Act.2 City-超恒久的共生盟約都市-(2)
シティが『眠らない街』と称される所以がこの大通りに詰まっている。オーバーナイトは最先端のファッションやエンターテインメントが盛んな流行の発信地。あらゆるジャンルを網羅した大小様々な店が連なり、裏通りを埋め尽くす二十四時間営業の歓楽街は常にご機嫌な千鳥足が行き交う。隙間なく建つビルの窓が街中のネオンライトを反射し、暗い空を華やかに彩る光景は圧巻だ。さらには最新アーティファクトのホログラム投影装置によって宙に映し出された魚群が、蛍光色の花畑を我が物顔で泳ぐ。ホログラムは一日ごとに鳥や動物の群れに切り替わる仕様だ。しかもシティのネオンライトは音に反応して色を変える性質があり、四六時中走る地下鉄の音に応じてその表情をコロコロ変える。一瞬たりとも同じ景色になることはない。
眠らない街を行き交うのは多種多様な種族の都市民たち。亜人に魔族、それにアンデッドなどもいる。マホロのようなヒューマも。シティには常時百種類以上の種族が暮らしていた。
「つーか、誰のせいで【炉走】が修理工場送りになったと思ってんだ」
商業ビルに設置された大型街頭ディスプレイの下で信号待ちをしていると、ガルガが不貞腐れたように言った。
炉走とは、大型自動二輪車のアーティファクトである。二人が愛着を込めてそう名付けた。色々あって見る影もなく大破した愛車が修理工場へ入院してそろそろ二週間になる。そのせいで乗り慣れない地下鉄を利用して苦しむ羽目になったのだ。
「ふふっ、僕だねー」
大破したのは愛車だけではない。乗っていた本人まで打ち所が悪く三日も生死の境をさまよったと言うのに、マホロは大して悪びれもせずへらっと笑うだけ。普通なら人生で二、三度入るかどうかの【集中医療シェルター】のお世話になりすぎて、別荘か何かと勘違いしているんじゃないだろうか。
痛みや傷跡が残らない最新医療技術の恩恵か、反省している様子がまるでない。それに加えて一週間前の爆弾事件。ガルガの心労は絶え間なく続く。能天気な相棒の態度に、ガルガは眉間のシワを深くして目を細めた。
歩行者信号が青に変わり、スクランブル交差点は一気に往来に支配された。二人も雑踏の中をすり抜けながら慣れたように進んで行く。無事に横断歩道を渡り切った二人は、大通りから一本入った裏道へ足を向けた。そこはビルの裏手に水路が通る小道で、職場への近道なのだ。
手すりが付いたちょっとした堤防の下で、水路に浮かぶマーメイド二人が楽し気に語らっている。
「ねぇ、今月の新作コスメ特集見た?」
「あたしのエメラルドスキンじゃ発色がいまいちだったわ」
「えっ!? もう試したの!?」
「発売日当日にね」
水生生物は地下鉄のさらに下に広がる地底湖で暮らしていて、用事があれば水路を通り街へ繰り出す。地底湖は資源も豊富で食べ物に困らず、街へ出れば最新トレンドに触れることもできる。彼女たちのような戦後生まれの若いマーメイドたちから言わせれば、シティはまさにユートピアそのものだ。
しかし、今年で終戦百年を迎えようとしているシティが本物の理想郷になるには、まだまだ時間がかかる。
「――誰かぁッ! ひったくりよぉおお!」
ビルを二つほど挟んだ先から女性の悲鳴が聞こえた。瞬時にガルガの耳がピクリと立ち、二人は条件反射で声の方へ駆け出す。
そこにいたのは、人気のない飲食店の勝手口に力なくへたり込んだ小人族の女性だった。ひどく狼狽えた様子で、「どうしましょう、どうしましょう」と茶髪の頭を抱えている。パサついた髪や赤切れが残る小さな手は働き者の証だ。マホロは素早く駆け寄って膝をついた。
「おばさん、ケガはない?」
「え、ええ……でも、お店の売上が入ったバッグを取られちゃったの……! 貸金庫に預けに行くところだったのに、どうしましょう……!」
「落ち着いて、大丈夫だよ。犯人の特徴とか、顔とか、何か覚えてることはない?」
「それがね、何もないところから急に現れて、バッグを奪ったら私と瓜二つの姿になって人混みの中に走って行っちゃったの! もう、何がなんだか……」
「透過と擬態……」
マホロは脳内に広大な団地を思い浮かべた。ここは彼の記憶の宮殿。暇さえあれば保安局に入り浸って犯罪データを虱潰しに眺めているマホロの脳内団地に住むのは、もちろん全員犯罪者。どの部屋に誰がいて、罪種はどんな風で、家具は、生活ぶりは――そんな風に詳細な情報まで全てを記憶している。言うなれば、歩く犯罪データベースだ。
透過、そして擬態。この犯人はどこからともなく現れて犯行に及び、瞬時に姿を変えて追跡の手を逃れている。マホロは強盗犯が住まう棟で、脳内の一室をノックした。返事を待たないまま中へ押し入る。そこにいたのは――。
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<用語解説>
【炉走】
大型自動二輪車のアーティファクトで、マホロとガルガの愛車。真っ赤なボディがトレードマーク。動力は魔力を充填できる希少な魔鉱石で、それを二つも積んだいわゆるチートバイク。
【集中医療シェルター】
体内に魔力を有さないことから治癒魔法が効かないヒューマのために開発された医療用アーティファクト。魔法薬液で満たした装置の中に入ることで、ヒューマでも治癒魔法による超次元的な治療が受けられる。事故や殺傷事件など、緊急性を要する外傷の治療に使われることが多い。
この装置のルーツはシティの遥か北に広がる黒竜の国『テンガン領』にある。薬師の姉がヒューマの体内に一時的に魔力を滞留させる薬草茶を作り、治癒魔法師の妹が治療をしたのが始まりとされる。
二人の巫女が暮らす白亜の街アダンテには、治癒と浄化を司る一角獣の角が奉納されているとか。