4 南棟3階の階段教室②
きっと長い間、誰も手に取ることのなかった魔術書なのだろう。ページをめくるたびに、パラパラと埃が散る。
けれども、それ自体もユーラにとっては興味深いこと。
前に読んだものよりも、難しいわね……。少し分からない文法があるわ。これはまた勉強し直しね。
目的の本だと思われる魔術書であるが、今のユーラの力ではまだ読みづらいエウリュ語がたくさん書かれている。
読むことをやめようかと思いながら、ページをめくると、記載されている魔法陣に目が止まった。
これって、どこかで見たことがある。
「あー、やっぱりここにいた!!!」
教室の入り口の方から聞こえてきたアイラの大きな声に、ユーラは動揺した。
「アイラ、声が大きい」
「仕方がないじゃない。ユーラに会いたがっている人の相手をしてて疲れたんだから」
ロゼに咎められても、全く気にせず、アイラは大きな声で今までの時間の辛さを発した。
2人の後ろからは、魔術歴史学の授業を受けるために他の学生もちらほらと階段教室に入ってきた。
「ごめん。……って、何があったの?」
ユーラはアイラとロゼのところまで降りてきた。
「ああ。ヒューゴがユーラと話したがっていたんだよ」
「ヒューゴって……」
「あのね、朝にあったでしょ?」
ああ、あの握手でぎゅーとしてきた赤茶色の眉毛の人ね。顔はあまり覚えてないけどーー。
「まあ、大好きなここにいるだろうってことは分かっていたからね。アイラがヒューゴの相手をしてくれたんだよ」
2人はユーラが南棟3階の階段教室に入れることを1番楽しみにしていることを知っている。だからこそ、その時間を奪っては可哀想だと思い、2人でヒューゴの話を聞いていたようだ。
この学術院に入学してくる学生の大半は、勉強することは当然だが、身分の高い人にくっついたり、媚を売ったり、将来の就職をより良くするためにいろいろとする。きっと親からもそう言われて入ってきているはずである。
なぜなら、この学術院を卒業できたなら、ブランノワールはもちろんのこと、他の国でも良い就職口があるからである。
けれども、ユーラはそんなことなんて全く興味なく、ただ好きなことを追究する学生生活を送っている。元々、ブランノワールでも身分の高く恵まれた家柄だからだと思われがちだが、ユーラはただ勉強がしたくて(本が読みたくて)学術院に入学したことを2人は知っていた。
学術院の学生が見ることができるほとんどの書物を読んでいる彼女が『まだ半分も見れてない』と唯一嘆いているこの場所での時間を、削らせたくはなかった。
「そうだったのね。ありがとう、アイラ」
なんだかんだ言っても、いつも助けてくれるアイラにユーラは心から感謝した。
「おい、うるさいぞ。お前」
また、だった。突然、そこにルークが現れると同時に、午後の授業の始まりの鐘が鳴った。
✳︎✳︎✳︎
「じゃあ、俺がドートン先生の代わりに魔術歴史学を教えることになったルーク・デルフォルトだ。よろしく」
淡々と自己紹介をしたと思うと、ルークはすぐに授業を始めた。
今日は話題の『あの光』の歴史についてである。
ユーラはロゼとアイラに挟まれた形で、1番後ろの席に座り授業を受けている。3人が授業を受けるときは、大体このような形であった。
「こうやって聞くと、久しぶりのことなのね」
アイラがユーラに聞こえるかぐらいの声で呟いた。
1カ月前にあった『あの光』は短ければ250年に1回程度、ただ今回の場合は500年ぶりとのことらしい。そうは思わないのは、この世界の人々が必ず幼少期に読む絵本のせいかもしれない。
その絵本ーー『白い魔法使い』は、いつ頃、誰によって伝えられた話か分からない、伝説のお話を絵本にしたものである。
幼少期には必ずと言っていいほど、この本を読み聞かせてもらう。だからか、つい最近も『白い魔法使い』がいて、世界を平和にしてくれたと感じてしまうのかもしれない。
「まあ、『あの光』が起きて1カ月以上経っていても、どの国もまだ『白の魔法師』を見つけていないことは珍しいことだがな」
嫌味っぽくルークが言うと、前の方に座っているヒューゴなど、数人が反応した。
「何も煽らなくてもいいのに……」
授業が終わると、アイラは次の授業のために先に教室を出ていった。ユーラはロゼと2人で廊下に出ると、ロゼがぼそっと言葉をこぼした。
「どうしたの? ロゼ」
「いや、さっきのルーク先生の話していたことが引っかかってね」
「ん……どこに?」
少し考えてから、ロゼが話し出した。
「ヒューゴがここに来た理由が、『あの光』のためなんだよ。それに他にも同じ目的で、各国からの編入者がいるんだ」
「あら、そうだったの?」
全く興味が無いですといった感じで反応するユーラに、相変わらずだな……と思いつつ、ロゼは説明した。
「ここまで『白の魔法師』が見つからないのは、すでにブランノワールで保護されているからでは無いかと噂されているからね。それを探るために、各国諜報員をブランノワールに派遣しているのだけど、その諜報員がどうしても入られない場所が、ブランノワール学術院なんだよ」
「この学術院に入るには、学長による厳しい審査があるからな。それに、あの学長は特殊な魔術使えるから、諜報員ってこともバレるし、無理だわな」
「えっーー?」
振り向くと、そこにはルークが立っていた。
「だから、各国が王家だったり、貴族の子息をここに編入させているんだろう。姑息な手を使わず、堂々と探してますよって示すために。でもな、そういうことをここで話すのは、いささか油断しすぎじゃないか? ロゼルト・ミンティーヌ」
「………………」
ロゼはルークを睨みつけた。
「お前はここの者だからいいがな、他国で同じようなことをしたら、一発で捕まって牢獄行きだぜ」
「……ご教授ありがとうございます」
そう言い残すと、ロゼが歩き去ってしまった。
ロゼ?
今まで見たことがないロゼの態度に戸惑っていると、ぽんと肩を叩かれた。
「で、ユーラ・アザー。お前の鞄に入っている魔術書はなんだ?」
「は? って、あっ!」
アイラに大きな声で呼ばれた時に、咄嗟に鞄の中に魔術書を入れてしまったらしい。言われなければ、全く気付いていなかった。
「ここのものは、確か持出禁止だよな?」
「はい。すみません、お返しします」
素直にルークの手元に魔術書を渡すと、またじっと見られた。
「これに興味無いって言ってたのは、嘘だよな? 教えてやろうか、エウリュ語」