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9話 対峙

 



「待った?」


「そうでもないよ」


 彼氏に言うような臭い台詞を吐いてくる蘇芳に、僕は淡々とした声音で返した。


 放課後。

 僕は一人、蘇芳と一対一で話をする為に学校の屋上へと向かった。何故屋上なのかといえば、蘇芳が授業中、僕のノートに書き込んだからだ。


『放課後に屋上に来て』とね。それを書いた後に僕を見る彼女の表情は、憎たらしいほどワクワクしているように見えた。


「でも、どうして屋上に?」


「だってアナタ、私と二人で話しているところを他の人に見られたくないでしょ?」


(ああ、その通りだよ)


 噂になっている転校生と二人きりで話しているところを誰かに見られでもしたら、あっという間に新たな噂が立ってしまう。そして疑問を抱くだろう。

「転校生と話していた男子はいったい誰なんだろうか」とね。


 本来、女子生徒と二人きりで話すことはモブの流儀にも反しているし、その相手が蘇芳アカネとなれば尚更二人きりで話すのは大きなリスクがあって回避すべきことだ。


 しかし、リスクを背負ってでも、流儀に反してでも僕は蘇芳と二人きりで話さなければならなかった。彼女との会話を誰かに聞かれるのは非常にまずいからね。


 その点、彼女が場所に屋上を指定してきたことはこちらとしても大いに助かった。ただ気に食わないのは、「僕が蘇芳と二人きりで話しているところを誰かに見られたくない」と思っていることを彼女に悟られていることだ。


 もう既に、色々と見透かされている気がしてならない。だから気に食わない。


「何をしているのかな?」


「何って、外に出るのよ。こんなせまっ苦しいところで話したくないでしょう?」


 ガチャガチャとドアの鍵を弄っている蘇芳に尋ねれば、そんな答えが返ってきた。いやいや、おかしいだろ。


 生徒は屋上の出入りは禁止となっている。マンガやラノベのように、屋上でご飯を食べるとかはできないんだよ。普通に危ないからね。


 しかし蘇芳は、ガチャリと鍵を開けてしまった。

 その鍵はいったいどこから入手したんだと訝しんでいると、彼女は鍵を僕に見せつけながら、ドヤ顔を浮かべてドアを開いた。


 その瞬間、ぶわっと春の風が舞い込んでくる。

 蘇芳が屋上の外に出て行ってから、僕も後に続くように足を踏み入れた。決戦の地へと踏み込んだ。


 先に外に行っていた蘇芳が、風に靡く赤髪を抑えながら僕に聞いてくる。


「風が気持ち良いわね。やっぱり外に出て正解でしょう?」


「そうだね。先生にバレたら反省文を書かされるだろうけど」


「バレなきゃいいのよ」


 君はそれでもいいだろう。だけどモブとして平穏平凡な学園生活を送りたい僕としては、先生に目をつけられるような真似はしたくなかった。

 したくなかったけど、今回だけは空気を読んで“お前”に合わせてやろう。


「それにしても、日本の学校って制服を着なくちゃならないのが面倒よね。アメリカでは私服だったから、堅っ苦しくて仕方ないわ」


「へぇ、そうなんだ」


「でも、このスカートは可愛いわよね。それに、ちょっとエッチでしょ?」


「……」


 そう言いながら、蘇芳は自分のスカートを捲し上げる。白の大人っぽい下着が露になるが、僕は動揺することもなく、目を逸らすこともしなかった。


 女子生徒のブラが透けていたり、パンツが見えそうになるといったラッキースケベは、主人公でなくとも学校生活を送っていればそれなりに起こったりする。


 普段なら気を遣って目を逸らしたりするけど、今更自分のパンツを見せてくるような、見せてつけてくるような相手に気を遣う必要はない。


「あら、反応無しかしら。それはそれで少し傷つくわね。このパンツはお気に召さなかったかしら? 日本人は清楚な色が好みだと聞いたのだけれど」


「さぁ、どうだろうね。いいんじゃないかな」


「ふ~ん」


 僕が適当に返すと、蘇芳は捲し上げていたスカートをつまらなそうに離した。そして、上から目線の物言いで問いかけてくる。


「私から質問してもいいかしら」


「どうぞ」


「何故、昨日私から逃げたのかしら?」


 その質問が来ることは分かっていた。

 だから僕は、予め用意しておいた回答を話す。


「それは誤解だよ。あの時は用事があって急いでいただけなんだ」


「ふ~ん、そうなの。まぁ、本人がそう言うなら“それでもいいわ”」


「……逆に聞かせてもらうけど、蘇芳さんはどうして僕に友達のフリをさせたのかな」


 僕が一番気になっていた部分はそこだ。

 昨日の駅で彼女はナンパされていた。僕は面倒事に巻き込まれないようにと、敢えて距離を取り通り過ぎようとした。


 けれど蘇芳は、スルーする僕の腕を掴んで友達のフリをさせた。揉め事に巻き込んできた。


 そこが解せない。わざわざ見知らぬ赤の他人を捕まえて巻き込んだ理由がどうしても理解できなかった。だって、どう考えてもあり得ないだろう。理不尽にもほどがある。


 あの時巻き込まれさえしなければ、今こうして二人きりで話すこともなかっただろう。転校してきたとしても、僕に興味を抱くことはなかっただろう。


 だから気になる。

 何故僕を巻き込んだ。



「あぁ、その事ね。昨日はこの学校の下見に来ていたのだけれど、知っての通り面倒なナンパ野郎に捕まってね。無視しても諦めないから段々腹が立ってきて、丁度その時目の前を通りがかったあなたが目に留まったの。

 私が困っているのに助けようともしないなんて……とさらに腹が立って、アナタになすりつけようとしたのよ」


「それはいくらなんでも酷いね。とばっちりじゃないか」


「そうね、だから昨日のことは謝るわ、ごめんなさい。でもね、これでも私驚いたのよ」


「驚いたって……何が?」


「だってどう見ても陰キャのアナタが、ナンパ野郎の手を軽く捻り上げて退治しちゃったじゃない? ギャップというか、あれには私もクるものがあったのよ。今風に言うと、キュンとしたって感じかしら」


「……」


 退治するのはやめておけばよかったな。

 あのナンパ野郎に殴られておけば、彼女の好感度が上がることはなかった。知り合いでもないし、もう二度と会うこともないだろうからと軽率に対応してしまったのがいけなかった。


「だからね、少しお話してみたいと思ったのよ。お礼にコーヒーでもご馳走してあげるわよって。でもアナタ、私が誘う前に逃げてしまったんですもの」


「……」


 やはりお礼をするつもりだったのか。逃げておいて正解だったな。彼女の誘いに乗っていたとしらた、もっとややこしい状況になっていたかもしれない。



「折角の面白い出会いなのに残念だわ~って思っていたのだけれど、運命とは面白いものね。まさか転校した学校のクラスに、アナタがいたんだもの」


「……」


 ああ、君にとっては面白いだろうね。僕にとっては最悪だけど。


「私ね、本当は日本に来たくなんかなかったのよ。だって日本人ってつまらないじゃない? 根が陰キャだし、ノリが合わないし、面白いことなんて一つもないわ」


 そりゃアメリカの陽キャと比べたら日本の学生なんか全部陰キャだろうさ。あっちは口が汚いし、性についてもかなりオープンだ。学生だけでホームパーティーを開くことなんてザラにあるだろう。


 日本の陽キャとは比べ物にならない。蘇芳から見れば、日本の高校生なんて小学生レベルだろうね。


「でもね、アナタを見つけた時にピンと来たのよ。退屈でつまらない日本の学生生活も、少しは楽しめそうだってね」


「そう思ってもらえるのはとても光栄なことだけど、蘇芳さんは勘違いしているよ。僕は君が言う陰キャでノリが合わない、面白いことなんて一つもない普通の男子高校生だよ。とても蘇芳さんを楽しませることなんて出来ないと思うけど」


「そうかしら? 私はてっきり、“敢えてそういう風に振る舞っているように見えるのだけれど”」


(――っ!?)


「ねぇ、佐藤太一君?」


(こいつ!!)


 彼女の言葉に、ズドンと心臓を撃ち抜かれたような衝撃を感じた。

 驚いた……いや、侮っていた。まさか蘇芳が、僕のことをそんな風に捉えているとは露にも思わなかった。


 どうしてわかった? いや、何故そういう考えに至ったんだ? 僕がモブとして生きるように振る舞っているという考えに。


 今まで誰にも見破られたことがなかったのに、まだ出会ってから一日も経っていない彼女がこの短期間でどうしてそこに辿り着くことができたんだ。


 訳がわからず呆然としていると、蘇芳はしてやったりとした顔を浮かべて、


「アナタのその顔、本当にそそられるわね」


「……」


「私ね、クラスの皆にアナタのことを聞いたのよ。皆、口々に言っていたわ。“佐藤は普通”だって」


 だろうね。クラスの皆には普通だと思わせているから。普通だと思わせるように行動しているから。


「だからね、今日一日アナタのことを観察してみたの。それで分かったことは、成績は中、運動能力も中、つるんでいる友達は三軍。どこからどう見ても普通よね」


「……」


「けれど、そこかしこに気がかりなこともある。一限目の自習で一人逃げたのもそうだし、私を避けようとする行動。いえ、私だけでなく女子全般を避けているのかしら?」


(よく見ているな。そこまで僕を分析しているとは思わなかった)


「男の子なら積極的に私と関わりたいと思うのが普通でしょ? 隣でわざとらしくアピールしてきた、坊主頭の彼のようにね」


 こいつ、畠山の下手なアピールにも気付いていたのか。

 気付いていたのにスルーして、僕をおちょくっていたのか。なんて性悪女なんだ。



「でも不思議なことに、アナタはそうしなかった。関わろうとするどころか私を避け、私から遠ざかろうとした。さて、いったい何故かしら?」


「……」


「答えは簡単に出たわ。アナタ、目立ちたくないのよね?」


 ニヤリと三日月のように口角を上げ、蘇芳ははっきりとそう告げた。確信を持って僕の本質をぶち抜いてきた。


「目立ちたくないから能力を隠し、制限している。目立ちたくないから私や他の女子を避ける。目立ちたくないから三軍の友達を選んでつるんでいる。目立ちたくないから普通であろうとしている。“普通を演じている”」


「……」


「どう? 私の考えは当たっているかしら?」


 自信満々に、勝ちを確信しているかのような声色で問いかけてくる。


 参ったね。僕は蘇芳アカネという人間を侮っていたようだ。


 これまで誰にも見破られなかった“普通”を、たったの半日足らずで見破られてしまった。彼女は僕が出会ってきた中で一番頭がキレる人間のようだ。


 これはもう逃れられないな。いくら言い訳を並べたところで意味はない。僕の負けは確定した。完敗してしまった。



(だけど、まだ終わってない)



 切り替えろ。彼女に負けはした。負けたことは認めよう。

 だけどまだ終わってはいない。大事なのは、ここからどう持っていくかだ。ここからが正念場だ。


「君の言う通りだ。僕は確かに普通を演じている」


「あら、意外だわ。そこは素直に認めるのね」


「これ以上誤魔化したって無意味だからね」


「それもそうね。でも私がまだ分かっていないのは、アナタが普通を演じようとする理由なのよね。そんな事して何か意味はあるかしら? 疲れるだけだし、つまらなくないかしら」


 呆れた風に聞いてくる蘇芳に、僕は深く息を吐いてから話し出した。



「出る杭は打たれるという日本の言葉は知っているかな?」


「聞いたことはあるわね。要するにあれでしょ、調子に乗ってる奴は憎まれる、みたいなものだったわよね」


「それで合っているよ。勉強に限らず、スポーツや芸能。何かしらの才能に秀でた者はね、周りから恨まれたり妬まれたりしてしまうんだ。そうなってしまったら、必要以上に目立ってしまったら、もう突き抜けるか底に落ちるしかない」


「アナタはそれが嫌だっていうのかしら?」


「そうだね。誰かに嫉妬されたり、憎まれたり、嫌われたくない。蘇芳さん僕はね、可もなく不可もない平穏平凡な学生生活を送りたいんだよ」


 その為にモブとしての立ち位置を必死に作り上げてきた。

 だけど今、その立ち位置が根底から崩されてそうになってしまっている。目の前にいる彼女によって脅かされてしまっている。



「なるほど、だから目立ちたくない、目立つような真似はしないという訳かしら。本気を出さず、能力も制限して」


「そうだね。目立たない為に、普通で、どこにでも居そうで特徴がないモブのような存在を演じているんだ」


「モブ、ねぇ……それがアナタの流儀ということかしら。ふ~ん、分からなかったことが分かってスッキリしたわ」


「それは良かった。ところで蘇芳さんにお願いがあるんだけど」


 唐突にそう言えば、彼女はやや驚いたように「何かしら」と聞いてきた。僕は回りくどい言い回しはせず、単刀直入にお願いする。


「もう僕に関わらないでくれるかな」


「……」


 蘇芳は頭が良い。僕なんかよりも全然キレる。これ以上画策したところでねじ伏せられてしまうだろう。


 それにモブを演じていることがバレてしまった時点で今更何をしても無駄だ。ならばもう正攻法でいくしかない。お願いするしかない。

 これ以上僕に関わらないでくれってね。


「何故? 理由を聞かせてちょうだい」


「言わなくても君なら既に分かっているはずだ。君みたいな人と関わっていれば、僕は普通ではいられない。モブではいられない。周囲から関心を抱かれ、嫉妬を買うことになってしまう」


「そうかもしれないわね」


 白々しい。“かも”じゃなくてそうなんだよ。


「もし仮に、私が嫌だったと言ったら?」


「分からないな。僕なんかよりも、八神と関わった方が君にとっても面白いと思うよ」


「八神? 誰よそれ」


「……」


 おいバカ八神、何やってるんだ。

「ラブコメの主人公」だろ。ちゃんとヒロインの好感度を上げとけよ。それとなく誘導したのに、名前すら覚えてもらってないじゃないか。


「まぁいいわ。私も悪魔ではないもの、アナタがそこまで嫌だと言うなら今後は必要以上に関わらないであげる」


「ありがとう。助かるよ」


 やけに物分かりが良いな。いったい何を考えている?

 いや……深く考えるのはよそう。ドツボに嵌ってしまう。モブとしての生活は守れたのだから、それでいいじゃないか。


 ふぅ、と心の中で安堵のため息を吐いていると、蘇芳はこちらに歩み寄ってきて、僕に屋上の鍵を投げ渡してくる。


 そして、通り過ぎる時に意味深なことを言ってきた。悪魔のような笑みを浮かべて告げてきた。



「でもアナタ、“もうモブではいられないと思うわよ”」


「っ……!?」


 そう言った直後、不意に、突然に、唐突に。

 蘇芳アカネが僕にキスをした。唇が触れるような、軽いキスを。

 初めて触れた女性の唇はとても柔らかくて、今までに感じたことがない感触を知ってしまった僕は、動揺を抑えて問いかけた。



「……どういうつもりかな?」


「別に、キスくらい大したことないわよ。アメリカ《あっち》じゃ皆普通にやっているしね。あらごめんなさい、もしかして初めてだったかしら?」


 嘘を吐くな。アメリカだって異性にマウストゥーマウスはしないだろ。よくて頬にキスをするぐらいだ。

 というか、僕が知りたいのはそういう事じゃない。何故いきなりキスをしようと思ったかなんだ。


 僕が考えていることなんてお見通しなのか、愉しそうな笑みを浮かべながら自分から答えを出してきた。


「“唾を付ける”という日本の言葉はご存知かしら?」


「……」


「まぁ、要するにそういう事よ。あとその鍵、返しておいてね」


 そう言って、そう言い残して蘇芳は屋上から去って行った。

 彼女が告げた言葉が、ヘドロのように鼓膜に粘り着いている。彼女のそれと重なった感触と熱が、今もまだ残っている。


 彼女が去った屋上の扉を見つめながら、ここには居ない彼女に向けて告げた。



「やられたよ。でもね蘇芳、君は何か勘違いしている。「蘇芳アカネ」という障害さえ除去できれば、後はどうにでもなるんだよ」



 だって君が、一番厄介で邪魔な存在だったからね。

 蘇芳からもう関わらないという言質を取れたことで、今回の話し合いは僕の勝ちだ。


 モブを演じていることがバレた時点で負けだし、負け惜しみに聞こえるかもしれないが、当初の目的を果たすことはできた。



「まぁ精々日本の学校生活を楽しんでくれよ。僕の居ないところでね」



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