20話 青い春と描いて青春と詠む(後)
『これより午後の部に入ります。最初の競技は借り物競争です、選手はスタート位置についてください』
「なぁ、あの子可愛くね!?」
「あんな可愛い子うちの学校にいたか!?」
「あれだよ、最近アメリカから転校してきたっていう二年の……確か~」
「蘇芳アカネだよ。それぐらい知っておけって」
「やっべ~マジで可愛い。告ったらワンチャン付き合えないかな?」
「やめとけやめとけ。サッカー部のイケメン部長でも断られたんだから、お前は相手にならねぇって。恥かくだけだぞ」
借り物競争に蘇芳が出場すると、周囲が目に見えて騒がしくなる。
さっきの二人三脚は急遽出たから余り注目されなかったが、今は順番を待っているため多くの人の目に映っていた。
転校してきたその日から蘇芳は超人気で噂も立っていたから、名前だけなら全校生徒も耳にしていると思う。でも流石に顔まで見る生徒はそれほど多くはなかっただろう。
が、今日この日蘇芳の姿が露になり、全学年の生徒が蘇芳の美貌を知ることとなった。噂の転校生は、あんなに可愛いのかってね。
これで彼女はこれからもっと大変になるだろうね。毎日誰かに告られるんじゃないかな? 可哀想にと同情はするけど、僕には関係ないからどうでもいい。
『さぁこちら放送部実況の三宮です。アメリカからの転校生にしてカリスマモデルの二年蘇芳アカネさんはどんなお題を引き当てるのでしょうか!?』
あれ、これまで放送部の実況なんてあったか? と疑問を抱いていると、出番になった蘇芳が体育祭委員の女子が抱えている箱からお題を引き当てる。
全校生徒が注目する中、彼女は何かを探すようなわざとらしい仕草をしてから僕を見つける。そして、ニイと悪魔のように口角を上げながらこちらへ歩み寄ってきた。
(おい待て、待つんだ。早まるな、それだけはやっちゃダメだ)
「さ、佐藤、蘇芳さんこっち来たぞ!」
「ま、まさか俺なのか!? 蘇芳さんのお題は俺なのか!?」
大丈夫、君達だけはないから安心してくれ。彼女の標的は十中八九僕だろう。
君達のように「自分かも……」とドギマギしている男子が大勢いるし、なんなら凄く期待している八神や王道に行って欲しいけど、あいつは恐らく僕を指名する。
(逃げよう)
蘇芳に指名されるのだけはマズい。
こんなところで指名されたら、「あの男子は誰だ?」と全校生徒から注目を浴びてしまう。学生生活を平凡平穏なモブとして過ごしたい僕にとって、あってはならない最悪の展開だ。
だから僕はこの場からすぐに逃げ去ろうとしたんだけど、
「き、来たぞ佐藤!」
「マジで俺なのかなぁ!?」
「おいバカ、手を離せ!」
いつの間にか山田と野口にがっしりと腕を掴まれ、逃げることができなかった。振り払おうとする前に、僕の目の前に蘇芳が現れる。
「っ……」
「ねぇ佐藤君、アナタを借りてもいいかしら」
「え、あ、僕でよければ」
と、観念して陰キャっぽく了承するしかなかった。
ふざけるな、お前から名指しされて断れる訳がないだろ。そんなことしたらクラスメイトから袋叩きに遭ってしまうじゃないか。
「ありがとう、じゃあいきましょうか」
「う、うん」
『おっと~!? 蘇芳さんが選んだのは同じクラスの……誰だ? まぁいいや、同じクラスの男子だーー!』
「おい、誰だよあいつ」
「知らねぇよ。今まで見たこともねぇって」
「まさか彼氏じゃないよな?」
「ないない、顔見りゃそれはないだろ」
驚いて手を離している二人とクラスメイトに見送られながら、蘇芳に連れられて僕も一緒にゴールへと走る。その際、蘇芳と一緒にいる男子は誰だ? みたいな感じでざわつき、ディスらていることにも気付いた。
あ~あ、最悪な気分だ。
折角今まで目立たず生きてきたのに、この女のせいで目立っちゃったじゃないか。
死にそうな気分でゴールすると、蘇芳が手に持っているお題を手渡す。借り物競争はゴールしても借り物が間違っていると判断されたらやり直しだからね。
「確認しますね。えっと……『モブっぽい人』ですね(あれ? こんなお題の紙入れたかな?)」
(と、いう顔をしているな)
お題を見て疑問気な表情を浮かべている彼女の様子を窺うと、恐らくこのお題は蘇芳が元から用意していたものなんだろうと気付いた。
箱からお題を取るフリをしておいて、最初から手に握っていたんだ。
そもそも、『モブっぽい人』なんてちょっと失礼なお題なんて体育祭委員は入れないだろう。きっと、最初から僕をこの場に引きずり込もうと企てていたんだ。
借り物競争に出たいと自ら宣言したあの時から……ね。
「はい、OKです」
『蘇芳さん、借り物が認められてゴールです! いや~、どんなお題を引いたのか個人的にも凄く興味がそそられますね~』
だからお前はなんなんだよ。
さっきまでそんなバトル漫画みたいな実況してなかったじゃないか、と少々腹が立っているが、もっと腹が立っている、いや腸が煮えくり返っている人物に問いかける。
「これはどういうつもりだい? 君は僕と関わらないと約束した覚えがあるんだけど」
「あら、言ってなかったかしら? 悪い女はね、平気で嘘を吐くものなのよ」
「へぇ……そうだったんだ。初めて知ったよ」
ああ、殴りたい。今すぐこの場でこの女を張り倒してやりたい。
けどそんなことしたら僕のモブ生活は灰に散ってしまう。だから拳を軽く握り締めることぐらいしかできなかった。
そんな僕の怒りを知ってか知らずか、蘇芳は嬉しそうな顔で口を開く。
「やっぱりやってよかったわ。だって今のアナタの顔、とってもそそられるもの。つい食べてしまいそうになるくらいにね」
「やだな~蘇芳さん、僕なんか食べたって美味しくないよ」
「さぁ、どうかしら。美味しいか美味しくないかなんて、食べてみないと分からないわよね」
「「……」」
はぁ……本当に困った人だな。
◇◆◇
『平和高校体育祭も残る競技はあと一つ、全学年による男女混合リレーです! 生徒の皆さん、最後まで頑張ってください! さぁ、最後まで盛り上がっていきますよぉ!』
「「おおおおおおおおおお!!」」
体育祭のトリを飾る花形、男女混合リレー。この競技の結果次第では大逆転も見込めるため、生徒達の盛り上がりもピークを迎えていた。
「頑張ろうな、蘇芳」
「ええ」
僕のクラスからは、足が速い運動部の男女二人と王道と蘇芳が出場する。王道はイケメンだけでなく運動能力も高いんだ。故に彼はクラスカーストのトップに君臨していると言ってもいい。
『さぁ、男女混合リレースタートです!』
パアンとスタートの発砲音が鳴り響き、一年生の代表が猛然と走り出す。皆足が速いので最初はそれほど差は出ていないが、バトンの手渡しなどで二年生の代表が走る頃にははっきりとした差がついていた。
僕のクラスの赤組も一年生がバトンの手渡しでもたついてしまっており、下から二番目の四位と不利な状況だ。
「王道君!」
「おう!」
「いけー! 正隆ー!」
運動部の女子からバトンを託された王道が懸ける。相手は全員運動部だというのに、王道はグングンと三位までの距離を詰めていき、ついに抜かしてしまった。
そんなかっこいい彼に、応援席の一番前で声援を送っているのは北条だ。体育祭が始まっても大人しかったけれど、流石に好きな男子が走っている時まで遠慮はしてなかった。
「蘇芳、頼んだ!」
「ええ」
四位から一人抜かして三位になった王道が蘇芳にバトンを渡す。
そこからは圧巻だった。体育祭シーズンになると、男子がごぼう抜きするリレー動画がSNSに上がってくるよね。まさにそれの女子版だった。
『なんとなんと! 転校生の蘇芳さんがここで一位に踊り出たぁぁああああ!!』
蘇芳は長い足と綺麗なフォームでグラウンドを懸けると、前の二人をあっという間に抜かし、さらに差を広げて三年生へとバトンを託した。
そのリードを保ったまま、赤組の三年生がゴールテープを切る。
『赤色組一着! これで黄色組を逆転し、赤色組が一位です! 優勝は赤色組となりました!!』
「「おおおおおおおおおお!!」」
放送部実況の彼女が興奮しながら告げると、一~三学年の赤色組から歓喜の声が上がる。逆転優勝なんだから嬉しいに決まっているだろう。
体育祭なんて早く終わればいいのに……と心の中で思っていた連中でさえ、優勝の空気に抗えず興奮していた。
まさに、これぞ青春って感じだよね。
『ただいまを持ちまして、第○○回平和高校体育祭を閉幕とします』
「凄かったよね、蘇芳先輩! 綺麗なだけじゃなくてかっこよかった」
「うんうん! ごぼう抜きした時はマジ痺れた!」
「あの人マジやべ~!」
(やはりこうなったか)
体育祭が終わっても、どこもかしこも蘇芳の話題で持ち切りだった。そりゃそうだよね、あんな派手な髪の綺麗な女子生徒が颯爽と走って逆転してしまったんだからさ。
これまで頑張った人の努力が霞んでしまうぐらいに、彼女は最後の最後に全てを持ち去ってしまった。
(だから余計に困っているんだよね)
そんな蘇芳に借り物競争で指名されてしまったのが大きな問題だ。
クラスの所に戻った時も男子から質問攻めにあったよ。「何で佐藤なんだ」ってね。
蘇芳が「あぁ、お題が『モブっぽい人』だったの。佐藤君ってモブっぽいでしょ?」と自分から助け船を出してくれたから事は大きくならなかったけど、そもそもお前が僕を指名しなかったらこんなことにはならなかったんだ。
問題なのは、クラスメイト以外の生徒だ。
クラスのは蘇芳が事情を説明したからいいけど、他のクラスや他学年は事情を知らない。だから、もしかしたら今後蘇芳とどんな関係なのかと僕に聞いてくる可能性がある。
それの対応に追われるのは疲れるし、嫉妬だってされるだろう。
はぁ、本当に面倒なことをしてくれたもんだよ。
面倒だけど、何としても乗り切らなければならない。
これからもモブとして平凡平穏な学生生活を送るためにもね。




