菓子店の娘ニコルの話①
ニコルのお話は、なぜ一年もフレッドが彼女に出会えず探し続けることになったのかがわかるように、時を戻し、フレッドに助けられた日のお話からスタートします。
前回のフレッドの話③と時系列が変わりますので、ご注意下さい。
「その時、駆けつけて下さったのがフレッド様なの!!」
ニコルは目の前の親友カミラに鼻息荒く言うと、膝に座る可愛い赤ちゃんに鈴が付いたお気に入りのぬいぐるみを振ってみせた。
興奮しているニコルの膝の上で、男の子が満足そうに「あぷぷー」とぬいぐるみを抱きしめている。
「きゃー! すっごいロマンティック! それでそれで?」
「あ、待って。そろそろニックが眠いみたい」
とろんとした目でもたれ始めた赤ちゃんを、しばらく抱っこで寝かしつけ、そーっとベビーベッドに運ぶ。
穏やかな寝息をたてるニックを二人でじっと見つめ、しっかり眠り始めたのを確認すると、ニコルとカミラは声を押し殺しながら「やった、成功!」とお互いに笑顔を向けた。
ニコルは街の端にある、小さなお菓子屋の娘だ。
元々隣の領地に住んでいたが、両親が店を開くと言って5年前に街に引っ越してきた。
母が接客、父とニコルが調理担当。
蜂蜜が隠し味の焼き菓子が人気で、店はなかなか上手くいっている。
内気な彼女には、調理場で黙々と作業するのが性に合っていた。
少し前に、ニコルの姉とカミラの兄が結婚し、子供の頃から親友だったカミラと親戚になった。
引っ越してからも二人はお互いの家を行き来し、兄夫婦に長男ニックが生まれてからは、可愛い天使に会うため、その頻度は増していた。
そんなある日、カミラから手紙が届いた。
『もうすぐ義姉さんの誕生日でしょう?せっかくなら旅行でも行けばって話になって、ニックをうちで2日間預かることにしたの。ニコルも来ない? 母さんがご馳走作るって言ってるよ。ニックが寝たら、久しぶりに夜通しお喋りしましょうよ!』
ニコルは喜んで返事を書いた。
『私もニックとカミラとお泊まり会したいわ! お父さん達も店を休んでもいいって。カミラが好きな特製サンドウィッチとマドレーヌ持っていくね!』
お泊まり会の当日。
用意したサンドウィッチと店のマドレーヌの箱を鞄に詰め、ニコルは夕暮れ前の馬車に乗り込む予定だった。
隣の領地と言っても、どちらも領境のすぐ近くの端っこ同士のため、1時間もかからない。
だが、出発ギリギリの時間に急にお店が混んでしまい、手伝っていると知らぬ間にかなり時間が経っていた。
外は日が沈み始め、僅かに残る夕焼けのオレンジ色が、夜空の濃紺に飲み込まれようとしていた。
「夜は通っちゃダメって言われていたけど……まだ何とか大丈夫よね」
ニコルは近道しようと、入り組んだ細い路地裏へ向かう。
結局、全く大丈夫ではなく、酔った男達に捕まり、ニコルは怖い思いをすることになった。
必死で抵抗しながらも、もう駄目だと諦めかけた時、助けが現れた。
男達を次々と倒す、豪快かつしなやかな身のこなし。
ぐい、と自分を引き寄せた力強い腕。
彼の「もう大丈夫」という声が、どれほど頼もしかったか。
颯爽と現れた広い背中、街灯に照らされた燃えるような赤髪。
ニコルは彼の後ろに匿われながら、その優しい背に恋をしてしまった。
「お礼にサンドウィッチを渡しちゃって……持ってくるって言ったのに、ごめんね」
「謝ることないわ。私だってそうするもの。おじさんが作ったお店のお菓子じゃなくて、ニコルが作った方を渡したかったんでしょ?」
親友には全てお見通しだったらしい。
図星を突かれて、ニコルは顔を赤くした。
「好きだって思ったら恥ずかしくなっちゃって……あの方のお名前を聞けなかったんだけど……送って下さった方に、赤髪の方にハンカチを渡して下さいってお願いしたら、『ああ、フレッドにですね』って仰ったの!」
「送って下さった方、素晴らしいわ! 気が利いてる!」
「助けてくれた三人とも、騎士だって仰ってたわ」
「まあ、最高にカッコイイわ!」
ニコルとカミラはきゃあきゃあと盛り上がったが、この出会いには一つ問題があった。
「フレッド様……いったいどんなお顔をされているのかしら」
出会ったのは暗い路地。
混乱していたこともあり、ニコルはフレッドの顔を見ていなかったのだ。
切なげにため息を吐く親友の姿を見て、カミラが鼻息荒く立ち上がった。
「ニコル、探しましょう!」
「え!?」
内気なニコルは、この恋心は大切に心の中にしまい、それで終わりだと思っていた。
だがカミラはそうではなかった。
「顔がわからなくても、騎士で、背が高くて、赤髪の『フレッド』様を探せばいいのよ。うん、いける。絶対見つかるわよ。私、手伝うから!」
こうして、ニコルは顔もわからぬ恋の相手、フレッドを探すことになったのだった。