18話 なくなった体操服
「あっちぃ~、こんな暑い中練習するなんて地獄だよな~。やってらんねぇよ~」
「温暖化のせいで五月でも暑いからな。授業の方が楽だ」
「わかるよ」
運動場にある段差に山田と野口と三人で座りながら、暑い暑いと不満を漏らす。
僕等は今、体育祭の練習をしている。ほらあれだ、体育祭の期日が近くなると午後の授業を使ってやるやつだよ。
開会式から閉会式までの段取りを行ったり、競技を通してやってみたりね。
運動場では全学年の生徒が各競技を練習している。
個人個人で各競技を練習しているクラスもいれば、全体で練習しているクラスもある。僕等のクラスは前者だから、僕達は休憩していた。
だって玉入れなんかわざわざ練習する必要ないしね。あんなので練習する場所を奪うのも周りに申し訳ないし。
「こんなに暑いのによくやるよな~」
「体育祭なんてなくなればいいのに」
「そうだね」
まだぐちぐちと文句を言っている二人に同意する。
文句を言っているけど、それが果たして本音であるかどうかは分からない。
確かに、運動できない者からすると体育祭なんていらないと思っていてもおかしくはない。
しかし、目の前でクラスメイト達が楽しそうに青春している姿を目にしていると、見せつけられていると羨ましくもあるのだろう。
自分も、彼彼女等の中に混ざって楽しんでみたいってね。
何でわかるかって? 彼等の目を見ればわかるし、何度も同じことを口にしているということはそれだけ意識しているよと言っているもんだからね。この二人だけじゃなくて、他にも楽しそうに練習している陽キャを羨む陰キャは多いだろう。
陰キャが体育祭を嫌いなのは、運動ができないという理由の他に、否が応でも他人の青春を見せつけられて惨めな気持ちになってしまうからなんだろうね。
だったら自分から混ぜてと頼めばいいだけの話なんだけど、それができないから陰キャなんだ。
「でも、女子の体操服を見られるのは役得だよな。隠れ巨乳とか発見できるし」
「俺はいつもと違う髪型なのも新鮮で好きだ」
(君達のそういう単純なところ、僕は好きだよ)
高校男子らしいアホなことを言っている山田と野口を微笑ましく思う。
体操服は制服と違って肌が露出している面積が多いから、単純にエロ力が増すだろう。それに体操服は胸が強調されてしまので山田の言う通り隠れ巨乳を発見できるんだ。ジャージで隠し通す女子もいるけどね。
それと運動するにあたって長髪の女子がポニーテールにすることも多い。普段とは違う髪型にキュンとしてしまう男子も沢山いるだろう。
けど二人共、男子のそういうやらしい視線って女子はすぐに気付くらしいからじっくり見るのはお勧めしないよ。気持ち悪がられてもいいなら別だけどね。
「そういや蘇芳さんいなくね? 蘇芳さんの美脚見るの楽しみにしてたのに」
「あれ、確かにいないな」
それについては僕も少し気になっていた。
昼休みを挟み、午後の体育祭の練習になってからまだ蘇芳は一度も姿を見せていない。
単にサボったのかもしれないけれど、一応まだ真面目なキャラを通しているみたいだから練習をサボるとは考えにくい。
ということは、練習に来られないアクシデントが起きてしまったのか。
その疑問は、帰りのHRで明かされることになった。
「蘇芳の体操服がなくなったんだが、誰か心当たりないか?」
「えっ? マジ?」
「そんな……」
体育祭の練習が終わり、帰りのHRの一言目に担任がそう言うと、生徒達は驚きクラスが異様な空気に包まれる。
なるほど、蘇芳が練習に出られなかったのは体操服がなくなったからなのか。動揺しているクラスメイトたちと違って、隣にいる蘇芳は全然気にしていないように平然としているけど。
「なくなったって大袈裟過ぎじゃない? 蘇芳さんがどこかに置き忘れたとかじゃないの」
「だよね~、私もよく忘れるし~」
女子のカースト一軍である北条結愛がダルそうに口火を切ると、それに便乗してイツメンの女子達も高い声音で口を滑らせる。
(だから言ったじゃないか、蘇芳。出る杭は打たれるってね)
ほら見たことかと、隣にいる蘇芳に心の中でぼやく。
蘇芳の体操服がなくなったのは、十中八九北条と仲間達が関わっているだろう。大方、調子に乗っている蘇芳が気に入らなかったんだろうね。
正直、こうなることは時間の問題だった。
クラス内カースト最強という地位を横からかすめ取った蘇芳に対し、北条が嫌がらせという名の報復をすることはね。
「本人も探したそうだが、どこにも見つからなかったそうだ。もし心当たりがある者がいたら、後ででいいから先生に教えてくれ」
「は~い」
そんな感じで無難なことを担任が言ってからHRが終わり、微妙な空気が教室を覆う中クラスメイトたちは順次帰宅していく。
彼等と同じように、僕もすぐに帰宅する。
え? 蘇芳の体操服を探さないのかって?
僕がそんなモブの流儀に反することする訳ないじゃないか。
それに体操服のことなら、どうせ八神あたりが探して見つけ出すだろうさ。なんてったって彼は「ラブコメの主人公」なんだからね。
体操服の事件でさえ、八神と蘇芳のフラグを立たせるイベントのようにも思える。まぁ、流石にそれは妄想の行き過ぎかもしれないけど。
頑張って蘇芳とフラグを立ててくれ。期待しているよ、八神。
◇◆◇
「本当あいつムカつくよね~。帰国子女だからってチヤホヤされてさ」
「調子に乗り過ぎって感じ。結愛もそう思うよね?」
「まぁね」
「でもさ~これで少しは大人しくなるんじゃな~い」
「ど~だか。全然平気って感じだったけど」
「マジそれ。あの澄ました顔ムカつくよね~」
「けど、流石に体操服を隠すのはやりすぎじゃない?」
「い~のい~の。明日、私達が見つけたって言って返してあげるから」
あらあら、とんでもない話を聞いてしまったわ。
さてどうしましょう。もう少しここで待っていて彼女達の話を聞いても面白そうだけれど、今出て行った方が絶対に面白いわよね。彼女達がどんな顔をするのか、今から楽しみで仕方ないわ。
「ねぇ、その話私にも聞かせてくれないかしら?」
「「――っ!?」」
嗤いながら扉から出てそう言うと、彼女達の顔からサーっと血の気が引いて青ざめる。いいわ、いいわ、アナタ達のその顔が見たかったのよ。
「す、蘇芳さん……何で……」
「ダメじゃない、陰口を言うなら他の場所を選ばないと。女子トイレなんて、誰が聞いてるか分からないわよ」
まぁ私の場合、最初からアナタ達が来るのを待っていたんだけどね。来る確率は低かったけれど、アナタ達がトイレに入って来た時は笑いを堪えるのに必死だったわ。
「あ、あのさ……私達の話……聞こえてた?」
「馬鹿ね、この距離で聞こえないはずないじゃない。アナタ達が私の体操服をどこかへ隠したんでしょ? まぁ、話しなんか聞かなくてもアナタ達の仕業だってことは最初から分かり切っていたけれどね」
「なっ!? 私達がやったって証拠なんてどこにもないじゃない! 言いがかりはよしてよね!」
吠えるわねぇ。でもその威勢、私は結構好きよ。小動物がキャンキャン鳴いているみたいで可愛いもの。
それでね、そんなアナタ達を谷底に突き落とすのがすっごく面白いの。
『けど、流石に体操服を隠すのはやりすぎじゃない?』
『い~のい~の。明日、私達が見つけたって言って返してあげるから』
「「あっ……」」
スマホで撮っていた音声を流すと、三人共絶望した表情を浮かべる。ほら、最っ高の顔の出来上がり。
「これは証拠になるかしら? よければ全国放送で流してあげてもいいのよ。それともSNSに上げましょうか?」
「待って、それはやめて!」
「謝るから! 体操服も返すから!」
あらあら、もう降参? 歯応えが全然なくてつまらないわね。もう少し吠えてくれると期待していたのに。
と思っていたら、女子の一人が声と肩を震わせながら私に意見してくる。
「あ、あんたが悪いんじゃない! 男子に色目ばっか使ってさ! 正隆にだって……」
「マサタカ? って誰かしら?」
「何とぼけてんのよ白々しい!」
そんなこと言われても、私は本当にマサタカが誰だか知らないのよね。でもきっと彼女は私がマサタカを狙っていると勘違いしたのね。勘違いして、マサタカを私に取られると思って焦ったからこんな馬鹿な真似をしでかしたのよね。
可愛い子ね、もう少し遊びたくなっちゃった。
私が彼女に詰め寄ると、「何よ」と言ってくるが、無視して壁ドンする。
「ひっ……!」
「勘違いしないで欲しいのだけれど、体操服のことについては全然怒ってないの。こういうのは慣れているし、アメリカの方がもっとやり方がえげつないわ。それに比べたらアナタ達のやったことなんて可愛いものよ」
「う……」
「寧ろ感謝しているぐらい。退屈な日常に刺激を与えてくれたのだから。でもね、喧嘩を売る相手は選んだ方がいいわよ。私ね、舐められるのがあんまり好きじゃないの。今回は見逃してあげるけど、今度何かあったら何をするかわからないわ」
彼女の綺麗な髪を触りながら、鼻と鼻が触れ合うような距離でそう脅すと、怯える彼女は膝から崩れ落ちてしまう。
そんな彼女を友達二人が立たせ、「ごめん。体操服は元に戻しておくから」ともう一度私に謝ってからトイレを去って行った。
三人を見送った私は肩を竦ませると、
「少し恐がらせすぎたかしら。まぁ、これであの子達も大人しくなるでしょ」
別にあの子達で遊んでもいいのだけれど、生憎今の私には他に遊びたい人がいる。なるべくそっちに集中したいから、今は邪魔されると面倒なのよね。
「あっ蘇芳!」
「何かしら」
後ろから名前を呼ばれたので振り返ってみると、男子がかけはしで近付いてくる。確か彼は、前に学校を案内してくれた男子よね。名前は……なんだったかしら。
「体操服なんだけど、“たまたま”蘇芳の見つけたんだ。ほら」
「あら、ありがとう」
彼が体操服袋を渡してくるので、お礼を言いながら受け取る。別に彼女達から返してもらうつもりだったので余計なお世話といえばそうだけど、まぁ敢えて言わなくてもいいわよね。
それよりも、どこかに隠していたはずの私の体操服がなくなっていることに彼女達がどうしようと慌てふためく光景が目に浮かんで楽しいわ。
「あ、あのさ……」
ああ、アナタまだいたのね。
「もし、何か困ったことがあったら言ってくれよ。俺でよければ力になるからさ」
「ありがとう。でも、体操服を見つけてくれただけで十分よ。じゃあ、私はこれで失礼するわね」
「あっ……」
これ以上どうでもいい人と話しても時間の無駄だし、強引に話を切って別れた。もしかして彼、私が虐められているとか思ったのかしら? それで私を助けようって?
ふっ、笑えるわ。
私、善意の押し付けをされるのって嫌いなのよね。自分が何もできないと 無能と思われているみたいで癪なのよ。
佐藤太一のように、“全部知っている上で”傍観してくれる方がよっぽどいいわ。
「きっと彼、内心ではほら見たことかと私を馬鹿にしているわよね」
そういう顔をしてたわ。私にはお見通しなんだから。
「ふふ、見てなさい。体育祭で目に物見させてあげるから」
ああ、アナタが慌てふためく顔を見られるのが今から楽しみでならないわ。
ねぇ、佐藤太一君?