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17話 受験

 



「ふぅ……疲れる一日だった」


 勉強を終えてから、ベッドに横になり今日の反省を行っていた。

 体育祭の種目決めは無事に無難な種目に決まったが、クラスの雰囲気はいつもと違い、若干不穏な空気が漂っている。


 というのも、蘇芳アカネという邪魔者が現れたことでクラスの一軍女子筆頭の北条グループが蘇芳を目の敵にしているんだ。今はまだ大人しくしているが、彼女達が蘇芳に“悪さ”をしでかすのは時間の問題だろう。


 それだけでなく、蘇芳が転校してきた弊害は僕にも降りかかってきた。


 普段関わることのない八神ハーレムの日和小春が、僕に相談を持ち掛けてきたんだ。女子生徒の「相談役」になってしまうことだけは避けなければならなかったので、やや強引に「八神に告白するのがいい」という解決策を彼女に与えた。


 僕のアドバイスを聞いた日和は、八神に告白すると決意する。

 本当に告白するのか、それとも怖気づいて見合わせるのかは正直どうでもいい。


 僕としては、今回の相談で全てを終わらせて日和との関係を継続させないこと、二度と関わらないようにすることが大切だった。


 そう考えれば、日和については上出来だっただろう。

 ただ、そもそも蘇芳さえ転校して来なかったら日和がモブである佐藤太一(ぼく)に相談してくることはなかっただろう。


 日和との相談を盗み聞きしていたのもそうだし、本当に厄介で邪魔な奴だよ。突然借り物競争に出たいと言い出したのも、何を企んでいるのか分かったもんじゃないしね。引き続き警戒しなければならない。


 と、今日の反省を終えた時だった。

 コンコン、と僕の部屋の扉が叩かれる。


「お兄、ちょっといい」


(柚希か)


 僕を訪ねてきたのは妹の柚希だった。「どうぞ」と促せば、柚希は恐る恐る部屋に入ってくる。


「勉強の邪魔しちゃった?」


「いや、もう終わったところだよ。どうしたんだい?」


「その……ちょっとお兄に、相談したいことがあって」


(柚希もか)


 何の用かと聞けば、妹がそんな事を言ってきた。

 日和といい柚希といい、相談事が多い日だな。どうやら今日はそういう日らしい。それにしても、柚希が僕に相談を頼むなんて珍しいな。


 今まで殆どされたことがなかったから、どんな内容か身構えてしまう。日和のような恋愛事だけは勘弁して欲しいところだ。


 何はともあれ、内容を聞かなくては始まらない。

 柚希を椅子に座らせ、言い易くさせようと優しい声音で問いかけた。


「それで、どんな相談なんだい」


「お兄に勉強を教えてもらいたくて」


(今更勉強?)


 顔には出さず、心の中だけで首を捻る。

 今までも勉強を教えて欲しいと言ってきたことは何度もある。しかし、こんな改まった感じではなく、「ちょっとここ分かんないから教えて」といった気軽な感じだった。


 その変化の違いを予測するに、恐らく「勉強を教えてほしい」が本命ではないのだろう。

 その裏に、もっと別の何かがあるはずだ。別の何かを柚希から聞き出そうと、僕は話を続ける。


「勿論いいけど、急にどうしたんだい」


「えっと、受験する高校を変えようと思って」


「へぇ、そうなんだ」


 ふむ、そういう事か。

 柚希は今中学三年生であり、受験生だ。自分の中で受験する高校は決めていたけど、今になって変更しようと考えた。

 それも、僕に勉強を教えて欲しいと頼んでくるぐらいだから、元々決めていた高校よりも偏差値が高いところに受験するつもりなんだろう。


 だけど、恐らくそれだけじゃない。

 違う高校に受験するつもりなら、普通に勉強を教えて欲しいと頼んでくればいいだけだ。わざわざ相談という言葉を使ったり、改まった態度をする必要はない。


 受験という言葉でなんとなく予想はついたけど、本人の口から聞く為に話を促した。


「因みに、どこに変えたんだい?」


「その……平和」


(やはりそうだったか)


 恐る恐る告げた高校は、僕が通っている平和高校だった。

 兄がいる高校にしたから、言い辛そうな、改まった態度だったんだろうね。



「平和か。確かに平和に変更するなら今から勉強しておいた方がいいね。平和は一応進学校だし、偏差値もそこそこ高いから。それなら、柚希さえ良かったら今度の体育祭にも見学に来てごらん。保護者や一般の方も見学できるし、学校の雰囲気を知れると思うよ」


「……」


「ん、どうしたんだい?」


 僕が助言したら、柚希は鳩が豆鉄砲を食ったような顔を浮かべた。

 驚いている理由を尋ねると、妹はおずおずといった様子で口を開く。


「ちょっと意外」


「意外? 何が?」


「お兄ってさ、“私がお兄と同じ高校に入るのは嫌だと思ってた”」


(よく分かっているじゃないか)


 うん、嫌だよ。凄く嫌だ。

 妹が同じ高校に入学するなんて面倒臭いったらない。モブの流儀的にも、妹という爆弾が近くにいるのは非常に困る。別に公言しなければいいし、柚希が僕に関わってこなければ気にすることはない。


 しかし僕の妹が高校に入学してきたことを山田や野口といった友達や、他のクラスメイトに知られたりしたら色々と面倒だ。特にあの女にだけは知られたくない。

 なので、できれば柚希には違う高校を選んで欲しかった。


 選んで欲しかったけど、それは僕が強制するべきではない。

 何故柚希が平和に決めたのかは分からないけど、本気なら止める必要はない。そんな権利僕にはないからだ。


 僕の都合で柚希の決意を踏みにじるほど性根は腐っていない。だから勉強だって教えるし、応援だってしよう。本当は嫌だけどね。


 罰が悪そうにしている妹に、わざとらしくため息を吐いてからこう言った。


「そんなことないさ。柚希が決めたことなら僕も応援する」


「ほんと……?」


「本当だよ。それに、平和にすれば親も勝手がわかって助かるんじゃないかな。その変わり、ちゃんと勉強しなきゃダメだよ」


「うん、頑張る」


「じゃあ、早速どの程度なのか試してみようか」


「お願いします」


 という事で、今から柚希の勉強見て、学力を計ることにした。

 見たところ、基礎はできているけど応用問題になるとケアレスミスが目立つな。深く考え過ぎてしまい、勿体ないミスがある。


「どう……かな?」


「う~ん、このままだと平和に受かるにはギリギリってところだね」


「そっか~、やっぱ私じゃダメなのかな~」


「心配することはないよ。今の内にやっておけば全然平気さ」


 そう言って、柚希がミスをしたり解けなかった問題の解き方を教える。いきなり色々と言われても頭に入りきらないだろうから、今日は軽めにしておいた。

 勉強を終えてから、柚希に受験の対策を教える。



「歴史や単語系は反復して覚えるしかない。数学や英語で分からないことがあったら聞きにおいで。それと受験用テストを作っておくから、時間を決めてやってごらん。テストは時間配分も大切だからね」


「わかった」


 僕と一緒で、柚希も塾には通っていない。

 受験するなら塾に通うのが最適ではあるが、今から通ったところで周りについていけないだろう。それに、柚希じゃ受験生のガチの雰囲気に心を折られてしまうかもしれない。押し潰されてしまうかもしれない。


 なら、僕が教えた方がいいだろう。

 それに僕は平和高校のテストの傾向を知っている。基礎ができている柚希なら、平和に特化した対策を取れば受験には余裕で間に合うはずだ。


「いろいろありがと。お兄に相談してよかった」


「余り頼られても困るけどね」


「それは分かってる。でもお兄って頭良いよね。学校の先生とか、頭の良い子より教えるのが上手だもん。凄く分かり易かった。“学校でも上の方なんじゃないの”?」


(少し、やり過ぎたか)


 妹の為にと思って加減するのを忘れていた。

 柚希は僕のことを余り知らない。どんな人間なのかよく知らないはずだ。


 けど今回で、「兄は頭が良い」という印象を与えてしまった。兄が優秀だと妹に思わせるのは余りよろしくない。


 もし柚希が友達に僕のことを喋ってしまったら、自慢なんかしてしまったら面倒なことに発展しかねないからだ。だから、少しばかり印象を修正しておく。


「そんなことないさ。学校でも中間あたりだしね」


「本当~?」


「上には上がいるってことだよ。さっ、僕はそろそろお風呂に入ってくるよ。柚希もいきなり飛ばし過ぎないようにね」


「うん。また何かあったらお願いするね」


 これ以上話すと墓穴を掘るかもしれないので、強引に話を切った。話を切って、柚希を部屋から追い出した。


「難しいな……」


 モブに徹して生きようとするのは難しいと、改めて感じるよ。



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