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21話 そして物語は進みだす(前)

 



「それで小春、話ってなんだ?」


「うん……今から言うね」


 体育祭が終わり、夕日が沈む頃に陽翔と近所の公園に訪れていた。

 懐かしいなぁ……幼稚園の頃によくこの公園で陽翔と遊んでたっけ。私がおままごとをしたいって言ったら、嫌々ながらも付き合ってくれたんだよね。


 今日の体育祭での騎馬戦も、陽翔が頑張っている姿は凄くかっこよかった。それでね、改めて気付いたんだ。


 日和小春わたしは八神陽翔のことが大好きなんだって。

 好きだから、陽翔と付き合いたいし、誰にも取られたくないって思った。


 だから私は、この気持ちを彼に伝える。伝えられず後悔する前に。

 すぅ~と深く息を吸って、はぁ~と大きく息を吐くと、覚悟を決めて告白する。


「私、陽翔のことが好き。幼稚園の頃から今までずっと、陽翔のことが大好き。だから、だから私と付き合ってください」


 告白した。十年以上の想いを彼に伝えた。

 真っ直ぐ、彼の目を見つめて言った。


 私の告白を聞いた陽翔は凄く驚いたけど、一つ深呼吸してから尋ねてくる。


「マジ……なんだな」


「うん、マジだよ」


「幼稚園の頃からずっとか?」


「うん、ずっとだよ」


「そっか……全然気付かなかった」


「しょうがないよ、陽翔は鈍感だからね」


 陽翔の鈍感なところが憎くもあり、好きでもあった。

 だから許してあげる。許してあげるから、


「よければ、返事を聞かせて」


「あ……ああ、そうだな」


 返事を聞くのは怖いよ。とても怖い。

 でも、返事を聞かないことには前に進めない。私の恋も、私達の幼馴染の関係も。


 陽翔は少しの間悩むように考えてから、私の顔を見て真剣な顔で口を開いた。


「ごめん! 小春とは付き合えない!」


「っ……」


「俺を好きだって言ってくれたのは凄く嬉しいし、小春のことは俺も好きだ。でもそれは、友達っていうか……ずっと隣にいた兄妹みたいな感じで、多分恋愛としての好きじゃない」


「……」


「それに俺、今気になっている人がいるんだ。まだ好きかどうか分からないけど、気になっている人がいるのに小春と付き合うことはできない。それは小春に対しても失礼だと思うから」


「……」


「だから、すまん!」


 そう謝って、陽翔は深く頭を下げる。

 真摯に返事を言ってくれた彼に、私は感謝を伝えた。


「ありがとう、陽翔。ちゃんと言ってくれて」


「小春……」


「振られたことは悲しいけど、陽翔に告白してよかった。だって、陽翔の気持ちが聞けたんだもん」


「ごめんな」


「ばか……謝らないでよ。陽翔は何も悪くないんだからさ」


 それどころか、言葉を濁したり、気を遣ったりせず、はっきりと言ってくれた彼に感謝している。お蔭で、振られてもそんなに悲しくない。


 やっぱり嘘。

 凄く悲しくて、胸が張り裂けそう。私と付き合ってよ! って泣いて懇願したい。


 でもそんなことは絶対にしない。

 八神陽翔が好きな人として、そんな情けない女になりたくない。


 だから私は、無理矢理笑顔を作る。くしゃくしゃな笑顔で彼を応援する。


「頑張れ、陽翔」


「おう」


「じゃあ、私はもう少しここにいるから。今日は付き合ってくれてありがと」


「……ああ、またな」


 そう言うと、陽翔は私に気を遣って帰ろうとする。けれど心配して足が止まる彼に、「私なら大丈夫だから」と言って先に帰らせた。


 大丈夫……か。本当は大丈夫じゃない癖にね。


「そっか……私、陽翔に振られちゃったんだ」


 言葉にすると、プールに入った時みたいに突然視界が霞んでくる。その後、足下の地面にぽつぽつと雨が降り始めた時のような模様が浮かんだ。


「うっ……うっ……」


 悲しいなぁ。

 分かっていたけど、やっぱり悲しい。だって十年以上も好きだったんだよ。悲しくない訳ないじゃん。


 もし叶うなら、告白する前まで時を戻して欲しい。

 そう思いながら、告白したことに後悔はしてない。だって、陽翔を好きっていう十年分の想いを伝えることができたから。

 振られちゃったけど、私にとってこの想いを伝えられたことが大事なことなんだ。



「よし! 明日からまた頑張ろう!」



 きっと、当分は引きずるだろう。

 でも私なら、なんとか立ち直れる。というより、立ち直らなきゃ陽翔に心配させちゃう。

 それはそれで嬉しいけど、そんな弱い女になりたくない。陽翔の幼馴染として。



「頑張れ、私!」


 目元を拭い、顔を上げる。


 こうして日和小春わたしは、十年以上にも及ぶ初恋に決着おわりを告げて前に向き出した。



 ◇◆◇



「おい、あれって……」


「ああ、あいつだよな」


(まぁ、そうなるよね)


 日曜日を挟んで月曜日。

 学校に到着すると、あちこちから視線を注がれていることに気付く。確実に蘇芳に関してのことだろう。

 まだ誰からも接触されてはいないが、恐らく何人かには聞かれるんじゃないかな。


「お前、蘇芳とどんな関係なの?」って。


 はぁ、全くもって面倒臭いな。

 面倒臭いけど、後々面倒になるから聞かれたらちゃんと説明しないとね。変に濁して勝手に妄想されて噂を流されたりしたらたまったもんじゃないし。


「ちょっと小春、あんたどーしたのよ!?」


「あはは、気分転換にね。似合うかな?」


「似合う似合う! 似合うけどさ~」


(なんだ?)


 クラスに着くと、教室がざわついていることに気付いた。朝から何が起こっているんだと観察すると、瞬時に何があったか理解する。

 日和の長髪が、肩あたりまで短くバッサリ切られていた。


(そうか……君はそちらを選択したんだね)


 日和が八神に告白し、振られたんだ。長髪の女性が短く髪を切る場合って、恋愛絡みで心機一転のケースが多いと聞くしね。彼女もそれに漏れないとしたら、振られたから髪を切ったのだと分かってしまう。


 でも正直驚いたよ、君は最後まで告白しないと思っていたからね。


「あなたの思い通りにことが進んだわね。どう、嬉しい?」


「何のことかな」


 背後から蘇芳に声をかけられたが、振り返ることなくそう返した。


 思い通りに進んだ?

 全然違うね。僕は自分の考えを言っただけで、決断したのは彼女自身だ。


 結果は予想通りだったけど、僕の言動が彼女を動かしたなんて烏滸がましい考えはしていないし、それは彼女の勇気に対しても失礼だろう。


「彼女はただ、自分から前に進んだだけだよ」



 ◇◆◇



「佐藤君、ちょっとだけいい?」


「ああ、うん。いいよ」


 山田と野口と昼ご飯を食べ終え、トイレに行こうとした時に日和から声をかけられる。彼女がこのタイミングで声をかけたのは恐らく、僕が一人になったのを見計らったものによるだろう。


 彼女の気遣いに救われたよ。もし山田と野口がいる時に声をかけられたら、何で僕と日和が二人だけでという疑問を抱き、嫉妬されてしまうかもしれないからね。


 ただ、モブの流儀的にはもう二度と関わりたくなかった。何かしら理由をつけて断っても良かったけど、今回は彼女の勇気に敬意を表して彼女の言う通りちょっとだけ付き合うことにした。


 それにどうせ、日和小春との接触は最後になるだろうからね。





「相談を聞いてくれた佐藤君には報告しようと思ったの」


 前回の相談場所である非常階段に来ると、日和は僕にそう言った。さらに続けてこう言った。


「私、陽翔に告白したんだ」


「そっか……それで、上手くいったのかい?」


 結果を知っているのにもかかわらず、僕は知らないふりをして問いかけた。すると彼女は少し悲しそうな笑顔を浮かべて、


「ううん、振られちゃった」


「それは……ごめん。僕が告白すればいいなんて言ってしまったから」


 と、一応形だけでも謝っておく。

 振られたのが僕のせいだなんて彼女の性格からして思っちゃいないだろうけど、告白を促した手前謝ったほうが無難だ。


 というか、これで「振られたのは僕のせいじゃないからね」なんて言ったらクズ野郎認定されてもおかしくない。


 僕が申し訳なさそうに謝ると、僕の予想通り彼女が慌てて否定してくる。


「違うよ、佐藤君のせいじゃないよ!」


「でも……」


「確かに佐藤君には相談したけど、陽翔に告白しようと決めたのは私自身で、佐藤君に非があるなんてこれっぽっちも思ってないから。それに私、告白して良かったと思ってるの」


 ほう、それは少し興味深いね。


「振られたのにかい?」


「うん……振られたことは凄く悲しいけど、これまでずっと言えなかった陽翔を好きな気持ちを言えたから、今はスッキリしてるの。それに、告白できなかった時の後悔より、告白した今の方が絶対後悔してないって思えるんだ」


「そっか」


「だから、佐藤君には凄く感謝しているんだよ。あの時私の背中を押してくれてありがとう」


「うん」


 その言葉を聞けて安心したよ。

 これで彼女に逆恨みされることはなくなった。日和に恨まれるということは、八神ハーレム全員に恨まれるのと同じだからね。そんなことになったらもうモブとして生きられない。


 でもそうか……後悔していない、か。

 確かに今の日和はそれほど落ち込んでいないような気がする。多少強がってはいるだろうけど、声には力があった。これから前に進もうという力がね。


「話はそれだけ。付き合ってくれてありがとう」


「いえいえ、力になれなくて申し訳ない」


 そんな会話を最後に別れようとしたのだが、日和は「あっ、そうだ」とわざとらしい台詞の後に僕に尋ねてくる。


「髪を切ってみたんだけど、どうかな? 変じゃない?」


 と、髪を触りながら照れ臭そうに聞いてくるので、僕は笑顔を作ってこう答えた。


「うん、いいんじゃないかな」


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