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20.悲しい境遇

 

 リナジェインの両親に会い、宮殿に帰ってからというもの、シュナはあることに頭を悩ませていた。


「側妃殿下の本当の生家――フォンディーノ公爵家のこと、ご本人に隠されるおつもりですか?」


 ロイゼに問われ、沈黙する。旧皇族レジスニア家の末裔であるフォンディーノ公爵家。新皇家はレジスニア家を生かす代わりに、聖女を妃として差し出す密約を裏で交わしていた。リナジェインは、実の親は自分を守るために賤民の夫婦に預けたと思っているだろうが、シュナの推測は違う。


 リナジェインの実家に控えていた傭兵を宮殿に連れ帰ったのだが、彼らは「リナジェインを連れ帰れ。場合によっては殺してもよい」とフォンディーノ公爵に命じられていたそうだ。実の娘に対し、非道なやり方だ。


「考えあぐねている。真実を伝えることが、彼女のためなのか」


 フォンディーノ公爵家は、名付けもせずに赤子だったリナジェインを捨てた。その訳は、もう一人の娘であり、リナジェインの双子の妹アージェリアを正妃にして、その子を皇帝にするため。かつて交わした密約では、聖女が生まれなかった場合も、皇帝一代につき一人、妃を差し出すことが取り決められていた。聖女とヴァーグナー家の者の間に、子どもは授からない。だから、聖女の力を有さないアージェリアの方を妃に据えて子どもを産ませたかったのだ。全て、外戚権力のために。


 アージェリアは社交界でも評判が良く、これまで皇妃の最有力候補だった。シュナの父である先代皇帝も彼女を推薦していたが、シュナ自身がそれを認めなかった。アージェリアには、国母に相応しい資質があると思えなかったからだ。


 リナジェインは、公爵家にとって道具にしか過ぎなかった。他に存在を知られないため、社会から隔絶された場所まで追いやられて生きてきたのだ。


「ここで陛下が口を噤んでも、いずれ分かることでしょう」

「せめてもの救いは、育ての両親が善人であったことだな」

「……はい。では、兄上の方は、いつ再会の機会を設けられるおつもりですか」

「できるだけ近日にする予定だ」


 すでに、兄は見当がついている。リナジェインは"ユーフィス"と呼んでいたが、彼女が敬愛する兄の本当の名前は、ユリウス・ツィゼルト。リナジェインが暮らしていた地方の領主ツィゼルト侯爵の次男であり、新当主だ。ツィゼルト侯爵はフォンディーノ公爵家がレジスニアの姓だった時代に恩があり、代々忠臣として仕えてきた。ユリウスは庶子であり、次男だったため家督を継ぐ権利はなかったが、最近不慮の事故で当主と長男が共に急逝してしまったため、爵位や財産を継ぐことになった。


 リナジェインの兄が行方不明になった時期は、ツィゼルト侯爵と長子が亡くなった事故の時期と一致している。恐らくユリウスは、家族の葬儀や家督の引き継ぎで、やむを得ず家を無断で出たのだろう。また、ユリウスは度々フォンディーノ公爵家に出入りしていたと聞いている。恐らく、田舎に預けられたリナジェインのことを彼が一任されていたのではないか。


 ユリウスはリナジェインが話していた顔や身長といった身体的特徴から人柄まで、そっくり酷似している。銀髪碧眼で眉目秀麗、紳士的で誰からも好かれ、社交界では"華の貴公子"などともてはやされている。


 そして彼は、シュナの数少ない友のひとりだった。学院で共に学び、剣の手合わせも何度もした。シュナは皇位を継ぐとき、彼を側近に登用しようと誘ったが、彼は頑なに拒んだ。その理由が、田舎の妹の元に通うためだったというなら納得できる。


「まさか、"華の貴公子"と名高いユリウス様が、あのじゃじゃ馬……ではなく、妃殿下の兄上だとは思いませんでした。あれだけ恋しがっていたのですから、さぞお喜びになることでしょう」

「そうだな」

「ユリウス様は妙齢になっても結婚をされていませんが、もしやあの娘に肩入れしていらっしゃるからでしょうか」

「……さぁ、どうだろうな」


 もし彼に好意があったとして、リナジェインはそれを受け入れるのだろうか。あれほど慕っているのだ。兄を想う心が、恋心に変わってもおかしくはない。


(また、心がざわつく)


 リナジェインのことを、少しでも早く兄に会わせてやりたいと思うのに、なかなか本人に兄と思しき人物を見つけたと話せていない。ただでさえ彼女は、シュナのことはほとんど目に入らず、口を開けば兄の話ばかりする。「全男性の中で最も素敵な人」「世界で一番大好きな人」などと最上の愛情を口にするのだ。その度、なぜか胸が締め付けられる。


(一体私は、彼女に何を望んでいるのだ?)


 あのような若い娘一人に惑わされるとは、『氷の皇帝』と言われた自分も焼きが回ったか。無性に彼女のことばかり気にしてしまうのは、どうしてだろう。


「……彼女が兄を慕う心は、世間一般的なものなのか?」

「まさか。一般的ではありませんよ。殿下は重度のブラコンですよ。あれは完全に」


 彼女は、兄のためなら自分はどうなってもいいのだと、最初に出会ったとき宮殿の衛兵に言っていた。シュナにとって、ユリウスの存在がとてつもない脅威に感じた。リナジェインに想われて――羨ましいと思うのだ。

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