15話 相談
日和の話を聞く場所は、学校の非常階段を選んだ。
相談というくらいだから、誰かに聞かれたくはないだろう。
かといって、学校外のカフェやレストランなどはダメだ。万が一学校の生徒に見られた場合、特別な関係だと思われてしまうかもしれない。
なので学校の中が望ましい。しかし学校内といっても中庭など一目がつく場所や、空き教室なども同じ理由で却下。
そこで選んだのが非常階段。非常階段は生徒も余り使わないし、通りかかったとしてもそれほど気にしたりはしないだろう。八神や灰谷といった日和の関係者だと怪しまれるが、彼等がここを通る確率は極めて低いと言える。
「それで、相談というのは?」
「佐藤君から見て、蘇芳さんってどんな人だと思う?」
単刀直入に問いかけると、日和は蘇芳アカネの名前を出してきた。
「どんな人か……強いて言うなら、インパクトが凄い人じゃないかな」
「インパクト?」
「アメリカからの転校生ってだけでも話題性があるのに、あの見た目でしょ? 勉強や運動に関しても優秀だし、兎に角凄いとしか言いようがないよね」
「そうだよねぇ」
無難な、誰もが抱いている蘇芳アカネの印象を伝える。
すると日和は、どこか諦めが入り混じった、納得したようなため息を吐いた。
恐らく彼女は今、自分と蘇芳を比べているのだろう。比べて、自分が劣っている所や負けている所を実感しているんだろう。
これが相談の内容というのなら、これで話を終わらせてもいい。しかし彼女が相談したいことは蘇芳アカネについてだけではないと思うので、僕から振ってあげることにした。
「日和さんは蘇芳さんが気になるの?」
「えっと……私がっていうよりも……その……」
そこから先は口に出しにくいだろう。
その先を言ってしまえば、後には引けないから。でも君は、その部分を僕に相談したいんじゃないのかい。
だからほら、言ってごらんよ。待っててあげるからさ。
「その、陽翔がね……蘇芳さんのことを気になっているみたいだから」
「へぇ、八神君が」
うん、知っているよ。
でもそれじゃ答えになってないよね。僕が聞かなくてはならないのは、“八神が蘇芳を気になっている”ことではなく、“蘇芳を気になっている八神を、どうして日和が気になっているか”なんだ。
それを彼女の口から言わせない限り、この話は前に進まない。進まないから、僕から聞いてあげよう。
「でもまあ、蘇芳さんはモテるみたいだからからね。蘇芳さんを気になっている男子は他にもいるみたいだし。でも、どうして日和さんは八神君のことが気になっているの?」
「それは……」
流石に口に出すのは勇気がいるのか、口をもごもごさせてしまう。それでも僕が答えを待っていると、日和はほんのりと頬を赤く染め、意を決したように告げた。
「私ね……陽翔のことが好きなの」
「そ、そうだったんだ」
あたかも知らなかった風のリアクションを取る。ぶっちゃけ誰が見たって君が八神のことを好きなのは丸わかりだけど、話が脱線してしまうと面倒なので敢えて気付いているとは言わなかった。
「言われてみれば、日和さんと八神君って仲良さそうに見えるね。へぇ、そうだったんだ」
「あの、この事は誰にも言わないでね」
「うん、言わないよ」
言う訳ないだろ。
ただ、特定の女子と秘密の共有をしたというのは本来よろしくない。よろしくはないけど、僕は今日この場で、この一度きりの相談で日和との関係を終わらせるつもりだから気にしなくてもいいだろう。
さて、終わらせる為に畳みかけるとしようか。
「日和さんは、いつから八神君のことを?」
「私と陽翔はね、小さい頃からの幼馴染なの」
「幼馴染かぁ」
うん、知ってる。
とっくに知っているが、僕がそれを知っているのはおかしい。おかしいから、君の口から二人の関係について言わせたんだよ。
「ずっと前から好きなの。今も変わらず陽翔のことが好きなの」
「そんなに前から好きなら、告白とかはしていないの?」
そう聞けば、日和は何度か顔を横に振った。
「……してない」
「どうして? 八神君のことが好きなんじゃないの?」
「……怖いの。今の関係が壊れるんじゃないかって。変わってしまうんじゃないかって。陽翔に告白して付き合えたとしても、振られちゃっても、今まで通りにはならないんじゃないかって思うと、凄く怖いの」
うん、それも知ってた。
幼馴染が告白しない理由なんてそれくらしかないからね。思っていた通り、例に漏れず彼女もそういう理由だったという訳だ。
「じゃあ、そのまま無理に告白しなくてもいいんじゃないかな」
「うん、私もそう思う。そう思うんだけど……蘇芳さんのことが気になって」
そうだよね。八神が蘇芳のことを気になり出したから、焦ってモブである僕なんかに相談しようと思ったんだよね。
八神に関わっている人間には相談できないし、蘇芳を気になっている男子にも相談できないから、蘇芳を全く気にしていない僕に相談するしかなかったんだよね。
「佐藤君、私……どうしたらいいのかな」
「……」
僕が今一番恐れているのは、日和小春の「相談役」になってしまうことだ。
相談役、特に恋愛に関して異性との相談役は、恋心が移るパターンはよくある。これは冗談でもなくて、実際に起こり得ることなんだ。
「相談している内に貴方のことが……」てね。エビデンスはそこら中に転がっている。
このままずるずると日和の相談に乗ってしまえば、八神から僕に恋心が移ってしまうかもしれない。日和が八神ではなく僕を好きになることは極めて低いけど、0%ではない。0%でないなら、確実にその芽を摘み取っておかなければならない。
だから僕は、これ以上僕に関わらせない為に、単刀直入に答えを導き出してあげることにした。
「僕の考えでいいかな」
「……うん、教えて」
「八神君に告白すればいいんじゃないかな」
「――っ!?」
そう告げれば、日和は目を見開いて驚愕した。
分かりやすいほどに動揺し、驚いた。きっと、僕がそんな事を言うとは思っていなかったんだろう。
もう少し無難で、上手い作戦とかを教えてくれると思っていたんだろう。
でもね、それじゃあ駄目なんだよ。それじゃあ、この一度きりの相談で終わらせられないじゃないか。
「でも、でもそれは……」
「うん、色々と変わってしまうのが怖いんだよね。でも逆に聞いていいかな。日和さんは結局、八神君とどうなりたいの?」
「私? 私は……」
「違う質問をしようか。八神君が蘇芳さんと付き合うことになったら、日和さんはその時どう思うかな? 蘇芳さんじゃなくてもいい。他の女子が八神君と付き合ってしまったら、好きな人を誰かに盗られてしまったら、日和さんは嫌じゃない? 辛くならない?」
「っ!?」
僕の言葉に、日和は顔色を青ざめさせる。
多分今、八神の横に蘇芳や八神ハーレムのメンバーがいる場面を想像しているのだろう。自分ではない誰かが、恋人として仲睦まじくしている光景を思い浮かべているんだろう。思い浮かべて、絶望しているんだ。
“それが君の答えなんだよ”。
「確かに、告白したら今まで通りとはいかないかもしれない。けどそれよりも、ずっと前から好きという想いを八神君に告げる前に、八神君が他の誰かと付き合ってしまう方がずっと辛くて、何より後悔すると思うんだ」
「後悔……」
「勝負する前に負けたら悔しいんじゃないかな。だって、一番早く八神君を好きになったのは幼馴染である日和さんでしょ?」
「っ……」
この状況を生み出したのは日和が慢心していたせいだ。
幼馴染のアドバンテージを活用してもっと早く告白していれば、現状に満足せず行動を起こしていれば、蘇芳アカネが転校してきたとしても焦ることはなかっただろう。
しかし彼女が告白しなかったから、八神は蘇芳に好意を抱いてしまった。もう何もかも遅いんだよ。
このまま何も手を打たなければ、日和が告白する前に八神と蘇芳が付き合ってしまう。蘇芳でなくとも、他の誰かと付き合ってしまう可能性は高い。
日和小春が挽回するには、流されるまま現状を維持するのではなく、自分から行動を起こさなくてはならないんだ。
でないと、彼女の長年の想いは消化される前に潰えてしまう。砂のように散ってしまう。
ならば、例えどんな結果になろうとも自分の想いを伝えた方がいい。告白せず後悔するぐらいなら、告白して後悔した方がずっとマシだろう。後悔が尾を引かず、不完全燃焼にもならないだろう。
と、僕は考えている。
さて、後は日和がどうするか。このまま現状維持を貫くのか、それとも意を決して告白するのか。
黙り込んでいた彼女は、顔を上げて口を開いた。
「そうだよね、このままじゃダメだよね。ありがとう佐藤君。私、陽翔に告白する。後悔したくないから」
「そっか、いいんじゃないかな。影ながら応援しているよ」
「佐藤君に相談してよかった。お蔭で、自分の思いに気付けたよ」
「それほど大したことは言ってないよ」
「ううん、すっごく勇気を貰えた。じゃあ、結果が出たら佐藤君には教えるね」
「うん、頑張って」
何かふっきれたような顔をして、日和は僕から去って行った。
(ふぅ……)
一先ず僕の思い通りに事が進んだようだ。
ぶっちゃけ、日和が八神に告白してもしなくても、結果がどうなろうがどうでもいい。大事なのは、二度と僕に相談してこなくさせることだ。
その為に僕は、はっきりと自分の考えを提示した。曖昧に返すのではなく、告白するしかないと伝えたんだ。
これでもう、日和小春が僕に相談することはないだろう。
そう、安堵していた時だった。
「あら、私以外の女子には優しいのね」
「っ!?」
不意に、上から人の声が聞こえた。蘇芳アカネの声が聞こえてきた。
顔を階段から出して上を見れば、蘇芳が階段から顔を出して僕を見下ろしていた。
おい、どうしてお前がここにいる。
「趣味が悪いね。尾けてたのかい」
「や~ね、人をストーカー呼ばわりしないでくれるかしら。偶然よ偶然、たまたまここを通りかかっただけよ」
「へぇ、そうなんだ」
馬鹿が、誰が非常階段を偶然通りかかるか。
他の生徒ならあり得るが、ことお前に関してはそうじゃないだろう。僕と日和を追って、話まで聞いていたんじゃないか。
「少し意外だったわ。アナタがあんな助言をするなんて、彼女の想いに寄り添うなんてね。てっきり、冷たく突き放すと思っていたのよ。私にしたように」
「ケースバイケースだよ。それより、僕とは関わらないんじゃなかったのかい?」
「ああ、その事? 安心して、今回は偶然通りかかっただけよ。まぁ、これからも偶然が起こるかもしれないけれど」
(こいつ……)
「もう少しアナタとお話してみたいところだけど、アナタのことをまた一つ知れたし、今日のところは大人しく退散してあげる。じゃあね」
そう言って、言いたいことだけ言って蘇芳は顔を引っ込めて立ち去った。
蘇芳が何を考えているのか分からないが、やはり今後も警戒しなければならなそうだ。
本当にあいつは、厄介な存在だよ。