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麗子さんの受難

私、富田麗子は B専 らしい。


B専―― 不細工専門 の略だという。


……失礼な!


最初に聞いたときは、何のことだか分からなかった。


でも、確かに私は、世間一般の「イケメン」と呼ばれる人に惹かれたことがない。


「○○の新曲のMV、めっちゃイケメンすぎてヤバい!」

「□□の新ドラマ、××がカッコよすぎて死ぬ!」


そんな話題で盛り上がる友人たちを横目に、私は黙々と 相撲中継 を観戦していた。


アイドルのコンサートに行くより、土俵際の熱戦を生で観るほうがよほど興奮する。


吉木興業の「不細工ランキング」でお馴染みの芸人さんたちが、普通に格好良く見える。



そして、私が好きになる人は――


友人たちに伝えると、大抵 正気を疑われる。


「麗子、どうしちゃったの?」

「なんで!? いや、ほんとになんで?」

「目ぇ、ついてる?」


失敬な。


いいではないか、人と美醜の感覚が違っても。


私には 素敵に見える のだから。





だが、勘違いしないでほしい。


私は モテる。


26歳、大手企業のマーケティング部に勤める 出来る女。

ロングの黒髪はしっかり手入れされ、スーツもパリッと着こなす。

打ち合わせでもプレゼンでも、スマートに切り抜ける。


職場では「才色兼備の麗子さん」として有名だ。


実際、これまでに何人もの男性から告白された。

同期のエリート営業、爽やかな後輩、年上の部長クラス……


「麗子さん、前からずっと好きでした」

「君みたいな聡明で美しい人と、将来を考えたい」


うん、ありがたい話。


だけど――


私には無理なんです。


どんなにスペックが高くても、どんなに見た目が整っていても、まったく ときめかない。


むしろ、ぽっちゃりした頬、やや猫背、モッサリした髪型の男性を見ると、心がざわめく。

ちょっと不器用で、でも優しい、そんな人こそ 私の王子様 なのだ。





そんな私が恋に落ちたのが、はじめ君だった。


彼は、私の理想を すべて 兼ね備えていた。


まず、顔立ち。


丸い輪郭にぽってりとした頬。

鼻筋は通っておらず、どちらかと言えば団子っ鼻。

前歯は出っ歯で、その横には控えめながら八重歯。

目は一重で細く、伏せ目がちに笑うとまるで お地蔵様のように穏やか だった。


次に体型。


華奢で細く、頼りない。

だけどお腹にはうっすらと脂肪がついていて、

そこがまた愛らしい。


さらに、趣味も完璧だった。


「俺、相撲好きなんだよね」


運命だった。


私ははじめ君と付き合うことになり、幸せな日々を送っていた。



だが、悲劇は始まっていた


はじめ君が 「変わりたい」 と言い出したのは、付き合って半年ほど経った頃。


「俺さ、最近ジムに通い始めたんだ」


何か 嫌な予感 がした。


「麗子って、細マッチョとか好き?」


「そんなわけないでしょ」


即答した。


だが、はじめ君はニコリと笑って言った。


「そっか。でも、俺、ちょっと鍛えてみようと思うんだ」


止めたかった。


全力で止めたかった。


しかし、はじめ君の意思は固かった。


「ちょっと運動してみるだけだよ」


その「ちょっと」が、とんでもない事態を引き起こすことになるとは――





日に日に、はじめ君が変わっていった。


最初は軽いランニングから始まり、やがてジム通いが日課になり、タンパク質を意識した食事に切り替わり――


そして、気づいたら。


私のはじめ君は、どこにもいなかった。


透き通るように青白かった肌は、顔のそばかすが目立たなくなるほどにこんがりと焼け、

折れそうなほど華奢だった体は、筋肉という鋼で2倍以上に膨れ上がり、

どこぞのバンドにいそうだった目の下ギリギリの前髪は、短く刈り上げられ、

出っ歯と八重歯は、白く輝く綺麗な歯並びに矯正され――


誰!?


「麗子、どう?」


はじめ君が、にっこり笑う。


白い歯が、眩しい。


…違う。


こんなの、私の好きなはじめ君じゃない。


「いやぁぁぁぁー!!」


私は絶叫した。


「返してぇぇぇぇーー!! 私のはじめを返してぇぇぇーー!!!」







そして、悪夢は続いた。


私は、はじめ君と別れたあと、新しい恋を見つけた。


その彼も、私の理想通りだった。


地味な見た目に、ほんのり猫背。

薄い唇に、やや垂れ目。

お腹周りにはふっくらとした愛らしい肉付き。


「こういう人こそ、包容力があるのよ!」


だが――


「俺、最近パーソナルジムに通い始めたんだ」


いやな予感。


「ちょっと歯の矯正もしてみようと思ってさ」


うそでしょ!?


「髪も短くしようかな、やっぱ爽やかなほうがモテるよね!」


やめてぇぇぇぇ!!!


そして、数か月後――


目の前には、またしても爽やかすぎる男がいた。


……


「返してーー私の理想の彼氏を返してぇぇー!!!」




麗子さんの受難は続く




(おわり)

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