19話 青い春と描いて青春と詠む(前)
『これより、第○○回平和高校体育祭を開催します』
「「おおおおおおおおおおおおおおおお!!」」
体育祭実行委員が高らかに宣言し、体育祭が開始された。
始まってしまったからには諦めるしかない。これまであーだこーだ文句を言っていた山田や野口のような三軍陰キャも腹を括ってそれなりに頑張るし、一軍や二軍のようなガチ勢は本気で頑張っている。
練習では楽しくやろうって言っておいても、いざ勝負の本番となると勝とうとするのが人間の性なんだろう。
学生が本気で体育祭に取り組み楽しんでいる光景はまさに青春の1ページと言っていい。
しかし、中には空気を読めない馬鹿が出てくるんだ。
「いけー! 頑張れー!」
「お~い~! あいつ何やってんだよ!」
「どこのクラスの奴だよ!」
「ははは! いいぞーもっとやれー!」
「マジムカつくんですけど~! あ~いうの超冷めるわー」
皆が勝とうと一生懸命になっている中、悪ふざけをする生徒に対し白い目が集まる。
うわぁ、やってるよ。
毎年一人や二人いるんだよね、一致団結して勝とうっていう周りの空気を読まず目立とうとする痛々しい生徒が一人や二人はさ。仲間内では面白いかもしれないど、本気でやっている生徒からしたらたまったもんじゃないよね。
今は楽しいかもしれないけど、彼はきっとは後で絶望を味わうことになるだろう。
勿論僕はそんなことしない。ちゃんと空気を読んで“頑張っている風”に見せている。怠そうにしたらガチ勢に目をつけられてしまうし、頑張り過ぎても変に目立ってしまうからね。適度にやることが大切なんだ。
まぁ、玉入れなんか籠に玉を入れる簡単な作業を頑張ってやるという方が逆に難しいと思うけどね。
「なぁ、なんか女子皆可愛さ増してない?」
「それな。やっぱ髪型が変わってるからかな」
じ~っと女子生徒を見渡して頬が緩んでいるアホ二人。
二人がアホになるのも無理はないだろう。体育祭や文化祭になると、女子は普段より派手なイメチェンをするんだ。体育祭の場合はチームのハチマキで髪を結んだりしているんだけど、バリエーションが結構豊富なんだよね。
普段の髪型と違うから、男子から見ると三割増しで可愛く見えるようだ。あれだよ、スポーツしているフツメンがいつもよりかっこよく見えるみたいなのと同じようなものだね。
「陽翔ー! 頑張れー!」
「ひゅー、熱いねご両人!」
「うっせ、からかってんじゃねぇよ!」
競技は騎馬戦。
乗り手の八神を支えている馬の灰谷がニヤニヤと笑いながら言うと、照れ臭そうに怒る八神。そんな彼を応援席の一番前で応援している日和。
あの感じだと、日和はまだ八神に告白していないんだろう。もし告白していたらギクシャクしていて絶対に分かるからね。
彼女が彼に告白しようがしまいがどうでもいい。僕はただ、これ以降も日和に相談を持ち掛けられたくないだけだ。
(ただ……)
「おっしゃぁぁああああああ!! やったぞ!」
「いいぞ陽翔ー!!」
(ただ……彼女はそれでもいいのだろうか)
相手の騎馬から鉢巻を取った八神に声援を送る日和を後ろの方から見て、僕はふとそう思う。
このまま告白せず、ラブコメ漫画の幼馴染キャラみたいにありきたりな「負けヒロイン」になってもいいのだろうか、と。告白するもしないも彼女の自由だし、どちらにせよ後悔するからどちらでもいいんだけどね。
日和が告白して八神に振られるのも、告白せずに誰かに盗られるのも時間の問題なだけで結果は同じだろう。
え? 告白して成功するかもしれない?
それは恐らくないだろう。僕の予想だけど、八神の気持ちは蘇芳に傾いているからね。
まぁ世の中に絶対なんてないから、成功する可能性もあるんじゃないかな。それはそれで勇気を振り絞った彼女に影ながらエールを送らせてもらうよ。一度限りの相談相手としてね。
「あれ? なんで八神と蘇芳さんが二人三脚に出てんだ?」
「マジ?」
「マジだって、ほら見てみろよ」
「マジじゃん! キー! またあいつだけ良い思いしてんのかよ羨ましい!」
山田と野口が話している通り、八神と蘇芳が二人三脚に出場している。本来は八神と他の女子生徒だったのだが、大方相方の女子が怪我したとかで急遽足が速い蘇芳が抜擢されたのだろう。
やはり「ラブコメの主人公」の力は凄いね。偶然なんだろうけど、偶然だとは思えないよ。
そういえば、蘇芳の体操服の件は次の日にあっさり解決した。
彼女が体操服を忘れてしまい、それを八神が見つけたことになっているのが“表向きな理由だ”。
しかし、あの日以来北条と取り巻きが蘇芳に対して脅えた顔を浮かべて避けているので、きっと彼女達の間で何かあったのだろう。
恐らく僕だけじゃなくて他の生徒も薄々気付いているが、どちらもカースト最上位の存在なのでおいそれと尋ねることはできない。
だから体操服の件は、当人以外は何事もなく終わった。
北条も喧嘩を売る相手を間違えたね。
その辺の女子が相手なら簡単に丸め込められるけど、頭が切れる蘇芳じゃ逆にやられてしまう。
大方、証拠を掴まれて逆に脅されているんだろう。
でないとあんなに蘇芳のことをイジっていた北条が脅えたりしない。
「いいぞー二人共ー!」
「流石蘇芳さん!」
「八神もよくやった!」
「……」
(あ~あ、お可哀想に)
息の合った走りを見せ、一着を取る八神と蘇芳。「やったな!」と蘇芳に笑顔を向ける八神と、「ええ」と作り笑いを浮かべる蘇芳。
傍から見れば良い雰囲気の二人を見て、表情が曇る日和。
彼女が今、どんな感情を抱いているのか本人でない僕にはわからない。ただ、彼等の関係性を知っている側からすると予想はつくので同情してしまった。
いや、同情とは違うかもしれない。
これはきっと、憐れみだろうね。
『これより午前の部を終了します。午後の部は、お昼休憩の一時間後に開始します』
「やっと飯か~腹減った~」
「佐藤、飯食いに行こうぜ」
「いいよ。あっでも先に行ってて、ちょっと家族に挨拶してくるから」
今日の体育祭に、平和高校に受験を考えている妹の柚希と母が来ている。僕から見学しにおいでと言った手前、顔を見せるぐらいはしないといけないだろう。
けど、山田と野口に妹がいることを話すと面倒なので二人には家族と説明した。
「珍しいな、家族が来るって。実はマザコンなのか?」
「ははは、そんなんじゃないよ」
「飯食うの待ってるよ。すぐ戻ってくるんだろ?」
「うん、ありがと。じゃあちょっと待ってて」
二人にそう言って、僕はテントが建っている来賓席に向かう。そこには一人ぽつんと席に座っている柚希と、離れたところで母親方とお喋りしている母が見えた。
「やあ」
「あっ、お兄」
「平和の雰囲気はどう? 校舎も見学したんだろ?」
「うん、結構いい感じだった。進学校って聞いてたからつまんないかもって思ってたけど、体育祭を見ていると楽しそうじゃん。校舎も綺麗だしさ」
「そうだね」
「お兄……私、平和に決めたよ」
覚悟を決めた顔で僕にそう告げる柚希。
本当なら妹が同じ高校に通うのはモブ的にもやめて欲しいところではあるけれど、彼女が本気で決めたなら止める権利は僕にない。
「そっか、じゃあ勉強頑張らないとね」
「うん」
「あら、可愛い子ね。妹さん?」
「――っ!?」
突然横から声がかかり、背筋が飛び跳ねる。
後は母に一言言って山田達のところに戻ろうとしたその矢先に、まさか突然こいつが現れるとは全く思わなかった。
柚希がいる手前、僕は大袈裟なリアクションを取って彼女に問いかける。
「ビックリした~。どうしたんだい、蘇芳さん」
「いえね、来賓席にアナタが入っていくのを見たから家族に挨拶をしようかなって」
何でお前が僕の家族に挨拶しなくちゃならんのだ。
「あの……」
「あ~ごめんなさい。私は蘇芳アカネよ。アナタは彼の妹さんかしら」
「はい……柚希です」
「そう、柚希ちゃんっていうのね。アナタにこんな可愛い妹がいるなんて知らなかったわ」
「か、可愛い……でへへ、そんなことないですよぉ」
美少女の蘇芳から可愛いと言われてデレデレに照れる我が妹。気持ちは分かるが、その反応はちょっと気持ち悪いぞ。
というより、蘇芳が何を考えているのかわからない。何を企んでいるんだこいつは。
「その……えっと、蘇芳さんとお兄ちゃんは……」
「あ~ごめんなさい。私は彼のガールフレンドよ」
「が、が、ガールフレンド!? 蘇芳さんが、お兄ちゃんと!?」
蘇芳が僕のガールフレンドと聞いて驚愕する柚希。そりゃ驚くだろう、こんな美少女がモブの僕とカップルなんてあり得ないからね。
(なるほど、それを言わせたかったのか)
恐らく蘇芳は僕をからかいたいだけだろう。いや、困った顔が見たいんだ。だけど僕自身に対してアクションしても成果が得られないから、別の人間を使うことにした。
母親でも妹でも誰でもよくて、僕との関係性を質問させたかった。質問させてガールフレンドという嘘を答えて、僕を困らせたかったんだ。
ムカつくけど、確かに上手い手だ。
現に柚希は驚いていて、僕は少し困っている。説明するのが面倒だからね。
「冗談だよ柚希。蘇芳さんはただのクラスメイトなんだ。“そうだよね、蘇芳さん”」
「そうなの、軽いジョークよ」
「そ、そーだよね。お兄がこんな綺麗な人と付き合える訳ないよね」
そうだそうだ、誰が蘇芳なんかと付き合うか。
そんなことしたら僕のモブ人生は一瞬で崩壊だよ。
「あら、でもこれからどうなるかはわからないじゃない?」
「そ、そーなんですか?」
「そんなことないさ。あっ、友達を待たせてるから僕はもう行かなくちゃ。蘇芳さんも待たせているでしょ? 母さんによろしく」
「う、うん」
「じゃあね、柚希ちゃん。また今度話ましょ」
「は、はい!」
これ以上相手にするのも面倒なので、強引に話を切って二人と別れる。待っている山田と野口のところへ向かいながら、僕は蘇芳の行動について考えた。
必要以上に僕と関わらないと約束したにもかかわらず、彼女は僕に関わってきた。しかも僕の家族にもだ。クラスメイトと一緒にいる前ではないとしても、これは明確な約束違反だろう。
最近は大人しくしていると安心していただけに不意を突かれてしまった。
「やられたよ」
「何が?」
「ううん、何でもない」
口から漏れていた言葉を野口に突っ込まれたが、僕は首を横に振った。
わかったよ蘇芳、やはり君は僕をおもちゃにしたいようだね。
でも、自分の思い通りになると思うなよ。
君がどんなことをしてきても、僕は必ずモブの立ち位置を守ってやるからな。