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第1話

「……ほら、返して欲しかったら土下座でもしなさいよ。早くしないと窓から捨てちゃおっかな~?」


 A中学、二年一組。

 朝のホームルームを控えた教室で、藤井由香は奪い取ったスマホをひらひらと見せつける。彼女の後ろには取り巻きである二人の女子生徒が、由香と一緒に不躾な笑みを浮かべていた。周囲のクラスメイトもみな、教室の前で繰り広げられる光景を楽しんで眺めている。

 典型的な、いじめの場面であった。

 由香がいじめているのは、同じクラスの西岡もも子。夏休み明けに転校してきた女子で、長い黒髪の内気で目立たない少女であるが、儚げな雰囲気に密かな男子人気があった。

 由香はもも子の髪を掴んで激しく揺らす。


「ちょっと可愛いからって、調子乗ってんじゃないわよ! この地味女!」

「や、やめてっ!」


 事の発端は、由香の好きな男子がもも子を好きらしい……という噂だ。

 結局、根も葉もない出たらめだったが、その頃になると由香は虐めが楽しくなっており、もも子を解放することはなかった。

 頭を揺らされながら、もも子は必死に思う。


(助けて……お願い……誰か、助けて……)


 その願いが届いたのか、ちょうど担任の武田が教室に入ってきた。


「おーい、ホームルーム始めるぞー。席につけー」


 教師になって三年目。自分の理想とする教育を追い求める、心の熱い若き教員であった。

 武田は由香ともも子たちを見つけると、さっそく声をかける。


「藤井、西岡と何してるんだ」


 由香はすかさず、奪ったスマホをもも子が着るカーディガンのポケットに滑り込ませ、笑顔で武田に振り向いた。


「何でもありません。西岡さんの髪に虫がついたので、払ってあげたんです。ただ、結構大きな虫だったので、慌ててしまいました」


 由香は成績優秀で、運動神経もよい。おまけに、家は地元の名士ときた。取り繕う外面のうまさも相まって、“教師ウケ”が非常によい生徒だった。

 でっち上げの嘘を聞き、もも子は覚悟を決める。


(言わなきゃ……いじめられている……って……)


 そのような機敏を敏感に感じ取った由香は、武田の死角でもも子の足を強く踏みつけた。

 まったく気づかない武田は、真剣そうな表情でもも子に尋ねる。


「本当か、西岡?」


 ギリギリと上履きを押しつけていると、もも子は苦しげに呟いた。


「大丈夫で、す……。本当に、虫を追い払ってもらっただけなので……」


 もも子の口から"大丈夫"と聞くと、武田はどこか安心した表情で三人に言う。


「あまりふざけると先生たちも心配するから、ほどほどにするんだぞ」

「「は~い」」


 由香は取り巻きと一緒に明るい笑顔で返事をしながら、心の中で武田を見下す。


 ――こいつ、ほんと馬鹿。面倒事避けたいの見え見え。ま、こいつが担任のおかげで楽しく過ごせてるんだけどさ。


 現に、武田は熱血教師を自称しながら、いざいじめやトラブルの前兆を目の当たりにすると、"無かったこと"にする。被害生徒の口から"大丈夫"や、"平気です"などと曖昧でふんわりとした言葉を聞いただけで、問題はないのだと認識した。

 由香はほくそ笑みながら、もも子の前を通る寸前、他の誰にも聞こえない小さな声で言った。


「お前を助ける人間なんかいるわけないでしょ。一生、可愛がってあげるから」


 恐怖で震えるもも子を尻目に、由香は席に着く。

 学校生活が楽しくてしょうがなかった。



 □□□



 学校が終わり、由香は家に帰ってきた。今日もたっぷりもも子を"可愛がって"あげたので、とても気分がいい。

 小さな門扉を開けて入ると、愛犬のラッキーが出迎えた。


『わぁうっ! わんっ!』

「ただいま、ラッキー。元気だった~?」


 由香はラッキーの頭や首を撫で、愛犬を堪能する。いつもは凜々しいシェパードの彼も、飼い主に撫でられて笑顔を浮かべていた。

 しばらく撫でた後、由香は玄関の鍵を開け家に入る。


「ただいま~!」


 呼びかけるも、返事はない。由香の母親はいわゆるキャリアウーマンで、いつも夜が遅い。父親は単身赴任。

 敢えて、"ただいま"と言ったのは防犯のためだ。

 誰もいなくても帰ってきたら挨拶するようにと、母親からきつく言われていた。娘がいじめをしているなどまるで知らない母は、由香が至極大切だから――。

 由香の靴を脱ぐ音が、誰もいない家に空虚に響く。玄関からリビングへと続く、細長い廊下。靴箱の上に窓はあるものの、カーテン越しに差し込む日差しは弱く、昼間だというのにやけに薄暗かった。廊下の奥に位置するリビングはわずかに扉が開いているが、その隙間がずいぶんと黒く見える。

 不意に、外から子供たちの笑い声が聞こえ、心臓が不気味に脈打った。自分の家なのにどこか普段と違う雰囲気を感じたような気がして、すぐに二階の自室に走る。

 着替えもせずベッドに転がった。余計な音を立てると何かを呼びそうで怖い。

 心臓の拍動を耳に感じながら、由香は必死に深呼吸する。


 ――……そうだ! スマホ! スマホ、見よ!


 何でもいいから気を逸らしたかった。SNSを見たりネットサーフィンをしていると、徐々に気持ちが落ち着いてくる。

 先ほど感じた違和感は気のせいだったと確信し、心が軽くなったところで見かけぬ広告に目を惹かれた。


【"ふぇい君"で……らくらく動画作り!】


 ――何? アプリ……?。


"ふぇい君"という不思議な名前や動画作りといった文言が気になりタップすると、AIでフェイク動画を作るアプリだとわかった。いくつかサンプルがあるが、どれも本物の動画に見える。

 

「ふーん、フェイク動画かぁ…………あっ」


 眺める由香の頭には、一つの案が思い浮かんだ。彼女の顔が、徐々に綻んでいく。


 ――これで、もも子のフェイク動画を作ったら面白んじゃない?

 

 まだ男子からの人気は根強くあるようなので、何か決定的に追い詰める手段が欲しかったところだ。無料で使えることも背中を後押しした。 

 由香はアプリをダウンロードすると机に座り、一心不乱にスマホを操作する。


 もも子が再起不能になるような、フェイク動画を作ってやるつもりだった

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