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24.信用の証

 

 宝石商が宮殿に来た数日後。

 リナジェインの部屋に、大きな包みが届いた。包みを開くと、精巧な装飾が施されたジュエリーボックスが現れた。三段の引き出しになってきて、リングホルダーやネックレスを掛ける仕切りがあり、ぎっしりと輝く宝飾品が収納されている。これらは全て、シュナからの贈り物だ。


 宝石の眩しさに、思わず目を眇めた。リナジェインのような素人にも、この宝石が"本物"であることは分かる。そのくらい煌びやかに輝いていて美しい。すると、箱の中を横で見ていたジニーが目を輝かせた。


「どれも綺麗ですね……!」


 おおよそ、ロイゼから宝石商との一悶着を聞いて、宝石を買えなかったリナジェインに気を回してくれたのだろう。こんなに沢山の宝飾品を、自分などが受け取っていいのだろうか。長年の暮らしで染み付いた貧乏性のせいで、高価な代物を受け取るのがはばかられる。


「こんな高価そうなもの、私に不相応なんじゃ……」

「そんなことありません! きっとお似合いになりますよ。早速今日のお召し物に合わせて選びましょうよ」


 ジニーは少女らしくはしゃぎながら、ネックレスを手に取って、リナジェインの首元に次々とかざしていく。リナジェインは彼女の手を押し離して首を横に振った。


「やっぱりこれ、陛下にお返ししてくる。いくらなんでも、私の身には余る贅沢品だもの」


 すると、ヴィクトリアが苦言を呈した。


「せっかくの贈り物を返却するのは、好意を無下にするのと同義ではありませんこと?」




 注意を受けてもやはり納得できず、ジュエリーボックスを持って執務室へ行った。


「陛下……。私、このような贅沢品を受け取ることはできません」

「要らないなら、川にでも捨てろ」


 つまり、「受け取らない」という選択肢はないということだ。上品なジュエリーボックスを抱えながら、所在なさげに突っ立っていると、彼が言った。


「気に入らなかったか?」

「い、いえ! 凄く素敵だと、思います。でも、とても高価なのでしょう?」

「余計な気を遣わなくともよい。それとも私には、宝石を買う程度の甲斐性もないと?」


 シュナはこの国の皇帝。言ってみれば、超がつく大金持ちだ。


「ただ、お前を喜ばせたかっただけだ。私は女人に何をしたら喜ばせられるか分からないが、分からないなりに考えてみたつもりだ。しかし、物を贈ったのは失敗だったか」


 宝石のひとつも買えないリナジェインを哀れんだのかと思っていたので、「喜ばせたかった」という彼の真意が意外だった。ならば、ヴィクトリアの言う通り、これ以上拒否するのは無粋だろう。


「そんなことありません。こんなに沢山のプレゼントをいただいたのは初めてで、恐縮してしまったんです」

「ならば、私の沽券を守るためにも受け取ってくれ」

「はい。ありがとうございます。大切にしますね」


 すると、シュナに「近くに寄れ」と手招きされる。ジュエリーボックスを落とさないように慎重に歩いて、それを執務机に置いた。彼は引き出しの一番上を引いて、ネックレスを眺めながら手を顎に添えて思案し、その中のひとつを手に取る。


「後ろを向け。着けてやる」

「わっ、私が自分でやれます。さすがに陛下にそこまでしていただく訳には――」

「黙ってそっちを向いていろ。命令だ」

「……はいぃ」


 大人しく従い、彼に背を向ける。どきどきしながら身構えていると、ひんやりとした金属が首筋に触れた。金具を留めるために指が肌に触れてこそばゆい。


「ひゃっ」

「…………」


 変な声が出てしまった。顔を真っ赤にして顔を覆い「ごめんなさい」と詫びる。彼は黙って手を動かし続けたが、リナジェインは我慢できなくなって身じろいだ。


「くすぐったいですっ、陛下!」

「お、おいそう動くな。手元が狂う」


 一度意識してしまってからは、感覚が敏感になってくすぐったくて仕方がなくなった。リナジェインが体をくねらせるせいで、金具が一向に留まらない。


「わっ、あははっ、やだ、くすぐったいです……っ。一旦離して――」


 強引に彼の手を振り払うと、ネックレスが床に落ちた。シュナの方を振り向くと、あと少しで顔のどこかが触れてしまいそうな距離に彼の顔があった。彼の形の良い眉が寄せられる。


「全く、世話が焼ける」


 薄い唇が扇の弧を描いたのを見た瞬間、心臓が高鳴った。訳も分からないまま、脈動が加速していく。目を逸らして顔を紅潮させてきるリナジェインをよそに、シュナは落ちたネックレスを拾い上げて、今度は正面から後ろに手を回してさっと金具を留めた。


(やだ……胸、どきどきして苦しい)


 さっきよりももっと近くに顔が近づいて、もう胸がいっぱいいっぱいになった。


「似合うな」


 ひと言そう言って口角を上げたシュナ。

 リナジェインは確信した。この胸の高鳴りは、彼を異性として意識しているからだと。それが、兄やロイゼに対する気持ちとの決定的な違いなのだと。

 藍色の美しい瞳と視線がかち合い、過剰にびっくりして目を伏せる。


「なぜ目を合わせようとしない?」

「別に、なんでもありません……」


 彼が顔を覗き込んでくるので、また反対側に目を逸らす。


「また知らぬ内に、恐がらせてしまったか」


 申し訳なさそうに肩を竦めたシュナを見て、慌てて弁解する。


「違います! そうじゃなくて、ただ……」

「ただ?」

「陛下が格好よくて……恥ずかしいんです」


 口に出したらいっそう恥ずかしくなり、両手で顔を覆った。ぷしゅうと顔から湯気が出る。

 一方、シュナは藍色の瞳を見開いた。そして、ふっと笑みを零す。


「少しは私のことを意識してくれているということか」


 魔性の微笑みに、胸を射抜かれ、一歩後ろに下がる。シュナはどこか楽しそうにこちらに詰め寄り、顔を覗いてきた。


 初めて出会った夜を彷彿とさせる、口付けでもするような仕草に、どきどきしながらもぎゅっと目を閉じた。しかし、予想していたような感触はなく、代わりに右耳に金属が触れた。


「――それもお前にやる」


 耳たぶに手を伸ばして確認すると、長いチェーンの耳飾りが着いていた。ジュエリーボックスの蓋に付いている丸い鏡で確かめると、シュナがいつも身につけている耳飾りの片割れだった。エメラルドの石が幾つか連なる女物の耳飾りが、揺れている。そして、もう片方はシュナの左耳に――。


 同じピアスを片方ずつ分け合うなんて、まるで仲のいい恋人のようだ。


「金具は新しい物に替えてある」

「この耳飾り、いつも着けていらっしゃいますよね。大切なものなのではありませんか?」

「――母の形見だ」

「!」


 出会ったときから、シュナの耳にはこの耳飾りが輝いていた。きっと思い入れのあるものなのだろうと思っていたが、まさか母親の形見だったとは。


「そ、そんな大切なものを、どうして私に……」


 母親の形見である上に、男女で片方ずつ耳飾りを着けるのは、"愛の証"という意味合いがある。


 それに、金具を新しい物に替えていたということは、前々からリナジェインに譲るつもりでいたのだろう。


「自分でもよく分からない。ただお前に、私の最も大切な物を与えたいと思った。そして、私はお前を害することはないという信用の証を示したかった」

「信用の――証」

「ああ。私は、お前に心を許されたいと思っている。出会ったときから、お前のことが放っておけないんだ。お前を見ているとなぜか心が揺さぶられる。私はお前を……気に入っているのだと思う」


 リナジェインは思った。シュナ本人も分かっていない気持ちの正体は、「興味」や「お気に入り」というより、もっと適切に表現できる言葉があるだろう……と。


(それは――"愛情"ではありませんか。陛下)


 とても、口にはできなかった。

 たとえ正解だったとしても、一年経ったら契約は終わり、赤の他人になるのだ。しかし、宮殿で苦労ばかりしてきたのに、彼と離れがたく思ってしまうのは、どうしてだろう。


(私も、きっと……)


 リナジェインは心の奥に芽生えた淡い気持ちに、そっと蓋をした。自分には華やかな場所は合わない。


 この国の太陽である皇帝の隣に相応しいのは、賎しい自分ではないのだと。

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