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6 南棟3階の階段教室④

 まさか、自分にそのような価値があるなんて思っていなかったユーラは、固まったままである。

 その様子に、ロゼはやっぱり……と頭をかいた。

「ユーラ、きっと君は目立たずに過ごしていたつもりだと思うけど、ある意味目立ちすぎている存在なんだよ」

 ユーラの実力は学年で、いや、きっと学校全体で見ても上位の成績であると、ロゼは思っている。けれども、ユーラは絶対に本当の力を見せることはしなかった。

 元々ユーラの学術院に入学した目的が、将来有望な職に就くために入ってくる他の学生とは異なり、たくさんの本を読みたいというものであった。

 そのためか、異色な新入生として教員や先輩方に見られ、毎日毎日図書室に引きこもるような生活をしていたため、いつしか図書室の主という異名が付けられるまでになっていた。

 そんなユーラを笑う者がほとんどだったが、図書室の書物をほとんど読み尽くしているユーラに、価値があると気づく者は、彼女の力を見抜き始めていたのである。

 だから、ロゼの父親もユーラに声をかけたのである。

「此処に出入りしていることが他の人に知られたら、さらに君は注目の的だよ。特に、他国の人たちからすると、何としてでも君と繋がりたいと思うはず」

「なら、なぜ私を此処に?」

「俺はそれがユーラを守ると思ったから、父に話した」

 元々、現宰相の娘であることはもちろん知られてはいるが、ユーラは末っ子であり、年齢的にもあまり公に出てくることはなかった。そのため、あまり注目されるということは無かった。

 けれども、ユーラの書物への貪欲さがもたらした彼女への評価が少しずつ公で上がってきている。

 ここでブランノワール魔法騎士団と繋がりがあるということは、ユーラの価値をさらに上げることにもなるが、ブランノワールにとって重要な人物であることをより強く示すことにもなる。

 つまり、他国の誰かがユーラに何かをすれば、それはブランノワールの中枢部も黙っていないという脅しにもなる。

「俺も幼馴染として、ユーラが思う学生生活を送れるよう支えるつもりだったけど、『白の魔法師』のことが起きてしまったおかげで、そうもできなくなってきた」

「そんなに『白の魔法師』が必要なの?」

 ユーラからすると『白の魔法師』がなぜそんなに大騒ぎになる存在なのか、不思議でならない。

 なぜなら、『白の魔法師』はーーーー。

「……きっと、そう言えちゃうのが、尊いんだと思うよ。『白の魔法師』とは何かを知る人はほんの僅かなのだと思う」

 ああ、そういうことなのねーーーー。

 ユーラはロゼが言っていることの意味を悟った。


✳︎✳︎✳︎


 現在は昼食時間である。ユーラは南棟3階の階段教室の入り口前に立っていた。

「入らないのか?」

 ユーラを待っていたのか、ルークが扉を開けて声をかけた。

「入ります」

「どうぞ」

 扉が閉まると、二人の足音が教室内に響き渡った。

 ルークに指定された席につくと、テーブルの上には何冊かの書物が乗っていた。

「これは、俺の故郷であるセレストブルーから持ってきた本なんだが、エウリュ語を学ぶ上ではとても分かりやすい」

 目の前にある初めての本に、ユーラの内心はときめき始めていた。

『気をつけろよ。ルーク先生も他国出身の方だ。どんな目的で学術院に来たのか、分からない』

 昨日ロゼに言われたことが頭をよぎったが、でも、目の前にお宝を見せられると欲が抑えられない。

「……読んでもいいですか?」

「ああ、いいよ。けど、一つだけ質問してもいいか?」

 やっぱり。何か目的があるのね。

「なぜ、エウリュ語を読めるようになりたいんだ?」

 その眼差しからユーラは目を逸らさずに答えた。

「それは、たくさんの本が読みたいからです!」


✳︎✳︎✳︎


 しばらくの沈黙が続いている。

 私、何かまずいことを言ったのかしら……。

 ルークは顔を横に向けているので、表情が分からないが、何かを堪えているように見える。

 そして、それが耐えきれなくなりーーーー。

「ぶっ、あっ、はははははっ」

 涙を流しながら、ルークは声を出してしばらく笑い続けた。

「なっ、何が面白いのですか? 私は真剣に答えたのに」

「いやっ、だから、おかしいんだよ。あまりにも純粋な答えすぎて、俺が馬鹿だったなって思い知らされただけ」

 息を整え、涙を拭き、ルークは答えた。

「悪かったな。てっきり、誰かからの命令か何かで、学術院の書物を読み漁り、さらにエウリュ語が必要になったから勉強をしているのかと思ったのだが、浅はかな考えだったと自己嫌悪している」

「そんなことをするわけないじゃないですか。ただの普通の学生ですよ」

「いや……普通の学生じゃないだろ? お前、宰相の娘だろ?」

「それはそうですけど、私は末っ子なのでほとんどの方は私のことは知らないですよ」

 本気で言っているのか?ーーと、ルークは小さな声で言ったので、当然ユーラの耳には届いていない。

 一方、ユーラも宰相の娘ということで、なぜ特別になるのかがピンとこなかった。

 ブランノワールは実力が全てなためか、家族が素晴らしい立場であっても、自分の立場と混同しないのが普通である。

 一応、学術院にもユーラは試験に合格して入学しており、それは他の学生も同様である。だから、ユーラからすると、学術院で「宰相の娘」と言われても、関係の無いことである。

「そうか。なら、覚えておけ。お前は、他国では『宰相(ナンバー2)』の娘という見られ方をする。だから、いろいろと利用される立場になりやすい」

 ルークの真剣な眼差しに、ユーラも誠実にこの言葉を理解しようとした。

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