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5話 生まれて初めてだ

 



「んじゃ、軽く自己紹介してくれ」


「蘇芳アカネ、よろしく」


「もうちょい何かあんだろ……。蘇芳はつい最近までアメリカで暮らしていたんだが、ご両親の都合で日本に帰ってきたそうだ」


「それって……帰国子女ってやつ?」


「つーかさ、私あの子どっかで見たことあるんだけど」


「私知ってる! アメリカで今注目されてるカリスマモデルのAKANEちゃんだよ!」


「本当だ……イマスタフォロー数九千万人!? すっげぇ!」


「マジのモデルなの!?」


「通りでオーラがある訳だ」


「ってか可愛すぎだろ……」


「やべぇって……マジやべぇって」


 帰国子女の美少女転校生兼カリスマモデルの登場に、静まり返っていたクラスメイトたちも徐々に盛り上がっていく。男子は勿論、女子でさえキャーキャーと色めき立っていた。


 蘇芳アカネという圧倒的な存在を前にクラス全体に興奮と熱気の渦が帯びる中、僕だけは極寒の海中に沈み込まれたように身体が冷えきり、冷や汗が止まらなかった。



(まずいまずいまずいまずいまずい)



 恐らく彼女は、蘇芳アカネは昨日ナンパされていた赤髪の女性で間違いないだろう。できれば間違っていて欲しいけど、赤の他人であって欲しいけれど、目が合った時の悪魔のような笑みを見たら99%当たっている。


 個人的には残りの1%に全額ベッドしたいところだが、心の中では既に負けを認めていた。



(最悪だ……最悪の展開だ)



 ここからの、これからの展開を予測すると絶望でしかない。

 彼女が、美少女転校生蘇芳アカネが僕に話しかけてきたとしたら、一目散に注目を浴びてしまう。


 ましてやナンパから助けてもらった――僕は助けたのではなく巻き込まれたんだけど――などと公言してしまったら、学園生活をモブとして生きていくことは果てしなく困難になってしまうだろう。


(終わった……)


 力尽きたように項垂れる僕は、沸々と怒りが湧き上がってきた。


 ふざけるなよ。

 これまでどれだけ僕が努力し、念密にモブという地位を作り上げてきたと思っている。自分で言うのもなんだが、ここまで完璧に作るのに凄く大変だったんだぞ。


 それを、その努力をたった一人の存在にぶち壊されてしまうのか。

 ははっ、やっぱり人生って上手くいかないようになっているんだね。クソが。


(いや……まだだ。まだ終わってない!)


 考えろ、考えるんだ、これから僕が取るべき行動を。

 酷く楽観的な願望は、彼女が僕に全く関わらないことだ。興味のない存在だとスルーしてくれれば、モブとしての生活が今後脅かされることはない。


 しかしこの願望が成就されることは恐らくないだろう。僕と彼女はもう関わってしまっているからだ。


 ならば大事なのは初手。ファーストコミュニケーション。仮に彼女が僕に話しかけてきたとしよう。どんな風に、どんな話題を振ってくるかは分からないが、初手さえ上手く乗り切れば挽回できるはずだ。


 最初はどうしても目立ってしまう。だがそれは仕方がない。あれだけの美少女と面識があったとなれば、どんな人間だって気になってしまうものだからね。


 だが初手を乗り切り、「へ~そんな事があったんだね」ぐらいの印象に持っていくことができれば、それ以降はモブとしていられる。生存できる。


 だってモブなんかよりも、皆の興味は彼女だけに注がれるだろうからね。


「んじゃまぁ、とりあえず蘇芳の席はっと……八神の横が空いているな」


 僕が必死にあれこれ考えている間に軽い自己紹介は終わっていたようで、担任が教室を見回し蘇芳の席を探す。そしてある場所に目をつけた。


 窓側一番後ろの主人公席に座っている八神の横には、都合が良過ぎるぐらいからの席が設置されてあった。

 昨日までは席なんて置いてなかったのに、ただの空白だったのに、転校生用の席がいつの間にか置かれてあった。

 まぁ、僕は今朝登校して来た時から気付いていたんだけどね。


「ちっ、ま~た八神かよ」


「あいつばっかいい思いしやがって、不公平だ!」


「ちきしょ~! 何で俺の横は空いてないんだ!」


(よし、よし! 良い流れだ!)


 男子達がわかり易い嫉妬をぼやく中、僕は心の中で狂気乱舞した。

 蘇芳が八神の横の席になれば、確実に八神のヒロイン候補になるだろう。僕は八神とヒロインの一人である日和小春の反応を窺った。


「え……マジ?」


「っ……」


(よし、いける!)


 蘇芳が自分の横の席に来るとわかって、八神は満更でもない顔をしていた。そして彼の幼馴染である日和は、美少女である蘇芳が八神の隣の席になると知って不安そうな顔を浮かべている。


 そりゃそうだろう。

 あんな美少女が隣にいれば「ラブコメの主人公」の特有スキル「朴念仁」を有している八神だって彼女に惚れるかもしれないからね。

 ぽっと出のキャラに幼馴染を取られる、横取りされるかもしれないとなると不安でしかないだろう。


(そうか……)


 そんな二人の反応を見て、僕はある事に気付いた。

 きっと、多分、恐らく、蘇芳アカネがこの学校に転校してきたこの日この時、「八神陽翔の物語」は始まりを迎えた。


 これまで彼が築き上げてきたハーレムも物語の一部かもしれないけど、それは単なる「あらすじ」でしかなかった。物語の第一話ですらなかったんだ。


 蘇芳アカネという正ヒロインの登場により、第一話がようやく幕を開けた。八神陽翔を巡る学園物語がこれから始まるのだ。


 そして、そうなることは僕にとって好都合でしかない。

「八神陽翔の物語」のモブとして上手く立ち回りさえすれば、蘇芳アカネが八神のヒロインになってしまえば、モブとして平穏平凡な学園生活を全うできるからだ。



(ありがとう八神! 君が「ラブコメの主人公」であることが今日ほど嬉しいことはないよ!)



 まだ完全に助かっただけではない。

 けれど蘇芳アカネが、「八神陽翔の物語」から逃れられるとは思えない。八神とのイベントに大変で、僕に構っている暇なんてないだろうからね。


 勝った……と、安堵の息を吐いた。

 勝った――と、思い上がっていた。


 蘇芳アカネという人間は、僕の想像を遥かに超えていった。



「先生、私、あそこの席がいいのだけれど」


「はっ?」



 つい、口から声が漏れてしまった。

 だって仕方ないじゃないか。蘇芳が“廊下側一番後ろの僕の席”の隣の生徒を指して、訳わかんない我儘を言い出したんだから。



 ――おい、あの女はいったい何を言っているんだ?――



「いや、でもあそこは甲斐の席だしな……」


 担任の言う通りだ。

 僕の隣の席は空いていない。甲斐という女子が座っている。見てみろ、突然指名された彼女も「えっ私?」と呆然としているじゃないか。


 否、甲斐だけじゃない。全生徒が、何故蘇芳がわざわざ人がいる席を名指ししているのか理解できず混乱していた。困惑していた。


 頼む、頼むからやめてくれ。

 大人しく八神の隣に行ってくれ。あそこが空いてるだろ? こっちに来るなよ。


「そうね、ならこうしましょう。あの子には移動してもらって、私があの席にするわ。それならいいわよね」


 おい、馬鹿、やめろ。そんな横暴は許すな。それだけは絶対にダメだ。


「う~ん、まぁ甲斐が了承するならいいが……」


「それもそうね。“ねぇ、いいかしら”?」


「えっ……あ、はい。どうぞ」


 担任も甲斐もあっけなく我儘を押し通されてしまった。

 頼みというか、あの圧は最早命令だ。流石はアメリカ帰りというか、我が強い。あれでは空気を読んで「はい」と譲るしかないだろう。

 可哀想な甲斐はともかく、担任はもっと頑張って欲しかったが。


 甲斐がいそいそと自分の荷物を持って、空いていた八神の隣の席に移動する。そんな中、蘇芳は黒板の前から優雅に歩いてきて、甲斐から“奪った”席に座り、カリスマモデルのように優美に足を組んだ。


 そして、隣の席である僕に悪魔の笑顔を向けてこう言ってくるんだ。



「よろしくね」



 だから僕も、精一杯の笑顔を作って挨拶を返した。



「うん、よろしく」



【モブの流儀その10】

 感情を顔に出してはならない。



 表情というのは、身体の部位で最も感情があらわになると僕は思っている。

 喜怒哀楽に加え、退屈そう、興味がなさそう、怠そう、疲れてそう、などといった様々な印象が瞬時に読み取れるんだ。


 その中でも怒りや悲しみといったマイナス方面の表情は、他人に嫌な思いをさせてしまう。悪い印象を与えてしまう。モブとして生きるのに、不和を起こすのはよろしくない。


 だから僕は、感情を悟られないように普段から作り笑いを浮かべている。

 胸の内ではどんなに面倒臭くても、どれだけ腸が煮えくり返ろうとも、他人に感情を悟られてはいけない。


 だから、蘇芳アカネに対してだって作り笑いを浮かべる。


 だが、これだけは言わせて欲しい。

 誰かを本気で殴りたいと思ったのは生まれて初めてだった。


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