこない。
「そんで、こっちは皆さんで食べて下さいって」
固まっているフレッドをよそに、ノアが箱を開けると、中にはライ麦パンのサンドウィッチがたっぷりと詰まっていた。
「うわ! すっごい美味しそう!」
アランの話では彼女が作ったものらしかったが、その見た目は店で買った物のように華やかで美しい。
「ほい、フレッド」
ノアが差し出してきたサンドウィッチを受け取り、一口齧る。
ほんのり香ばしいライ麦パンの香りと共に、シャキシャキのレタス、カリッと焼けたベーコン、水々しい薄切りのトマト、ピリッとしたマスタードに、じゅわりと旨みが広がるオリーブの味が混ざり合う。
そしてほんのりと隠れている、この香り、この優しい甘さは──。
「あ……はちみつ」
フレッドは右手にハンカチを握りしめ、もう片手のサンドウィッチを見つめながらポツリと言った。
「ん?どした?」
もぐもぐとサンドウィッチを頬張りながら、アランとノアがフレッドを見つめている。
フレッドは2人の顔を見もせず、ぼっと顔を赤くし答えた。
「俺……これ、恋だわ」




