1 『あの光』
この世界には、海と五つの大陸がある。
それぞれの大陸には【赤の国 ブーゲンビリア】【青の国 セレストブルー】【緑の国 ジェードグリーン】【黄の国 ジョンブリアン】と、その四つの国の中心となる【ブランノワール】があり、人々は各々の国で平和な生活を送っている。
しかし、そのような平和な時間も、ある日崩れることとなる。
「「「 カッーーーーーーーー 」」」
目を開けることができないほどの激しい光が世界中を包み込んだのは、一瞬の出来事であった。
この時、世界の多くの者は只事ではないことを感じ、これから何か起きるのではないかという不安に駆られた。
一方、一部の者達はある事を察し、これからしなければならない事、また、これから起きるであろう事態に向け動き出すこととなった。
✳︎✳︎✳︎
「また、ここにいたの?」
話しかけられた人物は、声のする方に顔を向けた。
「こっちに帰ってきてから、毎日毎日、本当に飽きないわね」
「お母様。私としては、好きなことをしているだけよ」
呆れた表情でこちらを見る母親に、笑顔で返事をした。
私はユーラ・アザー。
「ロゼがあなたに会いたいってきたわよ」
「ロゼが? 分かったわ」
読みかけの本の間にお気に入りの栞を挟んでから部屋を出ると、入り口には幼馴染のロゼがいた。
「リーチェ様、ありがとうございます」
「いいのよ。ロゼの頼みであれば構わないわ。ここは限られた者しか入られないから、周りの者にも頼めないですし。それに3日も姿を見せなかった娘も心配でしたからね」
母親であるリーチェの言葉に、3日もここに籠っていたのか……とロゼは呆れた表情を見せた。
娘の生存を確認できたリーチェは「ユーラ、食事の時はきちんと来なさいね」と笑顔で去っていくと、ユーラはロゼと二人きりになった。
「どうしたの? 改まった格好して、仕事に出かける兄様たちみたいだわ」
「ああ、父の手伝いをしてきたからね」
「あら、そうなの? ロゼも忙しいのね」
ロゼルト・ミンティーヌは、私と同じブランノワール学術院の同級生で、将来有望な幼馴染である。ロゼの父親はブランノワール防衛の要となる魔法騎士団の総団長を務めていて、その中の仕事をロゼは時々手伝っている。ちなみに私も自分の目的達成のために何度か手伝いをしたことがある。
「忙しいってことではないけど、世間はいろいろと騒がしいからね。騎士団もそのおかげで人手不足らしくてね」
「騒がしいって、何かあったのかしら?」
「さすが、ユーラだね……」
今世間を騒がせている事態に全く関心の無いユーラに、ロゼは苦笑いした。
「……あー、まさか『あの光』のことかしら?」
「ああ、そうだよ。『あの光』があってから、そろそろ1ヶ月経つというのに、全く見つからないからね」
確かに3日前の夕食の時に兄様たちが話してたような気がする。各国に見つかる前に、早く見つけなければならないとか。
「どの国も『あの光』の加護を受けた『白の魔法師』を探すために、たくさんの人が動員されてるみたいだからね。さっきもブーゲンビリアの捜索隊と思われる人たちと話したけどさ」
「なるほど……。ロゼは街中のそういう人達の情報集めをしてたのね」
「……察しがいいね」
「ええ。ロゼの服装からも、なんとなく察していたけど。だって襟元にそのバッジが付いていれば、国籍なんて関係無しで気楽にお話できるものね」
ユーラの指摘に、ロゼは「よく観てるね」と頭を掻いた。
ロゼの襟元には、世界中を飛び回る貿易商の証であるバッジが付いていた。ユーラはロゼと会ってから、ずっと疑問に思っていたのである。
そして、もう一つ分かっていたことはーー。
「もしかして、何か興味深い本でも見つけたの?」
ロゼがわざわざ来た理由。幼馴染だからこそ理解している事。
ロゼはスーツの内ポケットから、手のひらサイズの少し古い本を取り出した。
「ああ。ユーラが一度は読んでみたいと言っていたブーゲンビリアの古い魔術書だよ」
目の前に出されたボロボロの本ーーユーラにはキラキラ輝く本にしか見えない。
「本来は騎士団にすぐに届かなければならないのだけど……。でも、リーチェ様からは食事はきちんと家族みんなで食べましょうねって言われてるしな……」
「……ロゼ!」
「ちゃんとご飯食べろな」
ぽんっと、ユーラの頭の上に本が乗っけられた。その本を落とすまいと、すぐに頭の上の本を押さえる。
「ありがとう、ロゼ」
「ただし、3日後には寮に戻らなければならないから、その前には返してくれよ」
満面の笑顔で、ユーラは頷いた。
✳︎✳︎✳︎
ユーラは久しぶりに家族団欒の食事に現れた。
「あら、ユーラ。相変わらず勉強熱心ね」
「そういう訳ではないけど、あと少しで寮に戻らなければならないからか、読み貯めみたいな感じです」
「えっ、もうそんな時期? ついこの前帰ってきたばかりじゃない」
「それはイリスが医局に引きこもっていたからだろ?」
「あら、失礼ね。引きこもっていたのではなくて、新しい薬ができかけていたから、仕方がないのよ。そう言うシェイドこそ、1週間もジョンブリアンに出かけていたじゃない」
「それは仕事で父上から頼まれたからであって……」
「ジョンブリアンに行くって分かっていれば、欲しい薬草がたくさんあったのに……」
「内密な仕事なんだから言うわけないだろ!」
アザー家の食卓はいつもこのような感じである。必ず、誰かが話をしてくれる。だから、全く飽きない。
そんな食事の時間を3日も参加しなかったことを、ユーラは改めて後悔する。なぜなら、ロゼと同様、他国の話がたくさん出てくるからである。
「お父様も内緒にしないでくださいよ。私の研究を知っているはずなのに……」
「それは申し訳なかった。だがな、首長からの内密な命令だったため、行くことを伝えられなかったんだよ」
ぷんぷんしているイリス・アザーはこの家の4人兄弟の長女であり、現在医局で研究員として働いている。また、イリスと双子の長男であるシェイド・アザーはブランノワール中枢局で
父の下で働いている。
「首長様も落ち着かないでしょうね。『白の魔法師』が、まだ現れていませんからね」
「そうだな。おかげで、いろいろな所から人使いが荒いと不満続出しているとの報告を受けているよ」
はあと大きく溜息をつく父ーーレイブン・アザーは宰相という立場で、首長の補佐をしている。そのため、食事への参加率は最も低い。
「僕の上司も抗議文を書いてましたよ。見つからないものは見つからないんだって、怒ってました」
「……申し訳ないね」
ちょうどいいタイミングで、次男のキーラ・アザーが父親に愚痴を告げた。
「魔法騎士団にも、そうとう負担かけてるみたいだからね……。あとで、私からも文書を送っておくよ」
「そうしてくださると、上司も落ち着くかと思います」
「それにしても、そんなに見つからないものなのかしらね? 『白の魔法師』って、確かすごい紋章が顔に浮き出ているんでしょ?」
それくらい分かりやすい目印があるにも関わらず、見つからないということが現状らしい。
「どの国も必死に捜しているみたいだけど見つからないって、『あの光』自体、ただの異常天候だったのかもしれませんよ?」
「そう思いたいけど、そうも言ってられないだろ?」
「現状を考えれば、各国のバランスを保つためにはブランノワールで保護した方が、1番いい」
「……どこかの国に見つかったら、戦争が起きかねないわね」
どの国も手に入れたいと願う力ーーそれが『あの光』の加護を受けた者であり、この世界の平和を保つためにも、本当は現れてほしくはなかった存在なのかもしれない。
本当に厄介な存在が現れたってことよね。
「そういえば、ユーラ」
ふいに、レイブンから声をかけられた。
「もう4年生になるだろ? 卒業後のことは考えているかい?」
「えっ、あ……まだです」
「まあ、まだ1年あるからね、しっかり考えて決めるんだよ。だけどね、最終決断する前には必ず相談してね」
いつであっても子どもの意思を大切にする父親である。家柄的にも後継ぎを……と言われる立場であっても、決して変わらない姿勢。
やっぱりお父様にはバレていたのね。
ユーラは普段から好きで書庫にこもっていたが、特にここ最近は学術院を卒業した後のことを気にしすぎて、そのことを考えたくなくて引きこもっていたような感じであった。
仲の良い同級生たちは、たぶん卒業後のことを見据えている。
けれども、ユーラは全く考えることができていなかった。