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16話 日和小春(日和side)

 



「ねぇ陽翔、ちゃんと勉強もしてる? 体育祭終わったらすぐに中間テストだよ」


「大丈夫大丈夫、なんとかなるって」


「も~、また呑気なこと言ってる。いつものように私に泣きついてきても知らないからね」


「そんな!? 頼りにしてます小春先生! 俺にはお前だけが頼りなんだ」


「こういう時だけ調子の良いこと言わないの」


 八神陽翔。日和小春わたしの幼馴染。

 顔も特別かっこいい訳じゃないし、運動もそこそこで、勉強だって私に頼ってばっかり。他の人から見たら、きっと冴えない男の子なんだと思う。


 けど私は、陽翔の良い所を沢山知っている。

 私が困っている時や悲しんでいる時は、すぐに気付いて「大丈夫か?」って話を聞きに来てくれる。


 小学生の頃、私が軽いイジメに遭った時も守ってくれた。助けてくれた。そういう時の陽翔は正義のヒーローみたいで、本当にかっこいいの。


 かっこいいだけじゃなくて、優しいところも沢山ある。

 大変そうなおばあさんを見掛けたら助けに行くし、迷子の子供がいたら一緒に探してあげる。そういうことって中々できることではないけど、陽翔は当たり前のようにやっちゃうんだ。「これくらい当たり前だろ」って。


 普段はダメダメだけど、いざという時は優しくてかっこいい男の子。

 そんな陽翔のことが、私は好き。小学生の頃から今まで、ずっと好きなんだ。


 けど、この想いを陽翔に伝えたことは一度もない。

 想いを伝えて、振られてしまうのが怖いから。付き合えたとしても、ギクシャクしたら嫌だから。仲の良い幼馴染という関係が壊れてしまうのを怖れている。


 毎日楽しくて、ぬるま湯に浸っているような状況は“楽で”、手放したくなかった。


 陽翔に告白したら、結果はどうあれ今まで通りにはいかないと思う。

 だから私は、これまで陽翔に告白せず、この想いを胸に秘めていた。


 それはアイちゃんや、凪先輩が現れても変わらなかった。


 これでも陽翔は意外とモテる。それは陽翔が私を助けたように、他の女の子も助けてしまうから。陽翔にかっこよく助けられたら、好きになってしまうのも無理はない。

 だって私がそうだったんだもん。


 アイちゃんや凪先輩だけじゃなくて、陽翔が好きな女の子は他にもいる。表面上は女の子同士で仲良くしているけど、本当は恋のライバル。


 とはいっても、昼ドラみたいにドロドロした関係じゃない。皆仲が良いし、お互い正々堂々と陽翔にアプローチしようと共同戦線みたいなのも張っている。

 というか、私は意外と今の関係を気に入っているところがあった。


 だから恋のライバルが登場しても、私は焦ることがなかった。

 それは多分、陽翔が誰にも好意を抱くことがなかったから。照れたり嬉しそうにはするけど、“本気”になることはなかったから。それでわたしは安心していた。


 このままの関係が続くのだと、“安心しきってしまっていた”。



「蘇芳アカネ、よろしく」


(綺麗……)



 突然やってきたアメリカ帰りの転校生、蘇芳アカネさん。

 赤色に染まった長髪に、ハリウッド女優みたいに端正で綺麗な顔立ち。私なんかじゃ到底敵わない完璧なスタイル。こんなに綺麗な女の子を、テレビ以外で見たのは初めてだった。


 それに彼女は、一般人にはない特別な存在感がある。赤髪だからという訳じゃなくて、全身からパワーが溢れ出ているの。


 でも蘇芳さんは意外と気さくで親しみやすくて、すぐにクラスの人気者になった。ううん、学校の人気者になったの。


 特に男子生徒からは、一年生から三年生まで大人気。転校してきてまだ一週間なのに、沢山の男子生徒から告白されている。それだけ、蘇芳さんには他にはない魅力があった。

 そしてそれは、陽翔も同じだったの。


「……」


(また、蘇芳さんのことを見てる……)


 私と話しながらも、陽翔の視線は蘇芳さんに向いていた。

 今だけじゃなくて、蘇芳さんがやって来てからずっと気にかけている。陽翔が特定の女の子に夢中になるなんて、今まで初めてのことだった。


 だから私は、焦っていた。凄く焦っていた。

 どうしよう、このままじゃ蘇芳さんに陽翔を盗られてしまうって。だって私なんか、蘇芳さんに勝っている所が一つもないんだもん。


 どうにかしなきゃならない。でも、どうすればいいかわからない。

 陽翔や賢也に相談できないし、アイちゃんや凪先輩にも相談できない。かといって、他の人にも相談し辛い。


 そんな風に焦って、困っている時だった。

 私が彼に、佐藤君に目をつけたのは。


 佐藤太一君。殆ど話したこともないし、教室でも目立たない男子生徒。


 けど佐藤君は、蘇芳さんに唯一気に掛けられている。蘇芳さんから話しかけたり、ちょっかいをかけている。なんでも、佐藤君に困っているところを助けてもらったそうだ。


 きっと、蘇芳さんが気にかけなければ私も関わることはなかったと思う。


 何で私が佐藤君に関わろうとしたか。それは佐藤君が、蘇芳さんと関わろうとしなかったから。他の男子のように、会話しても嬉しそうにしたりせず、それどころか避けているように見えたから。


 どうしてか分からないけど、佐藤君は蘇芳さんを何とも思っていないみたい。

 だからこそ、相談相手に彼を選んだの。蘇芳さんについて相談するなら、蘇芳さんに好意を抱いていない人がいいから。


 だって蘇芳さんを好きな人に、あの人私の恋敵なんだって言えないでしょ? それに佐藤君なら、蘇芳さんについても色々と知っていると思ったの。


 だから彼を選んだ。佐藤君に相談することにした。


 放課後、私は佐藤君を引き留めて、相談したいことがあると頼んだ。彼は不思議そうにしていたけど、私が佐藤君を相談相手に選んだ理由を伝えれば、話を聞いてもらえることになった。


 相談する場所は、生徒が余り立ち寄らない非常階段。


「それで、相談というのは?」


「佐藤君から見て、蘇芳さんってどんな人だと思う?」


「どんな人か……強いて言うなら、インパクトが凄い人じゃないかな」


「インパクト?」


「アメリカからの転校生ってだけでも話題性があるのに、あの見た目でしょ? 勉強や運動に関しても優秀だし、兎に角凄いとしか言いようがないよね」


「そうだよねぇ」


 佐藤君から見ても、蘇芳さんの印象はそんな感じなんだ。

 でもそうだよね、あんなに凄い人はそういないよね。あんな凄い人に私なんかが勝てる要素ないよね。


 はぁ、どうしよう。どうしたらいいんだろう。

 このまま諦めるしかないのかなってため息を吐いていると、佐藤君から質問してきた。


「日和さんは蘇芳さんが気になるの?」


「えっと……私がっていうよりも……その……」


 どうしよう、言っちゃっていいのかな。

 誰かに陽翔への想いを曝け出すのは抵抗感があるけど、どうにかしようと佐藤君に相談しようと思ったんだもん。もう言っちゃうしかないよね。


「その、陽翔がね……蘇芳さんのことを気になっているみたいだから」


「へぇ、八神君が」


「うん」


「でもまあ、蘇芳さんはモテるみたいだからからね。蘇芳さんを気になっている男子は他にもいるみたいだし。でも、どうして日和さんは八神君のことが気になっているの?」


「それは……」


 その部分をはっきり言うのは勇気がいるけれど、このままじゃダメだと伝えることにした。


「私ね……陽翔のことが好きなの」


「そ、そうだったんだ」


 私がそう言うと、佐藤君はビックリしていた。

 やっぱり、“私が陽翔のことが好きって意外だよね”。


「言われてみれば、日和さんと八神君って仲良さそうに見えるね。へぇ、そうだったんだ」


「あの、この事は誰にも言わないでね」


「うん、言わないよ」


 きっと、佐藤君は誰にも言わないと思う。

 なんとなくだけど、彼は人の想いを踏みにじるような真似はしない。そんな事をしても、彼に何の得もないから。


「日和さんは、いつから八神君のことを?」


「私と陽翔はね、小さい頃からの幼馴染なの」


「幼馴染かぁ」


 この際だから、全部言う。何もかも言っちゃう。


「ずっと前から好きなの。今も変わらず陽翔のことが好きなの」


「そんなに前から好きなら、告白とかはしていないの?」


 ――っ!?

 佐藤君にそう聞かれて、私は動揺した。でも不思議に思うよね。長年陽翔を好きな筈なのに、どうして告白してないのって。不思議に思って当然だよ。


 だから私は、告白できない言い訳を説明した。


「……してない」


「どうして? 八神君のことが好きなんじゃないの?」


「……怖いの。今の関係が壊れるんじゃないかって。変わってしまうんじゃないかって。陽翔に告白して付き合えたとしても、振られちゃっても、今まで通りにはならないんじゃないかって思うと、凄く怖いの」


「じゃあ、そのまま無理に告白しなくてもいいんじゃないかな」


「うん、私もそう思う。そう思うんだけど……蘇芳さんのことが気になって」


 蘇芳さんが転校して来なかったら、陽翔が蘇芳さんのことを今までのように何とも思わなかったら、私も焦ることはなかった。困惑することもなかった。


 今の私は、冷静な判断ができていない。

 陽翔とどうなりたいかも、これから何をしたらいいのか分からない。だから私は、第三者目線で冷静に考えられる佐藤君にお願いした。懇願した。


「佐藤君、私……どうしたらいいのかな」


「……」


 突然私にそう聞かれて、佐藤君は少しの間考えていた。何をどう言おうか、真剣に考え込んでいた。


(やっぱり迷惑だよね)


 こんなこと、仲良くもない女子からいきなり聞かれても困るよね。やめておけばよかった……佐藤君にも迷惑をかけちゃったな。


「ごめんね、今のことは忘れて」そう言って謝ろうとする前に、佐藤君は考えが纏まったように口を開いた。


「僕の考えでいいかな」


「……うん、教えて」


「八神君に告白すればいいんじゃないかな」


「――っ!?」


 私は驚いた。凄く驚いた。

 聞いた私が言うのもなんだけど、佐藤君がそんなにはっきりと言ってくるキャラだとは思わなかったからだ。


 言うにしてももっと柔らかく、もっと遠まわしだと思った。「八神君に気付いてもらえるように、これからアプローチしていけばいいと思うよ」といったアドバイスみたいなのをくれると思った。


 けど佐藤君は直球で、真っすぐど真ん中のボールを投げてきた。

 これには私も混乱し、慌ててしまった。


「でも、でもそれは……」


「うん、色々と変わってしまうのが怖いんだよね。でも逆に聞いていいかな。日和さんは結局、八神君とどうなりたいの?」


「私? 私は……」



 私は陽翔と、どうなりたいんだろう?



「違う質問をしようか。八神君が蘇芳さんと付き合うことになったら、日和さんはその時どう思うかな? 蘇芳さんじゃなくてもいい。他の女子が八神君と付き合ってしまったら、好きな人を誰かに盗られてしまったら、日和さんは嫌じゃない? 辛くならない?」


「っ!?」


 ズンって、心臓を撃ち抜かれた気がした。

 陽翔が誰かと付き合う? 蘇芳さんと……私でない誰かと?


 私は想像した。陽翔が私以外の女の子と仲良く手を繋ぎ、デートしている光景を。想像して、泣きたくなった。嫌だった。許せなかった。

 陽翔が私以外の人と恋人になるなんて絶対嫌だ。


 きっと私は、無意識に避けていたんだと思う。

 陽翔が私以外の女の子と付き合う未来を。だから焦りもしなかったし、言い訳を並べて告白してこなかった。


 でも今、私は焦りを抱いている。

 蘇芳さんという陽翔が唯一惹かれた女の子が現れて、陽翔が誰かと付き合う未来があるかもしれないと想像してしまったから。


 そっか、そうだったんだ。

 私は陽翔が好きで、誰かに盗られたくなかったんだ。


 “陽翔の彼女は、私でいたいんだ”。



「確かに、告白したら今まで通りとはいかないかもしれない。けどそれよりも、ずっと前から好きという想いを八神君に告げる前に、八神君が他の誰かと付き合ってしまう方がずっと辛くて、何より後悔すると思うんだ」


「後悔……」


「勝負する前に負けたら悔しいんじゃないかな。だって、一番早く八神君を好きになったのは幼馴染である日和さんでしょ?」


「っ……」


 佐藤君の言う通りだ。

 もし私がこのまま何もせず、告白もしないまま陽翔が蘇芳さんや他の女の子と付き合ったら私は後悔する。必ず後悔する。


 だって陽翔のことを好きでいた時間は、私が一番長いんだもん。陽翔のことを好きなこの気持ちは、誰にも負けていないって自信がある。


 自信があるのに、勝負をする前に負けたら、陽翔が誰かと付き合ってしまったら私のこの気持ちはどうなってしまうのだろう。行き場がなくなった気持ちを、どう消化させればいいのか分からない。


 前に進もう。今までみたいに怖がってちゃダメなんだ。

 振られるかもしれないけど、今まで通りには戻れないかもしれないけど、勇気を振り絞らなきゃいけないんだ。


 誰かに陽翔を盗られる前に、私は陽翔に告白する。


「そうだよね、このままじゃダメだよね。ありがとう佐藤君。私、陽翔に告白する。後悔したくないから」


「そっか、いいんじゃないかな。影ながら応援しているよ」


「佐藤君に相談してよかった。お蔭で、自分の思いに気付けたよ」


「それほど大したことは言ってないよ」


「ううん、すっごく勇気を貰えた。じゃあ、結果が出たら佐藤君には教えるね」


「うん、頑張って」


 ありがとう、佐藤君。

 貴方に相談して良かった。お蔭で本当の気持ちに気付くことができたから。私が陽翔とどうなりたいのか分かったから。


 覚悟を決めた私は、夜中に陽翔の家の前に行って呼び出した。呼び出して、こう言った。


「どうしたんだよこんな時間に。何かあったのか?」


「ねぇ陽翔、体育祭の後に話したいことがあるの」


「話したいこと? 今じゃダメなのか?」


「うん、今は言えない」


「……そっか、分かった。もう一度聞くけど、何かあったか?」


 ふふ、やっぱり陽翔は気付いちゃうんだ。

 僅かな異変にも気付いて心配してくれている。それが嬉しくて、陽翔のことが好きなんだと再確認する。


「ううん、何もないよ」


「さいですか……まっ、それならいいんだけどさ」


 何もしてこなかったから、これからしようとしているだけ。

 でも、今じゃない。今はまだ言えない。


 他の皆を出し抜くような、不意打ちするような真似はしない。

 正々堂々真っ向から勝負する為に、まずは皆に打ち明けないといけない。

 私は陽翔に告白するよって。


「それだけ。じゃあね」


「おう、気をつけて帰れよ」


 振られるかもしれない。こうして陽翔と気軽に話せないかもしれない。


 でも、それでも私は陽翔に告白する。

 だって、後悔したくないから。


「やろう、私。頑張れ、私」


 勝負は、体育祭の後だ。


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