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16.結婚の挨拶

 

 数日後、リナジェインはシュナと護衛たちと共に、都市から離れたツィゼルト侯爵領に向かった。リナジェイン一家は、侯爵家の私有する賤民で、農地で労働させられてきた。


 リナジェインを皇都に送るときに両親は、消息を絶った兄のことを心配していた。突然家族ではないと突き放されたが、とにもかくにも、会って真相を確かめなくては。


 一分一秒を長く感じながら、移りゆく馬車の景色を眺めていた。


「あのぅ……陛下」

「なんだ」

「……なぜ私たちが同じ馬車なのでしょうか」


 しかも、向かいではなく隣に座っている。少し前に「陛下を避けません!」と言ってしまった手前、拒否することもできなかったが、気まずい。


「夫婦が同車することになんの疑問がある?」

()()夫婦じゃないですか。陛下だってほら! ロイゼさんとか、親しみのある近衛騎士様と一緒の方が気楽なのでは?」

「何を言う」


 シュナはあろうことか、リナジェインの肩に頭を乗せて甘く囁いた。


「私は、お前の傍が一番気が休まる」

「ひぇぇ!?」

「驚きすぎだ」


 目をまん丸に見開いて硬直した。

 冗談がすぎる。……というか、この人はこんな口説き文句みたいなことを言うキャラだっただろうか。

 しかし、不覚にもリナジェインの鼓動は早くなった。


「今日までずっと、気が沈んでいるようだったから、目の届く場所に置きたかっただけだ。離れていては何もしてやれないだろう」


 そこで、道中の出来事を回想した。馬車での移動はこれが三日目だが、シュナは何かとリナジェインを気にかけてくれた。


 体調はどうかと数分に一度は問われ、しまいには「肩を揉もうか」と提案される始末。この国最恐の肩揉みは丁重にお断りしたが、あまりに至れり尽くせりで、逆に気が休まらなかった。


(でも……私のこと、心配してくれてたんだ)


 両親や自分の生い立ちのこと、兄のことが気になって、ずっと気分が沈んでいた。しかし、シュナが近くにいると、その間はシュナに気が向いて、悩みを少し忘れられていた。


「何もしてくださらなくても、陛下がいてくれるだけで……気が紛れるみたいです」

「それは良かった。お前が望むなら、膝でも肩でも貸してやる」

「ふふ、それは甘やかしすぎでは」


 皇帝の膝枕は、気が休まるどころか精神を摩耗しそうだ。――なんて思いつつ、頬を緩ませると、シュナも口角を上げた。


「お前はやはり、笑っている方がいい」


 そう言って彼が、リナジェインの緩んだ口元を指先でつついた。

 シュナの方こそ、たまに見せる笑顔は魅力的だと思う。……が、それを伝えることはできなかった。


「あまり思い詰めるな。お前の両親は、お前を見捨てた訳ではない。何か事情があるはずだ」

「……大事な家族だと思っていた人たちに突然他人だと言われて、びっくりしています。今まで過ごしてきた日々は一体なんだったんだろうって」


 もしも両親が、誰かに押し付けられて義務でリナジェインを預かっていただけだとしたら。兄がいなくなり、両親にも見放されたとしたら、自分の居場所はどこにあるのだろうと思ってしまった。


 自分が信じてきたものが、一瞬にして崩れ落ちてしまったようで怖かった。


「少なくとも、お前への両親の愛情は本物だ。――お前を見ていれば分かる。愛情を受けて育ったのだと」

「……!」


 思わず、目頭が熱くなった。力強く頷きながら、震える声で「はい」と答えた。


「ありがとうございます。陛下のお言葉で、ちょっとだけ安心しました」

「なら少し休め。この二日、まともに寝ていないだろう。ほら――」

「へっ……」


 シュナはリナジェインの頭を寄せて、肩にもたれさせた。微かに麝香の香りが服からした。


 いつもなら全力で拒むだろうが、今はなんとなくシュナの好意に甘えてみたくなった。どきどきしながらそっと目を閉じる。


「で、では……お言葉に、甘え――て……」


 疲れが溜まっていたのと、彼の励ましに安心したのとで、リナジェインはすぐに意識を手放した。すやすやと眠るリナジェインの髪に、シュナが指を通す。その優しい手つきを、まどろみの向こうに感じたのだった。



 ◇◇◇



 仮眠を取っている間、夢を見た。


「お帰り、兄さん」

「ただいま。ほら、今日のお土産」


 玄関先で、奉公先から帰ったユーフィスを出迎える。貴族の家でほとんど住み込みで働いている彼は、週末になると実家に帰ってくる。


 有能で社交的なユーフィスは、屋敷でも人気があるとか。リナジェインは、差し出された紙袋を覗いた。


「奉公先で奥さんにいただいたんだ。リソルというお菓子らしい」

「へえ……ありがとう。奥様にもお伝えして」

「分かったよ」


 紙袋の中には、三角型になった揚げ菓子に粉糖をまぶしたものが入っている。


 リナジェインは、ユーフィスの胸元に顔を寄せてくんくんと匂いを嗅いだ。


「なんだい?」

「香水の匂いがする。ひょっとして兄さん、恋人でもできた?」


 小指を立ててからかうと、ユーフィスは苦笑した。


「違う違う、奥さんがお香を炊いていただけ」

「なんだ、つまんないの」


 ユーフィスは眉目秀麗で、聡明。優しくて思い遣りもあり、こんなに素敵な人はいない。なのに、今まで一度も浮いた話がなかった。職場が大きな貴族家なので、出会いも多いはずだが。


 大好きな兄には、素敵な人と出会い幸せになってほしいと思う。兄が他人に取られるのは、少しだけ寂しいのが妹心だが。


「なら早く、お前が結婚をして、俺を安心させてくれないとね」

「無茶よ、私の周りは皆五十過ぎの既婚者ばっかりだもん」


 この片田舎の農地にいるのは、汗臭い中年から初老の男ばかりだ。近ごろは都会に移り住む者が多く、辺鄙な田舎は過疎高齢化が進んでいる。


「兄さんは、これからも私を甘やかしてくれないとね?」


 ユーフィスは、「開き直るな」と言って指でリナジェインの額を弾いた。


「全く、世話の焼ける妹を持つと大変だよ」


 呆れたように言うユーフィスだが、彼は世話好きで、妹のことが可愛くて仕方がないのだ。リナジェインがそれを一番よく知っている。


「最近ね、近所の方によく言われるの。あんなに素敵なお兄さんがいたら、目が肥えてなかなか結婚できないでしょうって」

「はは、確かに。俺くらいの美男子は早々お目にかかれないよ」

「まぁ。そういうところがモテないのよ兄さんは。人間は顔じゃなくてハートだよ」


 口では悪態をついたが、兄は外面も内面も優れている。リナジェインからしたら、自分が知る男の中で最も素敵で優れている。もしかしたら、自分は親バカならぬ妹バカなのかもしれない。


 兄のことが、大好きだった。

 同じ年頃の人が周りにいない中で、兄が唯一の遊び相手で、話し相手で、理解者だった。大好きな兄と、いつまでも一緒に笑っていたいと思っていた。


(兄さん……どこにいるの? 会いたいよ)

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