8話 主人公の親友
古今東西、恋愛作品の「主人公」には「親友」や「相棒」といったキャラが存在している。
お調子者のムードメーカーで、時には厄介事を招き、時にはお節介をやき、時にはかっこよく主人公の背中を押す。「親友」の役割は主に、主人公の物語を動かす為の舞台装置だと僕は考えている。
そして僕を訪ねてきた彼、灰谷健也もまた「ラブコメの主人公」である八神陽翔の「親友」だった。
彼は八神やハーレムメンバーとも仲が良く、いつも一緒にいる。八神のヒロインとなり得る存在が現れたら、すぐに情報を集めて八神に伝える。
「○○の情報を集めてきたぜ。どうやら彼女は○○らしい」という具合にね。
八神にとってとてもありがたく、とても都合の良い存在だった。
ただ一つ気になるのは、どうして灰谷が「親友」キャラでいるのか。
正直僕は、物語の「親友」は損な役回りでしかないと考えている。「親友」ではあるけれど、どうしたって「脇役」でしかないからだ。普通に考えれば損な役回りである「親友」キャラに自分からなろうとは思わない。
だが灰谷は八神の親友だし、「親友」の役割を全うしている。
素でやっているのか、はたまた何かしらの思惑があって演じているのかは分からないけど、僕ならそんな疲れることはしない。絶対にやらない。
「それで、僕に話って?」
二人で話したいからと頼まれて、山田と野口とは別れて別の場所に移った。そこで僕から尋ねれば、彼は頭を掻きながら話辛そうに口を開く。
「まぁあれだ、いきなりで悪いんだけどよ、佐藤と転校生がどんな関係なのか知りたくてな。話を聞くと顔見知りだそうじゃねぇか」
(やっぱりね)
思った通り、灰谷は僕に探りを入れに来たんだ。
八神のヒロインと成った蘇芳アカネの情報を得る為に、転校生タイムで話題に出た僕との関係を直接調べに来た。
本当、八神の為にご苦労なことだよ。恐らく彼は今までも、今みたく一人で暗躍してきたんだろうね。もしかしてそういう行動自体が楽しいからやっているのかな?
(さて、どう答えたものか)
ここで回答をしくじれば、モブとしての学園生活は一発でアウトになる。
もし彼に、僕が蘇芳との関係を勘違いされて「恋敵」だと認定されてしまえば、たちまち「モブ」から「主人公の敵役」へと立ち位置が変わってしまう。
そして、強制的に「八神陽翔の物語」に引きずり込まれてしまうんだ。それだけはダメだ、絶対にあってはならない。
既に今の僕は泥沼に片足突っ込んでいる状態だけど、まだ挽回できる。回避できる。
「どうやらそうみたいだね」
「“そうみたい”……っていうのは、どういう意味だ?」
「いやさ、僕もさっき知ったばかりなんだよ」
怪しむ灰谷に、僕は山田と野口に話した内容をそのまま伝える。勿論、蘇芳アカネだったことには気づいていないフリをして。
「なるほどな、困っていたところを助けてもらったってのは、昨日の駅でってことか」
「そうだね。僕もビックリしたよ、まさか偶然助けた人が転校生だったなんて」
「へぇ、でもそれだけか?」
「うん? どういう意味?」
意図が分からず今度は僕から尋ねると、彼は訝し気な表情を浮かべて口を開いた。
「偶然助けただけってわりには、どうも蘇芳は佐藤を気になっているようなんだよな」
(目ざといな。流石、日々暗躍しているだけはあるよ)
恐らく灰谷は、蘇芳が僕に接している一連の行動が気掛かりなのだろう。
八神の隣の席が空いていたのにも関わらず、僕の横の席を甲斐から強引に奪った。教科書がないから僕に見せてと頼んできたり、それからも度々ちょっかいをかけられてしまった。あの時間は生きた心地がしなかったね。
困っている所を助けてもらった相手だとはいえ、少々干渉し過ぎていることがある。
ちょっと気にし過ぎじゃない? と思うかもしれないが、仮に一軍のイケメン男子だったらそんなに気にならないだろう。
取るに足らない「モブ」の僕だからこそ、彼は微妙な違和感を抱いているんだと思う。
でも、どうして蘇芳が僕に興味があるのかは僕でさえ知らない。逆に僕が聞きたいくらいだった。だから僕は、首を傾げてこう答えるしかない。
「どうだろう、単純にからかっているだけじゃないかな。その内飽きると思うよ」
「……」
(セーフか?)
「主人公の敵役」認定なんてされたら終わりだ。頼むから僕を無害なモブだと判断してくれ。
考えを巡らせている灰谷は、うんと頷いて納得したように話す。
「そうだな……俺の考え過ぎか。悪いな、いきなりこんなこと聞いちまってよ」
「全然、そんなことないよ」
「じゃあ俺は行くわ、教えてくれてありがとな」
そう言って、灰谷はクールに去って行った。そしてこの後、僕から聞いた情報を持ち帰った彼はそれとなく八神に伝えるんだろう。本当、ご苦労なことだよ。
「セーフ……みたいだね」
「主人公の敵役」認定はされず、一先ず無事にやり過ごせたようだ。
はぁ……疲れた。何で僕がこんなに疲れなきゃならないんだ。それもこれも、あの女と関わってしまったのが原因だ。蘇芳が転校してきたのが全部悪い。
こっちはモブとして平穏平凡に過ごしていたのに、本当に迷惑な奴だよ。
「何がセーフなの?」
(――っ!?)
「ふふ、いいわねぇその顔。そそられるわ」
(何でこいつがここにいる!?)
驚いた。心臓が飛び跳ねた。
背後から突然声をかけてきたのは、件の蘇芳アカネだった。愉しそうに嗜虐的な笑みを浮かべている。
どうして蘇芳がここにいる?
疑問を抱きながら周囲の状況を確認すると、少し離れたところに八神と日和がいた。
ああ、そういう事か。
大方、食堂で昼ご飯を食べた後、蘇芳に学校の案内をしていたのだろう。
中庭を案内していたところを、たまたま僕の姿が見えたから声をかけにきたんだ。八神と日和がいるのにも関わらずね。
「ねぇ、私アナタと二人でお話したいと思っているのだけれど、どうかしら」
「奇遇だね。僕も君と話してみたいと思っていたんだ」
これはお世辞でも話を合わせる為でもなく、心からの本心だ。いつまでも彼女に引っ掻き回されてたまるか。
早々に、できるだけ早く問題を解決しなければならない。モブとして生きる為にも。
「へぇ、“今度は逃げないのね”」
「逃げる? “何のことかな?”」
「「……」」
「二人して何の話してるんだ?」
僕と蘇芳がどんな話をしているか気になったのだろう。日和と一緒に近付いてきた八神がそう聞いてくる。
「何でもないわ、取るに足らないことよ。そうよね?」
「そうだね」
「そうなのか……?」
おい、そんな親の仇を見るような目で僕を見るな。
安心しろよ、僕はお前から蘇芳を奪ったりしないから。
「まだ案内してない所があるから行こうぜ。昼休みの間にできるだけ回っておきたいしよ」
「それもそうね。じゃあ、“またね”」
僕にそう言い残して、蘇芳は八神と日和についていくように去って行った。
「余裕だな」
そりゃそうか。
僕からしたら最大の脅威であるけれど、蘇芳からしたら僕なんか暇潰しのオモチャに過ぎない。警戒する必要がない。
けど、思い通りになると思うなよ
なんとしてでも、僕はお前から逃れてやるからな。
「必ず生き抜いてやる。勝負は放課後だ」