11話 見つけたオモチャ (蘇芳side)
「明日から日本の学校に通うとなると、憂鬱ね」
父親の仕事の影響で、アメリカから日本に引っ越すことになってしまった。
日本にいたのは小学生の頃だったかしら。正直、今更日本に戻ってきたくなかったのよね。
だって日本って退屈でつまらないじゃない? 世界的に見ても遅れてるし、日本人は暗いし、常識だとか風習だとか未だに時代錯誤なことをしているし。
よくこんな雁字搦めに縛られた国にいられるわねって思うわ。
日本が誇れることなんて、アニメや寿司くらいしかないんじゃないかしら。
そんなつまらない国に帰ってきたくなんかなかったのだけれど、一人でもアメリカに残りたかったのだけれど、父親にどうしても家族一緒がいいと頼まれたら仕方ないわよね。仕方ないから、明日から私が通う学校にも下見に行ってきたわ。
大体、何で日本の学校は毎日制服を着なくてはならないのかしら。私服でいいじゃない、私服で。堅苦しいったらないわ。だから日本人は真面目でつまらないと馬鹿にされているのよ。
「ねぇねぇお姉さん、俺と遊ばない? お金はこっちが全部出すからさ」
(こういう馬鹿が沢山沸いて出てくるのにも困ったものね)
日本に戻ってきてから新宿や渋谷へ遊びに出掛けたのだけれど、数えるのも面倒なほどナンパに遭ったわ。
アメリカでもナンパはされるけど、日本と比べたら全然少ない。自分の容姿が他人より優れているのは理解しているけれど、それにしても多すぎる。
日本人ってこんなに猿だったかしら? 皆が皆発情しているのかしら?
勿論全員スルーしたけど、中にはしつこく付き纏ってくる馬鹿もいるわ。こいつみたいにね。
「ねぇねぇ、頼むよ。連絡先だけでも教えてよ!」
はぁ、本当にウンザリするわね。
ナンパするのにも相手を見て選びなさいよ。私がお前如きに付き合うと思うのかしら? どれだけお金を摘まれたって御免被るわ。
(あら、丁度良い所に丁度良い奴がいるじゃない)
いい加減腹が立っていた時、後ろから通り過ぎていった男に目が留まる。あの制服は、私が明日から通う学校の制服だった。
私が困っているというのに、全く関係ありませんといったスカした態度でスルーするのがまたムカつくわね。いいわよ……貴方にも少しは私の苦労を分けてあげる。
日本でのストレスを発散させようと、私は学生君に駆け寄って腕を掴んだ。私の面倒事に巻き込んだ。そして、懲りずについてきたナンパ野郎にこう言うの。
「この人私の連れなの。だからさっさと消えてくれるかしら」
「えぇ? そんな分かりやすい嘘吐かなくていいって……どう見ても違うっしょ」
「嘘じゃないわ、本当よ」
「……おい、どうなんだよ」
(さて、こいつはどんな反応をするかしら?)
ナンパ野郎が脅すように学生君に問いかける。
突然巻き込まれたアナタは狼狽えるかしら、怖がるかしら、あわあわするのかしら。少しでもいいから私を楽しませてちょうだい。面白くさせてちょうだい。
その後はちゃんと助けてあげるから。
「はい、本当です。彼女と僕は友達で、駅で待ち合わせしてから遊びに行くところだったんです。ですので、申し訳ありませんが失礼しますね」
「ちょ、おい待てよ!」
(あら?)
意外や意外。
もっと慌てるのかと思っていたけど、学生君は動じることなくクールに断った。それもナンパ野郎の機嫌を損ねぬようしっかりと言葉を選んでね。
へぇ……中々やるじゃない。けど、それだけじゃあまだ足りないわね。全然面白くないわ。
「じゃあ連絡先だけでもいいから教えてくれよ! それくらいいだろ」
「いい加減にしてくれるかしら。あなたみたいな勘違いナンパ野郎に教えると本気で思っているの? 家に帰って鏡を見てから出直してきなさい」
「て、テメエ言いやがったな!」
私はわざと、ナンパ野郎を怒らせるように煽った。
自分を陽キャだと思っている陰キャはね、煽ればすぐにキレるのよ。そして案の定、ナンパ野郎は私に手を出そうとしてきた。
さて、この陰キャっぽい学生君は今度はどうしてくれるのかしら。私を助けてくれるかしら? それとも尻尾撒いて逃げるかしら?
ワクワクしながら流れを見守っていると、学生君はナンパ野郎の手首を掴んで捻り上げた。捻り上げて、“ゴミでも見るような眼差し”で唇を滑らした。
「痛て、痛ででてててて!?」
「もうやめましょうよ。人目もありますし、揉め事を起こすと駅員に捕まりますよ。それでもいいんですか?」
「痛てぇ! 離せって!」
「もう突っかかってこないのなら離しますよ」
「わかった! わかったから離せよ!」
(面白いじゃない、そう来るとは思わなかったわ)
陰キャの学生君にしてやられたのが恥ずかしかったのか、ナンパ野郎はそそくさと去っていく。
まさかの展開に心が躍った私は、学生君にお礼を言った。
「ありがとう、お蔭で助かったわ」
「いえ、では僕はこれで」
「あっちょっと! ねぇ!」
もういいだろうと言わんばかりに、学生君は早歩きで去ってしまう。
折角日本で面白い人と出会ったのだから、カフェにでも誘って話を聞こうとしたのだろうけど、脱兎の如く逃げられてしまった。
残念ね、久しぶりに男性をかっこいいと思ったのに。
「まぁいいわ。多少は鬱憤も晴れたしね」
ありがとう、学生君。
アナタのお蔭で少しは楽しめたわ。やっぱり退屈よりも、驚きがあったりする方が刺激的でいいわよね。
できれば話をしてみたかったけれど、残念だわ。
でもね、運命とは面白いものでね。
まさか転校した学校のクラスにアナタがいるとは思わなかったわ。アナタを見つけた時は、それはもう嬉しかったのよ。
「蘇芳アカネ、よろしく」
「――っ!?」
うふふ、うふふふふふふ。
困ってる困ってる。クラスメイトの皆が私を見てワーキャーと騒いでいる中で、一人だけ絶望したような顔を浮かべている。
よっぽど私と会いたくなかったのかしら。あの顔、そそられるわぁ。
教師が私の代わりに私のことを説明している間も、私はずっと学生君のことを見ていた。観察していた。彼は私と目を合わせようとせず下を向いてしまっているけれど、いったい何を考えているのかしらね。気になるわ。気になって仕方ないわ。
「んじゃまぁ、とりあえず蘇芳の席はっと……八神の横が空いているな」
教師が窓側一番後ろの隣にある空席を差す。
駄目よ先生。そんなところじゃつまらないじゃない。面白くないじゃない。
私は彼の横にいる女の子に指を差して頼んだ。
「先生、私、あそこの席がいいのだけれど」
「はっ?」
そう告げた瞬間、学生君は驚いた顔を見せる。
あっちの席だと安心したでしょ? 安堵したでしょ? でも残念ね、私はアナタを逃がさないわよ。逃がすつもりはないわよ。
「いや、でもあそこは甲斐の席だしな……」
「そうね、ならこうしましょう。あの子には移動してもらって、私があの席にするわ。それならいいわよね」
「う~ん、まぁ甲斐が了承するならいいが……」
「それもそうね。“ねぇ、いいかしら”?」
「えっ……あ、はい。どうぞ」
“にこやかに頼めば”、女の子は快く退いてくれた。
そして私は空いた学生君の隣に座り、“これからよろしくね”という意味を含めた笑顔で挨拶をする。
「よろしくね」
「うん、よろしく」
ふふ、彼も笑顔ではいるけれど、「ふざけるな」と顔に書いてあるわよ。
さて学生君。
つまらなくて退屈な日本の学生生活を、アナタで存分に愉しませてもらうとするわ。
まぁアナタにとっては、お気の毒だけどね。