表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

2 新学期

 相変わらず、乗り心地が良い。

 馬車の程良い揺れに、ユーラはうとうとしかけていた。一方、向かい側に座るロゼは窓の外を眺めている。

 今日は、明日から始まる学術院の新学期に向けて、寮に戻る日であった。いつも通り、ユーラはロゼの家の馬車に乗せてもらって、寮に向かうことになった。

 ロゼには怒られたけど、読みかけの本はたくさん持ってきたから満足だわ。

 二人の生活用品はもちろんのこと、馬車の荷台には、本しか入っていないユーラの大きな木箱も乗っている。出発する際、ユーラの両親は呆れた様子で見送ったのだった。

「そういえば、ユーラ。この前の本はどうだった?」

 ブーゲンビリアの古い魔術書のことを言っているのだと気付いたユーラは、ハッと目を見開いた。

「あれは素晴らしかったわ! もう、解読するのに毎日徹夜だったの」

 目をキラキラさせて話すユーラの、目の下にはその証拠であるくまがある。

「あれはほとんどの部分に『エウリュ語』が使われていて、意味を調べることが楽しすぎたわ!」

 本のこと、特に魔術書のことになると、饒舌に語るユーラを知る者は限られている。その限られた人物であるロゼは、ここ最近落ち込んでいるように見えた彼女に本を持って行って良かったと思った。

 ユーラが言う『エウリュ語』は、失われた言葉とも言われているほどに、この言語を理解できる人は限りなく少ない。そのような稀な存在であるユーラではあるが、学術院で自分の才能を披露することは決してない。

「でもね……」

「ん? 何か気になることでも?」

「あの魔術書は、一番大切な部分が切り取られていたのよね。それも、よく観察しないと分からないような感じで」

 確かあのページは、精霊を召喚する内容だったはずーーーー。

 ユーラは精霊の存在は知っていたが、召喚する方法があることまでは知らなかった。そのため、興味深く読み進めていたが、肝心なところがごっそりと抜けていたのだ。

「もしかすると、あの書物は禁術書のようなものだったのかもしれないな……」

 もしロゼの言う通りであれば、一般の交易で出回るなんてあり得ない事実である。ーーーーなぜなら、禁術書のような類は、その国における機密情報。それが流出したとすると、国が危うくなるからだ。

「まあ、あの書物も魔法騎士団に預けたから、どうするかはあちらで決めるだろうけどね」

「そうね。禁術書庫に保管される前に読めただけ、幸運だったと思うことにするわ。本当にロゼにはいつも感謝してます」

「また何か面白そうなものが手に入ったら、ユーラに渡すな」

 ユーラは満面の笑顔で頷いた。


✳︎✳︎✳︎


「本当に、本ばかり持ってきたのね」

 久しぶりに会った親友ーーアイラは呆れた様子で、ユーラの荷物を運ぶことを手伝っていた。

 寮の門前まで送ってくれた馬車から、ユーラとロゼは荷物を下ろすと、一番重い木箱を玄関まで二人で運んだ。

 寮は東西に分かれており、男性は東棟で、女性は西棟のため、ロゼとは玄関で別れることとなった。

 ちょうど同時間に寮に到着したアイラを見つけると、ユーラはすぐに助けを求めたのだった。

「だって、家の書庫に新しい本が増えていてね、読みきれなかったのよ。だから、こっちに持ってきて、時間の許す限り読みまくろうかと思ったの」

「どうせ、毎日徹夜して、そのまま授業に出るんでしょ?」

 アイラの言う通り。ユーラはそんな3年間を過ごしてきたのである。

 ようやくユーラの部屋に重い木箱を運び終えることができた。

「ありがとう、アイラ。助かりました」

「いいえ、どういたしまして。で、ユーラに残念なお知らせ」

「え?」

「魔術歴史学のドートン先生が中枢区への配属になった関係で、新しい先生が歴史学を教えるみたいよ」

 このアイラからの情報は、ユーラにとって青天の霹靂である。

 いつも学術院図書館でお喋りをしていた、あの、おじいちゃん(ドートン)先生がいなくなるなんて!!!

 ユーラがその場に崩れ落ちる、やっぱりね……と心配そうにアイラはうかがった。


✳︎✳︎✳︎


 魔術歴史学の先生が新しい人になるこも以外に、新学期早々から学術院は落ち着かない様子であった。

 確かに新入生がいるからでもあるが、それ以上に影響を及ぼす新しい学生が増えたのである。ーーーーそれは全て『あの光』があったからである。

「あと一年しかないっていうのに、同級生がこれだけ豪華になると、ロゼも霞んじゃうわね」

 アイラは周りの様子をうかがって、ぼそっと言った。

「いや、俺は元々目立った存在ではないし」

 と、毎年学年首席で進級するロゼが言った。

 学生たちが食堂で各々好きな物を朝食として食べていた。新入生たちは早い時間から授業が入っているため、忙しそうに食事をする横で、ユーラたちはのんびりと紅茶を飲んでいる。

「よく言いますこと。在校生代表で話してきたんでしょ? どこが目立たない存在なのよ」

「それは頼まれたからしたことであって……」

「あ、おはよう! ロゼルト」

 食堂全体に響く元気な挨拶で、会話が遮られた。

 その声の先を見ると、()()()()()()()のひとりであった。

「おはよう。今日も元気がいいな、ヒューゴ」

 ロゼが気さくに挨拶をする姿に、それなりに良好な関係が築けていることがうかがえる。

 ロゼがすぐに仲良くなるなんて、珍しいわね。

「ん? ご友人と食事中だったか?」

「ああ」

 ロゼはユーラとアイラを見た。

「彼はブーゲンビリアからいらした、ヒューゴ・ヴァーミリア。2つ年上だけど、学術院では俺の方が先輩だからって、気軽に話してほしいって言われているんだ」

「初めまして。4年生のアイラ・ローランドです。ロゼとは、学術院に入ってから仲良くさせてもらってます。よろしくお願いします」

「ああ、アイラか。よろしく!」

 アイラと握手をするヒューゴの注目が、ユーラに向いた。

「初めまして。同じく4年生のユーラ・アザーです」

 ユーラが右手を出すと、力強くその手を握られた。

「おおっ! 君がユーラか!」

 えっーーーーなぜ、そんなに興奮するの?


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ