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32.叶わない恋

 

「無様だな。アージェリア嬢」

「そのお声は……ユリウスですね」

「ああ」


 アージェリアは、罪人になった。近日行われる裁判を控え、拘置所に収容されている。薄暗い牢獄で、鉄格子越しにユリウスがこちらを見下ろす。


「陛下への恋に溺れ、周りまで見えなくなったかい? 聡い君なら、もっと違う生き方があっただろうに」

「ふっ。重度のシスコンのあなたには言われたくないですね」

「はは、まだ反論する元気があるようで安心したよ」

「あの父親の元にいたら、私にあるのは破滅の道だけでした。どの道、自由なんてありません」


 フォンディーノ公爵は、権力と地位だけを愛し、アージェリアのことも道具としか見ていなかった。


 小さなころから、妃になるためだけに厳しい教育を受けて育った。マナーや礼儀作法、ダンス、一般教養から専門的な学術まで徹底的に叩き込まれた。


 家の外で子どもらしく遊んだこともなくて、半ば軟禁されているような状態だった。そんな環境で、人間が健全に育つはずがなかった。


「お前はやりすぎた。もう二度と社交の場に出ることも、これまでのような豊かな生活を送ることもできないだろう」

「そのような分かりきったことを言うために来たのですか。随分と性格が悪いのですね」

「ふ。それはお互い様さ」

「リナジェインを捕らえていたタウンハウスの場所を陛下に言ったのは、あなたですね? おかげで計画が台無しですよ」


 父はユリウスを重用し、リナジェインの監視役を与えていた。しかしユリウスは、父に従うフリをして、裏切る機会を虎視眈々と狙っていたのだ。


「哀れだな。お前がそこまで歪んでしまったのは、あの父親のせいか」

「ふふ、あなたに同情されるとは、私も落ちたものですね。哀れというのなら、あなたの方では?」


 ふっと鼻で笑い、挑発するように唇の端を上げる。


「幼いころから守り続けてきた想い人を、呆気なく奪われてしまったのですから。さぞかし惨めでしょうね」


 ユリウスが彼女のことを想う気持ちは並々ならないものだった。彼も、アージェリアと同じで叶わない恋をした者だ。

 どんな顔をするかと思って見上げてみたが、彼は穏やかに微笑んでいた。


「いいや。俺は彼女に沢山のものを与えてもらった。それだけで十分なんだ。アージェリア嬢。お前とは違う」

「世迷い言を」

「馬鹿馬鹿しいと思うなら、それでいい。ただ、好きな人が幸せならそれが俺の幸せなんだ。お前にもきっといつか分かる」


 アージェリアには理解し難い心だった。欲しいものは、人でも物でも地位でも、どんな手を尽くしても手に入れたいと思う。


 結局は自分も、あの父親の血を継いでいるのだ。


「くだらない話はもう聞きたくありません。それで、何をお知りになりたいの?」


 彼もこんなつまらない話をするために、ここまで来た訳ではないだろう。

 

「フォンディーノ公爵家の娘が皇家に嫁ぐことを取り決めた契約書がどこにあるか教えろ。俺が破り捨てる」

「破り捨てる……? ははっ、面白い。あの契約書は普通の契約書ではありません。聖女の生き血を使って呪術的に結んだ契り。紙を破ったらあなた、障りを受けて死んでしまいますよ」

「構わない」


 つくづく奇特な男だ。妹のために障りを受けて死ぬこともいとわないというのか。妹のためだけではない。これから契約によって苦しむかもしれない未来の聖女たちを解放したいのだろう。とはいっても、フォンディーノ公爵家は失墜したので、あの契約書にほとんど意味なんてないが。旧皇家の再興も、もはや夢のまた夢だ。


「馬鹿な人ですね。冗談ですよ」

「は……?」

「からかっただけです」

「つくづく性悪な女だね」

「――西の街ロフノプの別荘に行きなさい。父が避暑地にしていた場所です。地下の金庫に契約書は保管されています」

「……」

「用が済んだならさっさと出ていってください。私はもう疲れましたので」


 彼は「ありがとう」と言って踵を返した。

 後ろ姿を眺めながら、自嘲気味に笑いを零す。


 こうなることなら、契約書を破り捨ててしまえばよかったのかもしれない。父親は権力に、自分はひとりの男に心酔し、あの紙切れに執着してきた。あの契約書さえなければ、自分たち親子もここまでおかしくはならなかったのかもしれない。


 これでようやく、長きに渡る旧皇家レジスニア家と、新皇家ヴァーグナー家の因縁も断ち消えるだろう。




(曲がりなりにも、お慕いしておりました。どうか、お幸せに……)


「……シュナ様」


 小さな呟きは、誰もいない暗闇に溶けて消えた。

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