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3話 フラグは立たせない

 



「ナイスボール! いいよいいよ!」


「こら~! サボるんじゃない。球拾いもしっかりやれ~」


「「ヘイワ~~~ファイオ、ファイオ、ファイオ!」!」


「今日塾なんだよな~」


「俺はバイトだわ~ダリ~な~」



 放課後。

 朝に用事があると言っておいたので、野口と山田と別で一人先に帰宅することにした。


 廊下を歩いていると、多くの部活動の音が聞こえてくる。

 吹奏楽部による金楽器を奏でる音色や、ランニングでの掛け声。サッカーボールを蹴る音に、金属バットで野球ボールを打つ打球音。


 生徒達は皆、部活という青春に励んでいる。

 高校生らしく、とても素晴らしいことだと思う。


 僕は絶対にやらないけど。



【モブの流儀その6】

 部活に所属してはならない。



 部活というのは、会社の縮小版みたいなものだ。

 一年生から三年生まで所属しており、縦の上下関係が存在している。自分に課された役職や役目があり、実力によっては優劣が生まれてしまう。


 部活内では派閥があり、ほぼ確実に喧嘩などのいざこざが起こって部活の空気が悪くなったり、人間関係が壊れたりするんだ。


 ね? 会社みたいでしょ?


 運動部、文化部とか関係ない。

 集団行動になってしまう部活に所属するだけで、多くの面倒事に巻き込まれてしまうんだ。

 そしてこれは部活に限らず、バイトや塾でも同じことが言える。


 部活が楽しいのなら全く問題ないよ。

 県大会や全国大会を目指して日々頑張るのもとても尊いことだと思う。部活でしか得られない貴重な経験や感動だって沢山あるだろう。


 好きな物を買いたくてバイトをしてお金を溜めるのも、有名大学に入る為に塾で必死に勉強するのも素晴らしいことだ。


 でも、“僕は”嫌だね。

 部活やバイトに時間を縛られるのも、自分とは関係のないいざこざに巻き込まれるのも御免だ。部活やバイトには、回避しなければならない恋愛や深い友情などといった地雷が常に付き纏っている。

 そんな死地に自らから赴くなんて自殺しに行くようなものだ。


 と、僕は考えている。


 決して部活やバイトを否定している訳ではない。

 どちらも今の内に経験しておけば社会に出た時に役立つだろうことも理解している。


 これはあくまでも、モブとして平穏平凡に過ごしたい僕の考え方なのだ。





「ねぇねぇ、頼むよ。連絡先だけでも教えてよ!」


「……」


(こんな所でナンパか……)



 帰り道の駅内。

 僕の目の前で、ヤンキー風の男が女性にしつこくナンパしていた。女性は無視して歩いているのだが、男はしつこくナンパを繰り返している。


 こんな駅内で白昼堂々とナンパをするなんて僕には到底考えられないが、それほど女性に魅力があるのだろう。


 確かに、ナンパされている女性は後ろ姿だけでも美人と断定できるほどの特別なオーラを纏っている。

 艶のある真っ赤な長髪は目立つし、スタイルも良い。目深に帽子を被ってマスクもしていることから、もしかしたら芸能人かもしれない。


(念のため、少し離れておくか)



【モブの流儀その7】

 面倒事には極力関わらない。



 外国人に道を聞かれたりすれば協力するし、小さな子供が迷子になっていたら警察に届けたりはする。人命救助などといった切羽詰まった状況ならば僕でも助けに行くさ。


 しかしそれ以外の関係ない面倒事には極力関わらないことにしている。余計な正義感に駆られて首を突っ込んだりしたら厄介事に巻き込まれるかもしれないし、いちゃもんを付けられたりしたら面倒だ。


 もし仮に、今ここにいるのが僕ではなく、八神陽翔だったら恐らくナンパされている女性を助けていただろう。


 躊躇なくその行為ができるからこそ彼は多くの美少女達からモテていると僕は思っている。八神ハーレムである彼女達もきっと、八神に何かしら助けられているだろうからね。


 でも残念ながら、僕はそんな事はしない。

 ナンパされている女性を助けるような「ラブコメの主人公」みたいな行動イベントは絶対に発生させない。


 だから僕は、面倒事を避ける為に目の前の二人から離れて早歩きで通り過ぎることにした。したのだったが――突然誰かに腕を掴まれる。



(はっ?)



 何が起きたのか分からず困惑し、混乱しながら後ろを振り向く。

 するとナンパされていた女性が、いつの間にか僕の腕を掴んでいた。


 おい、お前はいったい何をやっているんだ?


「この人私の連れなの。だからさっさと消えてくれるかしら」


「えぇ? そんな分かりやすい嘘吐かなくていいって……どう見ても違うっしょ」


 ヤンキー風の男が僕の全身を舐め回すように観察し、取るに足らないザコだと一瞬で判断した。


 おい、ふざけるなよ。

 ザコ認定してきたヤンキー風の男に怒っているんじゃない。この女に怒っている。よくも僕を面倒事に巻き込んでくれたな。


 これだから嫌なんだ、人生は。

 こっちは平和に過ごそうと常日頃から警戒し気をつけているのに、向こうから何食わぬ顔で巻き込もうとしてくる。たまったもんじゃないよ。


 まぁいい。事故というのは少なからず起こるものだ。

 今はこの状況をどう穏便に乗り切るかを考えよう。


「嘘じゃないわ、本当よ」


「……おい、どうなんだよ」


 男がメンチを切りながら僕に尋ねてくる。

 さて、どうするか……。他人のフリをするのが最善かもしれないが、既に僕は巻き込まれてしまい、彼女に連れであると口にされてしまっている。


 ここで他人のフリをして状況をややこしくするよりも、話を合わせて乗り切る方が無難かもしれない。



「はい、本当です。彼女と僕は友達で、駅で待ち合わせしてから遊びに行くところだったんです。ですので、申し訳ありませんが失礼しますね」


「ちょ、おい待てよ!」


 機嫌を損ねぬようなるべく丁寧な言葉でまくし立て、踵を返して離れようとしたのだが、男にガシッと肩を掴まれてしまう。

 ちっ、こいつもしつこいな。


「じゃあ連絡先だけでもいいから教えてくれよ! それくらいいだろ」


「いい加減にしてくれるかしら。あなたみたいな勘違いナンパ野郎に教えると本気で思っているの? 家に帰って鏡を見てから出直してきなさい」


「て、テメエ言いやがったな!」


 おいバカ、火に油を注ぐような言い方はやめてくれよ。

 ほら見ろ、怒っちゃったじゃないか。


 これはもう駄目だな。まともな判断ができていない。怒りで思考力が低下した人間に何を言ったところで無駄だろう。


 胸中でため息を吐き諦めた僕は、女性の胸倉を掴もうとする男の手首を掴み力を込めて捻り上げた。


「痛て、痛ででてててて!?」


「もうやめましょうよ。人目もありますし、揉め事を起こすと駅員に捕まりますよ。それでもいいんですか?」


「痛てぇ! 離せって!」


「もう突っかかってこないのなら離しますよ」


「わかった! わかったから離せよ!」


 苦悶の表情を浮かべる男が懇願してくるので、パッと手を離す。


 すると男は掴まれた手を痛そうに抑えながら、気まずそうに早々と立ち去った。痛みで怒りが収まり、周囲に見られていることに気付いて罰が悪くなったのだろう。


 周囲というワードに引っ掛かった僕は、すぐに周りを見回す。


(よかった……撮られてはいないようだな)


 昨今のSNS時代。

 こういう揉め事が起こったらスマホで録画し、すぐにSNSや動画配信サイトにアップされてしまう。

 その内容が勧善懲悪ざまぁであればあるほど、バズり倒す傾向にあった。


 陰キャがナンパされている美少女を助けて、ヤンキー風の男を退治する動画なんて格好の的だろう。


 そんな動画が拡散されてしまったら僕のモブ生活が一瞬で終わってしまう。撮られていないようで一先ず安心していると、女性にお礼を言われた。


「ありがとう、お蔭で助かったわ」


「いえ、では僕はこれで」


「あっちょっと! ねぇ!」


 軽く会釈をして、女性から逃げるように立ち去る。

 待ってと引き留められるが、これ以上彼女に関わってはいけない。お礼に何かさせて欲しいとかのイベントも万が一にも立ててはならない。


 そういうのは八神のような奴としておいてくれ。僕は違うし、これ以上関わりたくない。


 僕は女性を巻くように駅から出て、念の為カフェで時間を潰してから電車に乗って家に帰宅した。



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