Ep Act. 再接続
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「今回は派手にやりすぎたのぅ、ナナヤ。これでもう火遊びは懲りたかぇ?」
ワイバーンの薬を開発した青年――ナナヤは、目の前の老人が放つ言葉の一つ一つに宿る苛立ちの真意を掴めずにいた。
「お言葉ですがお爺様、何をそんなに怒っていらっしゃるのです? 僕はヒューマの持つ無限の可能性を証明したんですよ? あの薬を応用すれば、ヒューマはドラゴンにもエルフにもなれる。悪魔にだって! そうしたらシティの秩序は簡単に崩壊して、世界は再び血と狂乱に支配されます! ヒフミお爺様だって、それを望んでいるはずです!」
光が反射しない虚ろな目を黒光りさせて詰め寄るナナヤに、ヒフミは眉をひそめる。
ゴローの弟であり、娘夫婦のもう一つの忘れ形見。素直で裏表のない純粋な兄とは違う天性の凶悪性を見せたナナヤを、ヒフミは本業の跡取りに据えた。何も知らされず表舞台の道化となったゴローには「ナナヤは出来が悪いから子会社を手伝わせている」と説明している。それを一切疑いもせずに信じているのだから、やはり彼には才能がないのだ。この街を本当の意味で牛耳る、影の支配者としての才能が。
「ナナヤ、お前は賢い。度胸もあるし残忍にもなれる。儂の自慢の孫じゃ。それゆえに教えてやろう。――シティの犯罪は、ビジネスなんじゃよ」
裏の一面を探らせないように貼り付けていた好々爺の仮面が剥がれた。笑いじわになるほど常に細められていた目がゆっくり開き、真実を履き違えている孫を真正面から射抜く。心臓が凍り付きそうなほど冷ややかな視線に、額に脂汗を滲ませたナナヤはぐっと言葉を詰まらせた。
「シティガードは犯罪者を捕らえて金が回る。金を出すのはそれで困っている住民や保安局じゃ。ワイバーンのように街そのものを破壊してしまうような脅威は、長い目で見れば利益が薄い」
「で、ですが、テロリスト共にはきっと高く売れます! 僕たちが奴らに流している銃や爆弾と一緒です!」
「何事も派手に動きすぎれば足が付く。案の定ヒューマの小童に怪しまれて尻尾を掴まれかけたではないか」
「そ、それは……」
薬を怪しんだマホロが機転を利かせてあの男を生かしたことで、保安局の捜査の手が伸ばされた。こればかりは言い逃れのできない失態だ。ナナヤは悔し気に唇を噛んで項垂れた。
すると、落ち込む肩に皺だらけの手が添えられる。
「あの薬の研究は当面控えるのが賢明じゃろう。同じものがすぐに出回れば今度こそ保安局に嗅ぎつけられる。今は色神の呪いの増産に集中せい。あれはまだまだ利益が見込める」
「はい……」
「そしてほとぼりが冷めた頃、ワイバーンではなく亜人種あたりに変化できるものを流通させるのが良いかもしれんのぅ」
「……! お、お爺様……! ありがとうございます!」
てっきり研究を永久凍結させられると思っていたナナヤは、予想外の提案に胸が打ち震えた。愛情深い微笑みを浮かべる祖父に抱きつき、素直に礼を述べる。こういう現金なところは兄弟そっくりだ。
それに、ヒフミも例の薬の有用性は認めている。着想も面白いし、応用が利きそうなのも利点と言えるだろう。もしかしたら犯罪ビジネスでは打ち出の小槌になるかもしれない、素晴らしい発明だ。さすが自慢の孫。愚かな兄とは出来が違う。
「ああそうじゃ、誰彼の奴らが持ち込んできた暗号データの解析の方も急いでおくれ」
「それは、ええ、まぁ……。ですがいったい何なんです、あれ?」
祖父の古い馴染みから依頼された、とあるデータ解析。幾重にも複雑に暗号化されていて、手間と時間が無限にかかる厄介な仕事だ。正直、ナナヤはあまり乗り気じゃない。だがヒフミはそうでもないようで。
「あれはシティであってシティではない別の街。そしてそこへ繋がるための鍵じゃ」
「はぁ……?」
祖父が急に寝ぼけた夢物語のようなことを言い出すので、思わず胡乱気な返事をしてしまった。鋭い眼光にギロリと睨まれて、すぐに背筋を正す。
「再接続にカノウ家の未来がかかっておる。頼んだぞ、ナナヤ」
博士を殺して奪った研究データごと長らく雲隠れしていた誰彼の吶喊は、とうとう暗号解析に行き詰った。自分たちでは箱を開けられないと諦め、裏社会を支配するヒフミに助力を求めたのだ。
ここではない別の世界が持つ可能性に魅せられて、ずいぶん長いあいだ夢を見続けた。ヒフミは自分の手元に転がり込んだ箱を開ける瞬間を待ち侘びている。
開けてはならない玉手箱――そこへ再接続するためなら、最恐の悪魔さえ食らってみせよう。
『ファースト・スターミッション』―END―




