表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/30

1話 ラブコメの主人公

 



【モブ】とは、その他大勢の名無しであり、どこにでもいそうな特徴のないキャラクターである。


 物語でいえば主人公でも敵役でも、ましてや脇役ですらない。背景に溶け込んでいるような、顔も名も無く目立たない存在だ。


 だけど僕は、敢えてモブとして生きることに徹している。


 何故、わざわざ自分からモブになろうとしているかって?

 恐らく誰だって、己の物語の主役になりたいと思うだろう。だけど僕は違う。主役なんて一切合切興味がない。

 人生に荒波を立てず、可もなく不可もなく、平穏平凡な生活を過ごしたいのだ。


 僕の人生設計は既に決まっている。

 そこそこ良い大学に入って、そこそこの会社のサラリーマンになり、安定した生活を送りたい。専門職だとか、スポーツ選手とかお笑い芸人のような職業はかっこいいし夢があるけど、僕はそんな博打を打つような真似はしたくない。


 ならばどうやって平穏平凡な生活を送ることができるのか。その答えにたどり着いたのが「モブ」だった。


 モブとして生きることこそが、平穏平凡に過ごす為の最大の近道なのだ。

 けれど、モブに徹して生きるのも意外と難しいところがある。


 人生とは社会で、誰かと関わり合ったりしがらみも多いものだから、否が応でもあちらから物語に引きずり込もうとしてくる。


 だから教えよう。

 僕がモブとして生きる為に編み出した方法を。


 モブの流儀を。



 ◇◆◇



 僕の名前は佐藤太一さとうたいち

 佐藤というありふれた苗字であった父に感謝し、また「些夢サム」といった若干のキラキラネームを子供に付けようとした父を説得して、「太一」といった極普通の名前を付けてくれた母には心より感謝している。


 無難な黒髪に、イケメンでもなくブサイクでもなく特徴のないモブ顔。

 身長は175センチ。本当は170センチ前後が望ましかったけど、こればかりは背が伸びてしまったのだから諦めるしかない。

 運動はそこそこできて、勉強の成績もそこそこ。


 家から電車で三十分ほどの平和高校に通っている極普通の高校生二年生だ。

 我ながら完璧なモブのプロフィールだと思う。


「おはよう、陽翔はると


「おはよ。ふぁ~あ」


「も~、また遅くまでゲームしてたんでしょう」


「いや~楽しくてついな~」


 教室の窓側一番後ろの席から、男女の楽しそうな会話が聞こえてくる。


 ここで、モブである僕とは対照的なTHE物語の主人公のようなキャラを紹介しておこう。


 窓側一番後ろの席の「主人公席」に座っているのは、八神陽翔やがみはるとという名前の男子生徒。

 寝ぐせがついた黒髪に平均的なフツメンと、彼は一見モブに見えるが実はそうではないし、僕は彼を「ラブコメの主人公」と呼んでいる。


 何故、八神陽翔が「ラブコメの主人公」なのか。

 それは彼が多くの女子生徒ヒロインと交流があり、また明確に好意を持たれているからだ。


 まず一人目のヒロインは、今八神と話している日和小春ひよりこはる

 黒髪の清楚系で成績も良く、性格は穏やかで平和高校の中でもトップクラスの美少女。そんな日和と八神は幼い頃からの幼馴染であるらしい。


 彼女は成績がそこまで良くない八神の勉強を見てあげたり、たまにお弁当を作ってきたりと甲斐甲斐しく世話をしている。


 そんな可愛い幼馴染がいる時点で既にモブではなく主人公属性を宿しているだろう。傍から見ていると付き合っているように見えるが、二人は彼氏彼女の関係ではない。


 日和は八神に対して誰でも分かるくらい好意を抱いているが、残念ながら彼自身は恐らく彼女の気持ちに気付いていないみたいだ。


 いやいや気付かない訳ないでしょ……と頭を捻りたくもなるが、それが「ラブコメの主人公」たる所以ゆえんなのかもしれない。


 彼女も彼女でさっさと告白してしまえばと思うが、それも中々難しい。

 何故ならば、日和小春にはライバルが存在しているからだ。


「せんぱ~い! おっはようございま~す!」


「うお!? こらアイ、いきなり飛びかかってくんじゃねーよ。危ないだろーが」


「そうだよアイちゃん、怪我したらどうするの?」


「ごめんなさ~い。でも~、先輩と会いたかったんですも~ん」


「ったく、しょうがねぇな」


 可愛らしく謝ってくる後輩に、八神はため息を吐きながら頭を掻いた。


 ヒロインその2、一ノ瀬アイ。

 メッシュが入った黒髪に、小悪魔系の甘えん坊な性格。男心を擽る童顔はやはり学内でもトップクラスの美少女だ。

 八神と一ノ瀬は中学の部活で先輩後輩関係だったらしい。わざわざ八神がいる高校まで追っかけてくるほどだし、やはり彼女も八神に好意を抱いているだろう。


 あんなにスキンシップをされているのに一ノ瀬の好意に気付かないのも不思議だが、日常的に慣れてしまったとなると逆に気付けないのかもしれない。



「お前達、また朝から一目も憚らずイチャイチャしているな。不純異性交遊は禁止だぞ」


「ご、誤解ですよ会長! 勘弁してください」



 教室に入ってきた女子生徒が、呆れた風に八神達を注意する。


 ヒロインその3、才波凪さいばなぎ

 一つ上の三年生で、平和高校の生徒会長だ。彼女は頭脳明晰でスポーツ万能かつ、日本刀のように美しく凛とした容姿を兼ね備えた才色兼備である。


 そんな完璧超人の才波先輩も、やはり八神に好意を抱いていた。

 常識人ぶって注意はしているが、本当はライバルのヒロイン達と八神がイチャイチャして欲しくないだけだと思う。


 八神との接点は知らないが、彼女ほどの女性が八神を強引に生徒会書記に加えるぐらいだから相当なイベントがあったのだろうと推測できる。

 生徒会といえば、日和も生徒会に入っていたっけ。


「こんな朝からどうしたんですか、会長」


「今日は会議があると伝えようと思ってな。用事を立てられると困るから、朝から伝えに来たのだ」


 それはきっと建前だろう。

 伝える方法なんてSNSやラインを使えば一瞬だ。なのにわざわざ口頭で伝えようとしたのは、単に八神と会いたかったからだ。


「そうですか、了解しました」


「日和も頼んだぞ」


「勿論です」


「じゃあ、私も行っちゃいま~す」


「ったく、お前はいつも無断で来てるだろ」


 一瞬だ。一瞬で教室の隅に八神ハーレムが形成されてしまった。

 だがしかし、これはまだ序の口だ。あの三人以外にも八神陽翔に好意を抱いているヒロインは多数存在している。


 これでわかっただろう。

 何故僕が八神を「ラブコメの主人公」と呼んでいるかが。恐ろしいことに彼はこの現実世界で、ラブコメのハーレム主人公のようなムーブを行っているんだ。


「何の変哲もなく冴えない普通顔の高校生」である八神陽翔が、次から次へと学校の美少女達と関係を持っていく。

 まさしく「ラブコメの主人公」みたいな設定だろ? だから僕は彼をそう呼んでいるんだ。


 今は生徒達もあの光景を見慣れてしまっているが、他の生徒からしたら学校の美少女達を囲っている八神に嫉妬し、羨むことだろう。


 でも僕からしたら全く羨ましくないし、むしろ邪魔である。

 あんな爆弾が近くに存在していることは、モブとして学生生活を平穏平凡に過ごしたい僕にとっては余計な神経を使うし邪魔でしかない。負け惜しみとかではなく、心の底からそう思っている。


 こちらから接触しなければ問題は起きないだろうが、何が起こるか分からないのが人生だからね。

「ラブコメの主人公」のイベントに巻き込まれたりしたらたまったものではない。


 だから僕は、八神陽翔に近付かない。




【モブの流儀その1】

 ああいう連中とは絶対に関わってはならない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ