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07.冷遇側妃のお願い

 

「よろしいのですか?」

「ああ。ただし、期間は専属侍女が見つかるまでとし、庇護のため影をつける。いいな?」

「分かりました」


 使用人に扮する許可が下りて、リナジェインは安堵した。


「では、用も済んだのでこれで失礼いたします」


 長居しても申し訳ないと思い、覚えたての淑女の礼を執り、くるりと背を向けた。そのとき、ドレスのスカートを踏んですっ転んでしまった。――べしんっ、という床に叩きつけられる音が響いた。


「ふぎゃっ」


 咄嗟に顔を上げて振り返ると、ロイゼもシュナも呆れた顔をしていた。リナジェインは恥ずかしくなり、顔を赤くしながら転がるように執務室から逃げた。リナジェインには淑女らしい振る舞いはまだ難しい。



 ◇◇◇



 転がるように執務室を出ていったリナジェインの後ろ姿を眺め、シュナはつい笑いを零した。


「……かなり、可愛いと思わないか?」

「は、はぁぁ!? あ、あの、あの賤民のことをおっしゃっているのですか!?」

「動揺しすぎだ」

「し、失礼しました。つい取り乱してしまいました」


 ロイゼは渋面を浮かべながら、指で片眼鏡を整えている。


 出会ったときは、顔も体も汚れていたが、入浴して清めたら、若々しく艶やかな本来の姿を取り戻した。つり目がちな瞳も、ふっくらとした小さな唇も、小動物を連想させる。警戒心が強く臆病なところも、なんというか愛らしい。


「まことに野良猫を拾ってきた気分だ。ロイゼ、お前には随分懐いているようだったな」


 シュナには酷く怯えているのに、ロイゼにはあけすけで親しみを持っている様子だ。


「あれはとんだじゃじゃ馬ですよ。粗野で生意気な態度に、腹が立ちます」

「そう言うな。なぜそこまで彼女を毛嫌いする? 彼女が賤民だからか?」

「当然です。賤民は我々とは違うのです。本来はあなた様の前に立つことさえ許されない存在なんですから」


 ロイゼのような反応を取るのは、この国ではごく普通のことだ。平民には、良民・常民という地位があり、国民の大多数が当てはまる。そこから外れた少数を賤民という。芸者や巫女などの特定の職業、特定の民族、国や個人の私有民、及び土地に隷属する農奴がこれに当たるのだが、リナジェインはツィゼルト侯爵家が公的に所有する賤民だ。


 賤民という階級が作られたのは、戦や飢饉で貧困の時代だった。そのとき、平民の反乱を防ぎ、自分たちより下の者を見て心の慰めにするための施策として、最下層の賤民という地位ができた。


 政府の狙い通り、平民の不満と鬱憤と矛先は、国の中枢ではなく、卑しい賤民へと向けられた。彼らがどんな不当な扱いを受けてきたかは想像に難くない。


(……彼女の言う通り、悪しき慣わしだ)


 今は国の情勢も落ち着いたのに、賤民蔑視は人々の間に根付いてしまった。


『まかり間違っているのは、使用人の方々ではなく、この社会に根付いた固定観念と制度そのものですから』


 リナジェインは、物怖じせずはっきりとこれを言った。こちらを見つめる目には怒りや憎しみが滲んでいた。


(すっかり嫌われてしまったな)


 出会い頭に剣を向け、強引に婚姻を結んだのだ。それに、シュナが忌まわしき身分階級を作った皇家に属するというだけでも、嫌われるに値する十分な要素だ。


「……どうしたら私にも懐いてくれるだろうか」

「野良猫は、毎日顔を見せたり、餌をやれば簡単に懐きますよ」

「……なるほど。日々の交流と、贈り物か」

「菓子でも用意したらいかがでしょう。庶民は甘味などは滅多に口にできませんから、賤民は尚のこと」


 近く、流行りの菓子でも持って彼女の元を訪れるとしよう。警戒心は少しずつ解いてもらえるよう気長に待とう。シュナは政治や軍事以外には疎く、まして女と親しくなる方法など分からないが、やれるだけやってみるしかない。


「ロイゼ。彼女のことを賤民と呼ぶのは止めろ。側妃だぞ」

「……はい」

「それから……旧皇家の聖女とヴァーグナー家の関わりについて改めて調べろ。リナジェインは、聖女の力を行使できる。彼女は旧皇家と縁があるかもしれない」

「まさか……。あの娘にそのような力が……」

「私がこの目で確かめた。いいか? 他に悟られぬよう、極秘で動け」


 リナジェインの不思議な力と、真朱色の瞳を見たときから、旧皇家の存在がやたらと頭をちらつく。


 既にリナジェインの実家に使者を送っており、挨拶ついでに自分も彼女を連れて赴くつもりなので、両親にも確認するつもりだ。彼女の力が発現した経緯や、両親の出生まで。


 ロイゼは恭しく礼を執った。


「仰せのままに」

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