10話 気になるあの子 (八神side)
「どうしたんだ八神、さっきからボーっとしているぞ」
「えっ、ああ……すいません」
つい考え事をしていたら、才波先輩に注意されてしまう。
彼女は我が平和高校の生徒会長である才波凪だ。
頭脳明晰で成績は学年トップ。剣道部にも所属していて、全国大会常連の猛者。そんな肩書だけでも凄いのに、見た目もとびっきりの美少女だ。
綺麗系というかかっこいい顔立ちで、スタイルも良く、日本刀が具現化したような女性。けど可愛いぬいぐるみとか甘い物が好きだとか、女の子らしい一面も兼ね備えている。
そんな才波先輩と出会ったのは、とあるゲームセンターだった。
ユーフォーキャッチャーでぬいぐるみを取ろうとしていた彼女だったが、全く取れなくて落ち込んでいたところを見かねて、ちょいちょいと取ってあげたんだ。
それから親しくなり、先輩から生徒会長に立候補するから補佐になって欲しいと頼まれる。俺なんかじゃ無理だと断ったし、俺でなくても余裕で生徒会長になれると言ったのだが、「お前がいい」と強く押されてしまい頼まれることにした。
結局先輩が圧倒的な投票率で生徒会長になったんだが、何故か俺まで生徒会書記に加えられてしまった。普段は余り仕事をしていないが、時々こうやって生徒会の仕事をしている。
「体調でも悪いのか? 無理をしてはいかん、今日は帰ってもいいんだぞ」
「いえ、大丈夫です。ただちょっと考え事をしていただけですから」
「考え事?」
「陽翔は転校生に夢中みたいなんです」
「ち、ちがわい!」
唇を尖らせながらつんとした態度で余計なことを言うのは、幼馴染の日和小春だ。
俺が言うのも何だが、小春も凄く可愛い。
艶やかな黒髪に、アイドルにも劣らない清楚系の顔立ち。胸だってそこそこある。
それに小春は優しくて、いつも俺のことを助けてくれている。勉強を見てくれたりだとか、菓子パンばっかり食べていると時々弁当を作ってくれたりな。
本人曰く「陽翔は私がいないと本当ダメなんだから」だそうだ。お節介焼きというか、弟みたいに思われている気がするんだよな。
まぁ俺も、小春を“家族のように思っている”からお互い様だけど。
でも意外と打たれ弱いところがあって、俺が守ってやらないと駄目なんだ。
そんな小春も俺と同じく生徒会に所属していて、会計を担当していた。
「あ~、噂になっているアメリカ帰りの転校生か。私はまだ見ていないが、何でもとんでもない美少女だと聞いているぞ。どうなんだ?」
「さぁ……どうですかね」
「あ~先輩、露骨に顔を逸らしましたね。先輩って本っ当に分かりやすいですよね~えいえい」
「こら、やめんか」
「あた」
ツンツンと頬を突いてくる後輩の頭にチョップを与える。
彼女は一ノ瀬アイ。俺の中学からの後輩だ。
一部青のメッシュが入っている黒髪に、猫のように可愛らしい顔立ち。背も小さくてスタイルは余りよくないけど、才波先輩や小春にはない愛嬌がある。
俺も一ノ瀬も中学で陸上部に所属していて、よく一緒に練習したもんだ。
甘え上手で可愛い後輩なんだが、スキンシップが激しかったりするのだけはちょっとばかし困っちまう。誰もいないところならまだしも、人目が多いところでも気にせず抱き付いてくるからな、こいつは。
まさか俺がいる平和高校に入学してくるとは思いもしなかった。
俺と同じで高校では陸上部に所属しておらず、ファミレスでバイトをしている。一ノ瀬は生徒会に所属してないんだけど、暇な時はこうして遊びに来ていた。
「それで一ノ瀬、どうなんだ?」
「そりゃもう滅茶苦茶美人ですよ~! 流石はカリスマモデルって感じです! なんかこう、オーラが違うんですよね、オーラが。とにかくヤバイんです! 会長も見たらわかります!」
「そ、そうか……一ノ瀬がそこまで言うなら余程の美人なのだな。是非一度会ってみたいものだ。そういえば八神と日和は転校生と同じクラスではなかったか?」
俺達にそう尋ねてくる先輩に、小春は疲れたように肩を落としながら口を開いた。
「それはもう大変でしたよ。蘇芳さんを一目見ようと教室や食堂に人だかりができるし、学校を案内している時だってあちこちから視線が飛んでくるし、今日一日休まる時がありませんでした」
「あの人、すっごく目立ちますからね~。まず赤髪って時点でヤバいです」
「それはご苦労だったな。で、その転校生はどんな感じなんだ? 八神」
「何で俺に聞くんですか……」
「その転校生を随分と気に入っているそうだからな」
「だからそんなんじゃありませんって」
と言っているけど、それは真っ赤な嘘だった。
俺の頭の中は蘇芳アカネで一杯になっている。でも仕方ないだろ、あんなにインパクトのある女の子、今まで出会ったことねぇもん。
「蘇芳アカネ、よろしく」
教室に入ってきてからずっと、彼女から目を離すことができなかった。
アメリカ帰りの転校生。
真っ赤な長髪と、端正に整った綺麗な顔立ち。
身長が高くて足も長く、胸で大きくてとんでもないスタイルだった。外見だけでも完璧なんだけど、蘇芳が凄いのは纏っている雰囲気だ。
俺達のような一般人とはかけ離れた、一流の芸能人が醸し出すようなオーラがある。
彼女を一目見た時、心がざわついた。身体が熱くなった。
今までこんな気持ちになったことなんて一度もなくて、俺はその感情に名前を付けられなかった。
ただこれだけは分かるのは、確実に俺は、蘇芳アカネに惹かれてしまっている。
だけど蘇芳が気になっているのは、クラスのイケメンでも俺でもなく、一人の男子生徒だった。
「先生、私、あそこの席がいいのだけれど」
蘇芳が座る席は、俺の右横にある空席だと思っていた。
担任から指定されて、彼女が俺の隣にくるって分かった時はドキドキしたし、正直嬉しかった。
だけど彼女は、甲斐っていう女子生徒の席を名指ししたんだ。どうして甲斐の席がいいのか、俺だけじゃなくて多分クラスの皆も不思議に思っていたけれど、後々になってその理由がわかった。
「ねぇ、私の隣にいた彼はどんな人なのかしら?」
「えっ、佐藤のこと?」
「どんなって言われても……別に普通だよな?」
「うんうん、普通普通」
「へぇ……そうなの」
担任が気を遣ってくれて一限目の授業が自習になり、転校生の蘇芳とクラスメイトで話をすることになった。
蘇芳はクールで人を寄せ付けない感じかと思ったけど、意外とそうでもなくて、誰の質問に対しても気さくに、時折冗談を交えて答えていた。
そんな彼女にクラスの皆も気構えすることなくどんどん話しかけていた時、逆に蘇芳から質問してきたんだ。隣の、佐藤という男子生徒のことをな。
佐藤……名前はわかんねぇや。
俺が抱いている佐藤の印象は、真面目で大人しいって感じだ。山田と野口とつるんでいて、教室の端で静かに自分達だけで話している。
というか佐藤は、あの二人以外と話しているところを見たことがない。俺も話したことなんてないし、どんな奴なのか全く知らなかった。
というか、“今まで全く興味を抱かなかった”。
だから俺も含めて、クラスの皆も蘇芳が佐藤のことを聞いてきたもんだから「?」と首を傾げた。不思議に思って生徒の誰かが「どうして?」って尋ねると、蘇芳は笑顔を浮かべてこう言った。
「昨日彼にね、困っているところを助けてもらったのよ。私の勘違いでなければなんだけど」
「へぇ、そうだったんだ」
「あの佐藤がねぇ……ちょっと意外」
「蘇芳さんの勘違いなんじゃないの?」
当の本人はいつの間にか教室から居なくなっていて、真実を確かめる術はなかった。
でも確かに、意外と言ったら意外だ。誰かが言ったように、大人しい佐藤が人助けをするような人間とは俺も思えなかったからだ。
(なんか、仲良さそうだな)
それからも、蘇芳は佐藤のことを構っていた。
教科書を見せて欲しいと机をくっつけたり、小言で何か話していたり、ちょっかいをかけたりな。
俺の席からだと二人の様子が見れてしまう。というか俺は、蘇芳に目が離せないというか、自然と目が追ってしまっていた。
まぁそれは俺だけではなく、男子も含めて殆どの生徒がそうだと思うけど。
学級委員長である俺と小春が蘇芳に学校を案内している途中、彼女は何かを見つけたように早歩きになる。そこに居たのは、やっぱり佐藤だったんだ。
「何の話をしていたんだ?」
「さぁ、なにかしらね」
佐藤と別れた後に聞いてみれば、蘇芳はそう返してきた。軽めのトーンだったけど、“それ以上深く聞いてくるな”と言われている気がして、彼女の機嫌を損ねたくない俺は口を噤むことにした。
(佐藤の奴……いいなぁ)
気付かずうちに、佐藤のことを羨ましいと思っていた。
蘇芳から話しかけれて、蘇芳からちょっかいをかけられて、羨ましいって思っちまった。でもこれは俺だけじゃなくて、他の男子だって感じているはずだ。
「よぉ、相棒」
「いつからお前の相棒になったんだよ」
生徒会の仕事が終わって帰宅しようとしていると、下駄箱で灰谷賢也に声をかけられる。
賢也は中学からの腐れ縁で、俺の唯一の男友達だ。
お調子者のムードメーカーで、こいつがいると場が明るくなるんだ。俺は結構冷めてる方だから賢也が居てくれて凄く助かってるし、心強い。
「今日も美少女に囲まれて楽しくやってたか?」
「アホか、そんなじゃねぇって。お前こそこんな時間まで何してたんだよ」
「そりゃ情報をかき集めてたんだよ」
「ま~たそういう事してんのかよ。んで、今度は何の情報なんだ?」
「そりゃあ一つしかないだろ。今話題沸騰中の転校生、蘇芳アカネについてだよ。蘇芳が転校してきたことで、我が平和高校の美少女ランキングが更新されたってもんよ。今のところダントツの一位だぜ」
「くだんね~」
「まぁそう言うなって。なんでも、一年から三年まで蘇芳に告ろうとしている奴が沢山いるみたいだぜ。三年のサッカー部エースとか、内のクラスでもイケメンの王道とかもそうらしい」
「へぇ……」
それはそうだろうな。
あれだけ綺麗なんだ。男だったら付き合ってみたいと思うのも当然だ。無理と分かっていてもワンチャンいけるかもしれないし、告白するのも手だと思う。俺はそういうの、あんまり好きじゃないけどな。
「けどまぁ、無理だろうな。今のところ蘇芳は佐藤にしか興味がないみたいだし」
「……」
「本人に話を聞いてみたんだけどよ、蘇芳が助けられたってのは本当らしいぜ。佐藤が、昨日の駅で困っているところを助けたって言ってた。蘇芳もアメリカ帰りだから乗る電車とか分からず迷ってたんじゃねぇか」
「そうだったのか」
「佐藤本人も、言われるまで助けた相手が蘇芳だったって気付かなかったそうだ。まぁ二人の関係はその程度のもんだよ。よかったな、大将」
そう言って、賢也は励ますように俺の背中を叩いてくる。
「何が良いんだよ」とジト目を向ければ、「さて、何のことかな?」とニヤニヤしたムカつく顔で聞いてくる。
くそ、賢也のこういう所は苦手だぜ。でも、なんだかんだ“俺が知りたいことをいつも教えてくれる”のは結構助かってるんだよな。
(そっか……それだけなんだ)
蘇芳と佐藤がそれだけの関係と聞いて、モヤモヤしていた気持ちがす~っと消えていった。やっぱり俺は、佐藤に嫉妬していたんだな。
やだやだ、誰かに嫉妬するなんてことはろくなもんじゃねぇし、気をつけよ。
「一応礼は言っておく。ありがとよ、賢也」
「良いってことよ。俺は相棒だからな」
「だから相棒じゃねぇって」
そんな風にじゃれ合いながら、俺と賢也は一緒に帰宅したのだった。