14話 主人公の幼馴染
「主人公の幼馴染」
文字通り幼い頃からの付き合いで、主人公のことを誰よりも理解している存在。
主人公に好意を抱いているけれど、幼馴染の関係を壊したくない、壊れるくらいなら今のままがいいと、現状のままで満足なんだと自分に言い訳をして告白しようとはしない。
告白しないから、ぽっと出の新ヒロインに主人公をかすめ取られてしまう。
いわゆる「負けヒロイン」といった存在だ。
ラブコメのマンガやアニメに出てくる幼馴染の「負けヒロイン」を見る度に、僕は不思議に思っている。彼女達は何故もっと早い段階で、新ヒロインなどといったライバルが出てくる前に告白しなかったのだろうかと。
誰よりも早く主人公を好きになったアドバンテージをどうして生かそうとしないのかと。
確かに、主人公との関係を壊したくない気持ちは分からなくもない。付き合えたら最善だけど、もし振られたらダメージは大きい。立ち直れないかもしれない。これまで通りとはいかないかもしれない。
しかしだ。
自分が告白するよりも前に、長年の想いを告げる前に、好きな人が他人に奪われる方がもっと悲しくはないだろうか。辛くはないのだろうか。やるせないのではないだろうか。
中には「はぁ……私がこれだけアピールしているのに」と明らかな好意を示している幼馴染もいるだろう。
けどそんなじゃ駄目だ。遠まわし過ぎる。朴念仁の主人公にもはっきりと伝わるくらい、明確な「告白」というイベントを起こさなくてはならない。本気で両想いになりたいのならば、だけど。
「負けヒロイン」となって後悔するくらいなら、そうなる前に自分から覚悟を決めて勝負に出た方がいい。と、僕は考えている。
けれど、それができないから幼馴染はいつの時代も「負けヒロイン」になってしまうのだろう。
彼女のように。
「あのね、ちょっと相談したいことがあるんだけど……」
そして今、僕の目の前にいる日和小春もまた、典型的な「主人公の幼馴染」で「負けヒロイン」の一人だった。
「ラブコメの主人公」と僕がそう呼んでいる八神陽翔の幼馴染である彼女は、やはり八神に好意を抱いている。好意を抱いているけど、未だに告白などはしていないらしい。
さっさと行動を起こさないから、才波凪や一ノ瀬アイなど新ヒロインという名のライバルが次から次へと現れてしまうんだ。
それでも日和が八神に告白しないのは、安心しているから。八神が他のヒロイン達に心を奪われていないから、今のままで様子を見ようと慢心している。それが八神ハーレムの現状。
だが、流石に蘇芳アカネという新ヒロインのことは無視できないみたいだ。
なんせあの朴念仁の八神が、初めて明確に女の子に好意を抱きつつあるからね。本人が自覚しているかはまだ分からないけど。
それで焦って、僕にこんなことを言ってきたんだろう。
解せないのは、何故今まで全く関わりがなかった僕に相談しようという考えに至ったかだ。
「相談って、僕に?」
「うん……いきなりごめんね」
ああ、本当にいきなりだね。
正直迷惑でしかないよ。モブの流儀的に、女子生徒と話すべきではない。ましてや八神ハーレムの一人で、かつ美少女でもある君と関わるのはリスクが高すぎる。
だから僕は、面倒事を回避しようと誘導することにした。
「僕なんかよりも、八神君や灰谷君に相談したらどうかな」
「あの二人はダメなの」
「そうなんだ。でもどうして僕に?」
「佐藤君って……蘇芳さんと仲が良いでしょ?」
(ああ、最悪だ)
あの女のせいで、ただのモブだった僕が変に目立ってしまった。興味を抱かれてしまった。蘇芳が転校してきた弊害が僕に襲い掛かってきている。
まぁ、それはもういい。蘇芳が僕に関わった時点で、いずれこうなることは読んでいた。クラスメイトから一定の関心を持たれることは覚悟していた。できればなってほしくはなかったけどね。
重要なのは、ここからどう持っていくからだ。再びモブの位置に修正できるかが鍵になってくる。
「誤解されているみたいだけど、蘇芳さんとはそんなんじゃないよ」
「そうかな? でも、蘇芳さんは佐藤君を気にかけていると思う」
「へぇ、そうなんだ。全然分からなかったよ」
「やっぱり……」
やっぱり?
その言葉の意味がわからない。何がやっぱりなんだ? 納得したようなその頷きはなんなんだ。
「やっぱり佐藤君は、蘇芳さんのことをなんとも思ってないみたいだね」
(こいつ……)
「そんな佐藤君だから、相談しようと思ったの」
へぇ、意外だ。君がそういう目を持っているとは思わなかったよ。
彼女に言われて、僕は自分がしていた過ちに気付くことができた。確かに僕は蘇芳のことを何とも思っていないし、目立たくないから、面倒事に巻き込まれたくないから極力関わろうとしなかった。避けていた。
しかし、そこが間違いだったんだ。
“普通の男子”ならば、美少女である蘇芳から話しかけられれば嬉しくもなるし、自分から積極的に関わろうとするだろう。畠山のような、他のクラスの男子のようにね。
だけど僕は、関わろうとするどころか逆に蘇芳を避けていた。
恐らく殆どの生徒は気付いていないだろうけど、違和感を抱いてしまう生徒もいたんだ。日和や、蘇芳本人にもね。
僕が“普通を演じている”と蘇芳が気付いたのは、そんな違和感を感じ取ったからなんだろう。
僕もまだまだモブへの理解が不十分だったようだね。お蔭で勉強になったよ。
まあ、蘇芳アカネさえ関わって来なければ僕の甘さが露呈することはなかったんだけど。って、これは負け惜しみか。
(さて、どうするか)
日和が僕に相談を持ち掛けてきた理由は分かった。
僕と蘇芳がそれなりの仲だという事に加え、僕が蘇芳に好意を抱いていないと気付いたから。
そりゃ、蘇芳に好意を抱いているクラスの男子に自分の恋のライバルについて相談はできないよね。
本来、八神ハーレムの日和と関わるのは悪手だ。
しかし、彼女が明確にモブである僕を認知して関わってきた以上、これからも何かと接触してくるかもしれない。そう何度も関わって来られたら、モブとしての立ち位置も危うくなる。
だから僕が次に取るべき行動は、さっさと彼女の相談とやらを聞いて、関わり合いをこれっきりにすることだ。これっきりにして、もう二度と関わらないでもらうようにすることだ。
「分かった、話を聞くよ」
「ありがとう」
「じゃあ場所を変えようか。廊下で話す内容でもないだろうしね」
「うん、その方が助かるかな」
さて、日和小春。君は僕にどんな相談をするんだろうか。
まあ、なんとなく予想はついているけどね。