表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Beast in the City ❖ RE:CONNECTION  作者: 貴葵音々子@カクヨムコン10短編賞受賞
Case file 1:ファースト・スターミッション
3/45

Act.2 City-超恒久的共生盟約都市-(1)

 高層ビル群が(ひし)めくシティの空は、いつだって夜の暗闇に満ちている。大地を枯渇させた異種族間の百年戦争――それによって巻き上げられた空中塵(エアダスト)が、終戦から九十九年という年月が経った今でも太陽光を(さえぎ)っているのだとか。


「あつい……」


 体温が高いガルガの抱き枕になっていたマホロは、起き抜けにそうぼやいた。生死に直結するフィフティ・フィフティを見事に制してから七日目の朝だった。土壇場でデタラメな証言をした爆弾魔には刑期が五十年追加されたらしい。


 光沢のある黒いサテン生地の襟から覗く、謎に良い匂いがする首筋。そんな魅惑のゾーンに鼻先を埋めている状態なのだが、羨ましいなどと思わないでほしい。寝苦しいったらない。耳元に届く規則正しい寝息でさえ、一方的に体温を分け与えてくるのだから。


 太陽の自然光が期待できないシティの気温は常時低く、特に朝の冷え込みはどの家庭でも避けては通れない悩みだ。魔力も電力もいらないエコな暖房器具と添い寝しているのは良いが、温度調整が効かないのはどうしたものだろう。「じゃあ別々に寝ろよ」とスネークが真っ当なツッコミを入れたことがあるが、その選択肢は二人の中にはないらしい。


(まだ五時か……もうちょっと寝かせてあげたいな)


 ひんやりとした打ちっぱなしのコンクリート壁に掛けられた時計を虚ろに眺める。三層の環状に設計されたシティの最も外側にあたる第三層、そのほとんどを占めるマンモス団地は、どこもだいたい似たような内装と間取りだ。

 ダブルベッドのすぐ近くに置いたサイドテーブルの上では、淡い光を放つ疑似太陽ライトが呑気に浮遊している。空中塵(エアダスト)の掃除を盟約に太陽神(デイル)から授かった光の素を複製した小型照明のアーティファクトで、時刻に合わせて本来太陽が照らす空の明るさに自動で調光してくれる。明けない夜に包まれたシティの住人たちは、この疑似太陽のおかげで朝には日が昇ることを忘れずにいられるのだ。


 ブラインドが目隠しする窓の外は日がな一日夜が続き、発電システムの副産物であるネオンライトが絶えず街を彩っている。マホロが生まれた時から変わらぬ景色だ。

 がっしりとした肩越しにそれを見つめ、諦めたように再び目を閉じる。足で布団を蹴飛ばして、どうにか体温調節を試みた。二度寝の準備だ。


 しかしどうにも寝付けなかったので、疑似太陽のそばに置きっぱなしだったイヤホンへ手を伸ばした。吸音効果のある巻貝を加工したスネーク特製のアーティファクトで、音漏れ知らずな優れモノだ。聴覚が過敏すぎるガルガの安眠を妨げることもない。最近手に入れたお気に入りのヒーリングナンバーをパクトで流し、深く目を閉じる。


 だがガルガは肌寒いのか、より密接にホールドされてしまった。匂いすら混ざり合ってしまうような距離感が普通じゃないと、二人ともわかっている。それでも離れがたいのだから、仕方がないのだ。


 二人が初めて出会った十六年前から、ガルガのこの癖は変わらない。触れられる距離に大切な物がないと怖い夢を見るのだとか。特に事件で危険な目に遭った直後は、いつにも増してぎゅうぎゅうに抱きつかれる。危険な目に遭うのは、大概マホロが無茶をしでかした時。だから文句を言いつつ、マホロは抱き枕に徹している。失うことを恐れるガルガの夢見が、少しでも安らかになるように。




 ❖




 シティの主な移動手段は、アスファルトの下をクモの巣状に張り巡る地下鉄である。

 いつもよりも少し早めに団地を出発したマホロとガルガは、すし詰めの満員電車に揺られて【シノノメ駅】に降り立った。


 改札横のダストボックスにマスクを捨て、ガルガはようやく深呼吸をする。街の外に広がる【郊外自然エリア】の澄んだ空気とは違い、排気ガスと酒とヤニが空気に溶けた独特な匂いだ。外から来た鼻の良い観光客は全員顔をしかめるが、物心ついた時からシティで暮らしているガルガにとっては、これが故郷の香りだ。それより、ついさっきまで押し込められていた満員電車の方がひどいったらない。


「狭いし、熱いし、臭いし。あんなのに毎日乗ってる奴らの気が知れねぇ」

「だから過敏嗅覚種の専用車両に乗りなって言ってるのに」


 優れた嗅覚を持つ種族に考慮し、地下鉄には必ずそういった専用車両が設けられている。他にも乾燥に弱い種族のためのミスト車両、過敏な聴覚を保護するための防音車両など、手厚いラインナップだ。自衛力に乏しいヒューマの女性には女性専用車両が欠かせない。ただし、特別車両は特別料金となっている。


「んな贅沢できるか。今月もカツカツなんだからな!」


 がさつに見えるがきちんと家計簿をつけるマメなところが良いなとマホロは思う。料理をする時にエプロンを着用するのも、洗濯物を色別に洗ってくれるのも、寝る前はちゃんとパジャマに着替えるのも。男二人の共同生活が少しも荒れないのはガルガのおかげだ。彼に出て行かれたら一日で部屋をゴミ屋敷にする自信がある。まぁそんな未来は万が一、いや億が一にも訪れないのだけれど。


 誘導灯が申し訳程度に照らすシノノメ駅の階段を上がれば、シティ第二層東区のメインストリート、【オーバーナイト】のお出ましだ。






◇◆-------------------------------------------------◆◇



<用語解説>


【シノノメ駅】

 シティ第二層東区にある駅。大通りに直結しているため、乗降者数はシティでもトップクラス。

 駅前公園にある凶犬ケロちゃん(三つの頭を持つ禍々しいケルベロス)の石像が待ち合わせスポットとして有名。


【郊外自然エリア】

 三層構造のシティの外側に広がる自然保護区。

 戦争で荒廃した大地の再生を目的に試験的な植栽や土地改良、動物飼育を行っている。

 たまに脱走した猿がシティへ迷い込み、ニュースになる。


【オーバーナイト】

 シティ第二層東区のメインストリート。ファッションやエンタメなど、シティのトレンドの発信地。

 華やかな表通りから裏道に入ると、大規模な歓楽街が姿を現わす。ここでは酒、タバコ、カジノなど、とにかく楽しい時間だけが提供される。ただし、羽目を外しすぎた客は歓楽街を牛耳る『サキュバスのしっぽ亭』に目を付けられ、二度とオーバーナイトを歩くことができない。

 裏表どちらも『眠らずの街』に相応しい華やかさだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ