22話 そして物語は進みだす(後)
「おい陽翔、“あれ”は何なんだよ」
「あれって言われてもわかんねぇよ」
「とぼけんじゃねぇよ! 日和の髪が短くなってることについてだよ!」
“親友”の八神陽翔の胸倉を掴み上げながら問い詰める。
朝登校したら、日和が髪を短く切っていた。長い髪をずっと大切にしていたあいつが急に短くするなんて信じられない。きっと、それだけの大きな何かが日和の身に起こったんだ。
そして日和に何か起こるとするならば、確実に陽翔が関わっている。だから親友に聞くと、
陽翔は申し訳なさそうに眉尻を下げながら予想通りの言葉を吐いた。
「あ~、多分俺のせいだ」
「俺のせいって……まさか……」
「“まさか”? まさかってどういう意味だ?」
つい口に出てしまっていたのを陽翔に疑われる。俺は誤魔化すように「何でもねぇよ」って言ってから、追及される前に追及した。
「それより俺のせいってのはどういう意味だよ」
「あ~、実は体育祭が終わった後にさ、日和に告白されたんだよ」
「何だって!? へ、返事は……なんて言ったんだ」
「断ったよ。俺は小春のことをそういう目で見ていないし、今は気になる人がいるからってな」
「そ……そうだったのか」
陽翔の話を聞いて心の底から驚いた。
だって俺は、日和が陽翔に告白するとはこれっぽっちも考えていなかったからだ。
傍から見れば、日和が陽翔を好きなのは明白だし告白してもなんらおかしくないだろう。
だけど二人と最も近くにいて内情を知っている俺からすると、幼馴染という関係を壊したくなくて、さらに恋敵達とわーわ~やっている今の時間も大切にしている日和が、このタイミングで自分から告白するなんて到底あり得なかった。
告白するにしても卒業する前か、それか結局告白できずに終わると思っていた。だから驚いた。
(まさか、蘇芳アカネの登場に焦ったのか?)
蘇芳アカネはこれまでのヒロインよりも一線を画した人物だ。陽翔を「ラブコメの主人公」とするなら、蘇芳は正に「真のヒロイン」と言っても過言じゃない。
そんな蘇芳に焦って、日和が陽翔に告白した?
考えられなくもないが、やっぱりどこか引っ掛かる。何故なら日和は、自分一人で決断するほど心が強くないからだ。
なら誰かに相談したと思うが、多分身内じゃねぇ。
恋敵であるあいつらに相談するとは思えねぇし、俺にも来なかったとなると、他の第三者だ。
(誰だ……日和を唆した奴はッ)
許さねぇ、よくも俺の計画をぶち壊してくれたな。
今の日和は、髪を切ったことから察するにほぼ立ち直っているだろう。陽翔に対して後悔なんてなく、前に進みだそうとしている。
“でも、それじゃダメだなんだよ”。
俺の計画では、日和は陽翔に告白できずに恋が終わる「負けヒロイン」になってもらい、俺が日和の心の傷を埋める「親友キャラ」として彼氏になるつもりだった。
だけど今の立ち直った日和を俺が慰めたところで彼氏にはなれないだろう。だって彼女の心の傷は既に塞がってしまっているんだからな。
(クソ、折角今まで上手くいってたってのによ!)
「賢也、大丈夫か?」
「ああ、悪い……何でもねぇ。ちょっと考え事をな」
計画が狂ったのも全部、日和を唆した誰かのせいだ。
誰だか知らねぇが許さねぇ、もう邪魔されないように絶対に見つけ出してやる。
◇◆◇
「また屋上か」
「いいじゃない、私達の密会場って感じで」
「その密会って言うのやめてくれないかな。なんか怪しく聞こえるから」
「あら、怪しく聞えて何が悪いのかしら」
「……」
表には出さず、心の中でため息を吐く。
ため息の一つや二つは吐きたくもなるよ。平和高校で絶賛大注目中の蘇芳アカネと立ち入り禁止の屋上に二人きりでいるんだからね。
ただでさえ体育祭で僕と蘇芳の関係を怪しまれているっていうのに、こんな場面まで見られてしまったらもうおしまいだよ。
そんなリスクが孕んでいるのに何故僕が彼女とここにいるのかといれば、リスクを冒してでも話さなければならないことがあるからだ。
とはいってもこの密会を提案したのは彼女からなんだけどね。
「先に僕から話してもいいかい?」
「あら、レディーファーストはしてくれないの?」
「悪いけど、僕からいかせてもらよ」
蘇芳から話をされると彼女のペースに乗せられてしまうからね。話を円滑に進めるためにもそれは阻止したい。
「構わないわよ。そういう冷たいところも私は好きだし」
「じゃあ聞かせてもうらおうか。何故、あんな真似をしたんだい?」
「あんな真似? 何のことかしら」
相変わらずムカつく顔でとぼけるなぁこいつ。
「体育祭のことだよ。僕の妹に接触してきたのもそうだし、借り物競争で僕を指名したことについてもそうだ。あれのせいでとても迷惑を被っているんだけど」
家では柚希から「蘇芳さんって誰なの!? お兄とどんな関係なの!?」と質問攻めに遭ったし、今日は学年問わず男子から注目された上に何人かから声をかけられた。
彼女とはただのクラスメイトだと上手く説明しておいたけど、一々説明するのも注目されるのも平穏平凡なモブ生活に支障が出てしまう。
だから、これ以上はなんとしても蘇芳からの関わりを避けなければならないんだ。
「僕に関わらないと約束して君は了承したはずだ。これはどういうことかな」
「それならあの時に言ったでしょ。悪い女はね、平気で嘘を吐くって」
「それだと僕がとても困るんだ。だからもう一度約束してくれないかな。今後一切、僕とは関わらないってね」
どれだけ口約束をしたところで無意味だろう。だけど僕は彼女にお願いするしかない。
強硬手段ならいくらでも考えられる。
例えば彼女を社会的に抹殺したり、この学校から転校させたり、最悪始末したりね。けど、そんな人道に反する行いは個人的にナンセンスだ。
モブとして平穏平凡な毎日を過ごしたいと願ってはいるけど、誰かを傷つけてまでそれを成そうとは思わない。それはもうモブではない。ただの頭がイカれた人間だ。
だから僕は心からお願いする。彼女が諦めてくれるまでね。
「いいわよ」
「はぁ……やっぱりダメだよね……ん? 聞き間違いかな、もう一度言ってもらってもいいかい」
「だから、いいわよって言ったのよ」
どういうことだ?
てっきりまた不敵な笑みを浮かべて断られると思っていたんだけど、無表情ですんなり了承されてしまった。
拍子抜けした……というより、彼女が何を考えているのかわからず不気味だ。
「そうか、ありがとう」……と僕がお礼を告げる前に、蘇芳が先に「ただし」と言い続けて、
「条件があるわ」
「……条件?」
「ええ。アナタと一切関わらなくてもいいけど、その変わり私の条件を呑んでもらうわ」
おいおい、まさか僕に奴隷にでもなれなんて冗談言うんじゃないだろうな。こいつの場合本気で言いそうで怖いんだけど。
「どんな条件だい?」
「私と勝負をして、アナタが勝ったら約束を聞いてあげる」
勝負……随分と急だな。
いったい何を考えているのだろうか。
「勝負の内容は、今日から三年生になるまでの約一年間で、アナタが私に惚れるかどうか。私がアナタを惚れさせたら私の勝ち。アナタが私に惚れなかったら私の負け」
「……」
解せない、何だその勝負は。
余りにも僕が有利過ぎる。それとも蘇芳には僕を惚れさせる絶対の自信でもあるのか?
「もし私がこの勝負に負けたら、三年生から未来永劫、アナタに関わらないと約束するわ」
「へぇ、それが本当なら嬉しい内容だね」
その約束は僕にとって途轍もなく大きい。
蘇芳アカネはどこにいたって目立つ。そんな彼女と縁を切れるなら願ったり叶ったりだ。一番嬉しいのは、三年生という学生にとって最も大事な時期に蘇芳と関わらなくなることだね。
ただ、この条件だと僕にメリットがあって蘇芳にメリットがないのが気になるな。そこをはっきりしておかないと後が怖い。
「僕を惚れさせることについての君のメリットは何だい?」
「前にここで言ったわよね、単なる暇潰しよ。私はアナタで遊んで日本での退屈な時間を少しでも楽しくしたいだけ。十分なメリットよ」
「それなら別に惚れさせる必要はないんじゃないのかな」
「それは必要よ。だって私に興味がないアナタを惚れさせたら、きっと凄く面白いもの」
嗜虐的な笑みを浮かべながら、蘇芳アカネはそう言った。
なるほど、恐らくドSな性格の彼女からしたら僕が敗北する様を見たいという訳か。
「どう、この勝負に乗ってみる?」
「乗ってもいいけど、僕からも条件を出してもいいかい?」
「ええ、勿論よ」
「体育祭の時のように悪目立ちするような真似はしないで欲しい。できれば学校でも余り関わって欲しくない。密会ももう無しだ。君ならそれくらい余裕だよね?」
僕を惚れさせるというのだから、蘇芳は僕に何かしらのアプローチを仕掛けてくるんだろう。
だけどその度に体育最の時のように目立ってしまったら、今よりもっと注目されてしまい、モブとして生活することは困難どころか不可能になってしまうだろう。それでは本末転倒だ。
だから蘇芳には、できるだけ僕に関わらず僕を攻略してくれるのが望ましい。これを断られると非常に面倒なので、軽く煽っておくことにした。
「余裕と言いたいところだけど、アナタの場合少し難しいわね。なるべく善処するわ」
「そうか、なら君の勝負に乗ることにするよ」
「うふふ、アナタなら引き受けてくれると思ったわ」
ふん、今の内に笑っているがいいさ。
この勝負はやる前から結果が見えている。というのも、僕が蘇芳に惚れることは万が一にも、億が一にもあり得ない。なんなら神様にだって誓ってあげよう。
この勝負は始まる前から僕の勝ちが決まっている。
「蘇芳アカネが佐藤太一を惚れさせたら私の勝ち」
「佐藤太一が蘇芳アカネに惚れなかったら僕の勝ち」
「一年後が楽しみね」
「一年後が楽しみだよ」
勝敗が決まっている勝負ほどつまらないものはないけれど。
まぁ、君の済むまで相手をしてあげるよ。




