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13話 体育祭

 



「体育祭の種目を決めっぞ~」


「本番まで時間がないし、練習しなきゃいけないから今日のうちに全部決めるね」


「今年は皆で優勝狙おうぜ!」


 体育祭。

 大きな学校行事の内の一つだ。季節は春か秋に行われるが、我が平和高校では五月に行われる。

 新しいクラスに早く慣れるように、一致団結させることでクラスの仲を深めさせようという意図があるのかもしれない。


「俺、騎馬戦に出たい!」


「俺はリレーに出よっかなぁ」


 体育祭委員の男女二人が黒板の前に立ち、体育祭の進行が行われる中、意気揚々と手を上げたのは運動部に所属している男子生徒達だ。


 彼等がやる気になるのも当然だろう。何故なら運動部の男子にとって体育祭とは、学生生活の中で尤も自分が活躍できる場であり、女子にアピールできる大事なイベントだからだ。


 彼等の能力が発揮されるのは、基本的に所属している運動部の中だけの話。部活でどれだけ頑張っていようと、その努力を知っているのは身内だけでクラスメイトが知ることはほぼない。


 しかし体育祭ならば、自分の運動能力を遺憾なく女子にアピールすることができるんだ。


 足が速いとモテるのは小学生まで。そう思われるかもしれないが、実際男子が目の前で汗を流し、一生懸命に頑張っていて、ましてや活躍したとなれば女子の中にも少しぐらいキュンとする子も出てくるだろう。


 教室での姿とは違ったギャップにカッコいいと感じることもあるだろう。

 と、僕は考えている。


 だから運動部、特に野球部で丸坊主の畠山のような、顔はそこまででもないけど陰キャでもない二軍の男子はここぞとばかりにやる気に満ち溢れているんだ。女子にチヤホヤされたいからイキイキしているんだ。


「面倒だなぁ」


「体育祭とかダルくない?」


 うぇ~い系の一軍や運動部とは打って変わって、見るからにテンションが下がっているのは三軍の生徒達だった。


 運動部でもなければそもそも運動がしたくない派の彼等は、やりたくもない体育祭に参加しなければならない。

 特に運動が苦手な三軍男子はうんざりするだろう。活躍するどころか、皆の前で恥を晒すかもしれないからね。誰だって笑い者になりたくなんてないさ。


 男子に限らず、女子だって体育祭にノリ気でない子は結構いる。運動部でない女子はそもそも運動が好きではないし面倒だと思っている。


 男子のように恥をかきたくないという訳ではなく、単純に体育祭そのものにウンザリしているんだろう。やりたい奴で勝手にやってくれといった感じでね。


(さて、僕も早い内に手を上げておくか)



【モブの流儀その12】

 目立たない、出しゃばらばい。



 体育祭の種目には、クライマックスで盛り上がる男女混合リレー、個人で行われる障害物競走などといった、嫌でも目立ってしまう種目が幾つかある。


 目立つだけではなく、それらの種目は個人が負担する責任も大きいんだ。もしリレーで負けてしまったら、借り物競争で足を引っ張ってしまったらクラスの空気を悪くしてしまう。


「あいつが負けたせいで」「あいつがドジを踏まなければ勝てた」といった具合にね。


 特に本気で優勝を狙っている運動部からしたら、運動部でない生徒が足を引っ張ったとなれば機嫌が悪くなってしまうだろう。最悪、後で陰口を言ってくるかもしれない。


 だからモブとして平凡平穏な学生生活を送ろうとするならば、体育祭に参加する種目は目立ったり責任がかかるような個人競技を外さないといけないんだ。


 玉入れや綱引きなどといった、目立つこともなく一人に責任がかかることもない集団競技が望ましい。勝っても皆のお蔭だし、負けても誰が悪いという風にはならないからね。


 でも、そういった考えの生徒は同じようにいるだろう。だから席がなくなる前に、恥ずかしがらず自分から立候補するんだ。


 ということで僕は無難な玉入れと綱引きに手を上げた。僕に乗っかったのか、山田と野口も「じゃあ俺も」と手を上げる。


 ふぅ、一先ず上手くいったか。これで僕が体育祭で目立つようなことは免れたね。


「なぁ蘇芳、よければリレーに出てくれないか」


「私?」


「蘇芳さん足も速いし、リレーに出てくれたら絶対勝てると思うの!」


 体育祭委員の男女が、僕の隣の席にいる蘇芳に頼み込む。


 蘇芳アカネ。アメリカからの転校生。

 彼女の存在はこの学校に大きな変化をもたらした。特に恋愛面に関して、僕が知っているだけでもこの一週間で既に先輩後輩含めて五人の男子から告白されている。それも殆どが大物だ。


 三年生サッカー部のエースに、二年生軽音部のイケメン、アイドル顔の一年生。普通の女子からすれば喜んで付き合いたいメンツばかりだ。


 だがしかし、蘇芳は全ての告白を断っている。断る理由はどれも一緒で、「日本に帰ってきたばかりだし、まだ恋人を作る気はないわね」といった彼女にしては気を遣った返答だった。


 彼女の性格からして、「誰がアンタ程度の男と付き合うもんですか。百年後に出直してきなさい」と突き放すような断り方だと思っていたけど、蘇芳も今のところは外面を良くしておきたいのかもしれない。


 しかし、それでも蘇芳に告白する者は後を絶たない。


 記念なのかワンチャン狙っているのかは知らないが、蘇芳への告白は今も尚続いている。告白しなくても、密かに狙っている男子は数多くいるだろう。

 我がクラス一のイケメン一軍男子、王道正隆おうどうまさたかのようにね。


「蘇芳さん、運動も凄いからね」


「いいよねぇ~スペック高い人はさ」


 陰口ではないけれど、嫉妬と妬みが含まれた言葉が教室のどこからか聞こえてくる。


 蘇芳の存在が変化をもたらしたのは何も学校全体のことだけではない。このクラスといった小さな空間にも大きな変化を起こした。弊害を生じさせた。


 ご存知の通り、学校の教室では一軍二軍三軍といったカーストが存在している。

 ヒエラルキーが高いのが王道のようなイケメンや陽キャといった一軍、二軍が畠山のような運動部、僕や山田や野口のような陰キャが三軍だ。


 カーストはかなり早い段階で構築され、その位置のまま一年をやり過ごす。下克上というか、たまに揉め事なのでヒエラルキーが覆ることはあるけれど、滅多にないだろう。


 だけどそこに、もし異物が紛れ込んだら?

 それも取るに足らないゴミではなく、蘇芳のような特上のダイヤが放り込まれたらどうなる?


 答えは簡単だ。女子のヒエラルキーが変動する。


 このクラスの女子で一番ヒエラルキーが高いのが、北条結愛ほうじょうゆあという女子生徒だった。北条は綺麗系の顔立ちに、スタイルも良く美人だ。人当たりも良いし、男子からの評判も良い。


 同じように顔が良い一軍女子とつるんでいて、王道といった一軍男子とも仲が良い。周りからチヤホヤされていて、まさに教室の女王様と言っても過言ではないだろう。



 ――蘇芳アカネがこのクラスに転校してくるまでは。



 確かに北条も可愛い。八神ハーレムと遜色ないほどに。

 だが蘇芳アカネの前では霞んでしまう。負けてしまう。

 今まで座っていた女王の席を、蘇芳アカネにいとも容易く奪われてしまった。


 その上、北条が好意を抱いているであろう王道が、蘇芳を狙っているときた。北条からしたらたまったもんじゃないだろうね。


 蘇芳アカネがこのクラスに転校してきたことで一番割を食っているは、僕を除けば北条だろう。だから蘇芳に嫉妬するのも妬むのも仕方ないといえば仕方ない。


 今のところ北条から蘇芳にイジメや嫌がらせといった行為はされていないが、今後どうなるかは分からない。


 人間とは、集団生活とは面白いものだね。

 たった一つの異物が放り込まれただけで、こうも状況が一変してしまうんだから。


「ね、お願い!」


「ええ、いいわよ」


「本当!? ありがとう、蘇芳さんが出てくれれば優勝できるよ!」


「その変わりと言ってはなんだけど、障害物競争に出ていいかしら。障害物競走の、借り物競争に出たいの」


「借り物競争? 別にいいけど……」


 突然リレーに出る条件を言われた体育祭委員の女子が、不思議そうに首を傾げた。それは彼女だけではなく他の生徒達もそうで、僕も違和感を抱いた。


 だって蘇芳が自分から借り物競争に出たいなんて言うとは思えないからだ。そういうキャラではないからだ。


(こいつ、何を考えているんだ?)


 一週間前の屋上での件以来、蘇芳は僕との約束を守っている。僕に関わらないという約束をね。


 ちょっかいをかけてくる事もないし、必要以上に話しかけてくることもなくなった。お蔭でこの一週間は平凡平穏な学生生活を送れている。


 完全に信用している訳ではないけれど、いつ何を仕掛けてくるかと身構えてはいるけど、今のところは落ち着いていた。静かにしていた。


 ところが、ここにきて借り物競争に出たいという不可解な申し出をしてくる。これが普通の女子なら気にならないが、蘇芳となると何かを企んでいる気がしてならない。


 特に、悪魔のような笑顔を浮かべている時はね。


「よし、これで全員種目は決まったな! 種目によっては明日から練習を始めるから、そこのところよろしく!」


「皆で一致団結して、優勝目指そー!」


「「お~!」」


 無事に体育祭の種目が決まり、“見掛け上”は一致団結して頑張ろうという雰囲気でHRが終了した。

 僕は帰宅しようと教室を出て廊下を歩いていると、突然背後から声をかけられる。


「ねぇ、佐藤君」


「なんだい? 日和さん」


「あのね、ちょっと相談したいことがあるんだけど……」


 ああ……最悪だ。

 蘇芳アカネが転校してきた弊害が、僕にも降りかかってきたようだ。



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