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15.最恐の膝枕

 

 膝を貸すくらい容易いことだが、相手が皇帝となると恐れ多すぎる。しかし、これは約束を破ってしまった罰。しばらく悩んだ末、リナジェインは苦虫を噛み潰したような顔で言った。


「……どうぞ、お好きなだけ」

「ああ。なかなか寝心地がいいぞ」

「はは……光栄でございます、本当に。はは」


 頬を引き攣らせながら、乾いた笑みを浮かべる。

 少しでも身動きを取って枕役の職務怠慢をしたら、今度こそ釜茹での刑かもしれない。萎縮していると、シュナがこちらを見上げた。藍色の瞳が陽光に照らされて、透き通るように美しい。爽やかな風が黒髪を微かに揺らしている。


「――私が怖いか?」


 出会い頭に剣を向けられ、結婚しろと脅されたのだ。最悪の出会いがリナジェインの心の深くに恐怖心を刻み込んだ。それに、彼に強引なところがあるのは事実だ。


「当たり前だな。出会いの夜、酷い恐怖を味わせたのだから。恐れるなという方が勝手だ」


 けれど、恐ろしいだけではない。初めて会ったときも、あのような形で求婚してきたのは、満身創痍で心に余裕がなかったからだ。無作為で妃を選んだのが何よりもの証拠。


 彼が下々の民まで心にかける慈愛の精神を持つ皇帝であることは、リナジェインも知っている。

 また、側近のロイゼの話では、最近シュナはリナジェインの兄を探すために、政務を終えても夜遅くまで報告書に目を通しているとか。それに彼は、忙しい中でも時折リナジェインに会いに来て、お飾りの妃なのに何かと気にかけてくれている。


「だが、あまり私を避けないでくれ。名誉挽回の機会を与えてくれないか?」

「……どうして、そのようなことをおっしゃるのですか」

「言ったはずだ。私はお前に興味があると。逃げられてばかりでは、一向にお前を知ることができん」


 寂しげな表情に、なぜか心が揺さぶられる。恐れている相手なのに、彼の願いを拒むことができない。


「分かり……ました。もう、陛下のことを避けたりはしません」

「そうか。ありがとう」


 嬉しそうに微笑むシュナに、なぜか胸がざわめく。


(私……絆されかけてる。この方に)


 自分が抱いている感情がよく分からなくて、戸惑いを覚えた。怖いはずなのに、心のどこかで彼を頼りにしていたり、こうして話していると安らいだりしている。


「私……陛下のことがよく分かりません。怖い人なのか、優しい人なのか」

「分からないのはお前の方だ。臆病かと思えば、強気な一面を見せたりする。全く掴めない」


 複雑そうな彼の表情を見て、彼も自分と同じことを考えているのだと小さく笑った。


「何がおかしい?」

「いえ、私と同じだなって思ったんです」


 きっと、知りたいと思うからこそ、分からなくなるのだろう。

 理解したいと思うからこそ、新しい一面を見る度、戸惑ってしまうのだ。すると、シュナの眼差しが鋭さを帯びた。


「――お前は、何者だ? リナジェイン」

「え……」

「お前に言われた実家の住所に使者を送った。だが、お前の両親は『子どもはいない』と答えたそうだ。なぜ出生を偽り、私を欺いた?」

「そ、そんなはずありません! お伝えしたのは確かに実家の住所でした。だって、話したじゃないですか。私の両親の名前はリナとジェインで、娘に自分たちの名前を付けてしまう酔狂な人たちだって」


 リナジェインの名前の由来を話したとき、シュナも「その親にして子ありだな」と笑っていた。そんな突拍子もない嘘をつくはずがない。


「ああ、確かにあの家の居住者はその名前の夫妻だった。だが、お前とは無関係だと断言していたそうだ」

「どうして……」


 意味が分からず、頭が混乱していく。


「嘘はついていないようだな」

「はい。決して」

「もう一つ、お前の家を調べて分かったことがある」

「なん……ですか?」


 彼が話すのを躊躇しているので、おおよそいい話ではないのだろう。リナジェインがどきどきしながら待っていると、恐ろしい事実が語られた。


「お前の兄、ユーフィスは戸籍に存在していない。そしてお前もだ。お前の両親は長らく侯爵家の私有する賤民として、夫婦のみで生活していることになっている。名実共にな」

「そんな……」


 言っていることが理解できなかった。リナジェインたちはずっと家族として、慎ましくも幸せに暮らしてきたはずだ。それが、本当の家族でなかったと言われても信じられない。両親が、リナジェインのことを他人だとシラを切ったことも。


「両親がこのような嘘をつき、お前の正体を隠そうとしたということは、つまり――」

「……」

「お前はただの賤民ではなく、皇帝に知られてはならない存在ということだ」


 リナジェインは狼狽して、目を泳がせた。


「俺はこう考えている。お前は滅んだ旧皇家、レジスニア家と関係があるのではないかと」


 この聖女の力が、偶然発現したのではなく、その力で国を支えてきたレジスニア家の血統によるものだとしたら。皇帝に正体を知られたら、新たな反乱の因子と見なされて排除されるかもしれない。だから、聖女を隠さなければならなかったのだ。

 しかし、仮に自分がもし、滅ぼしたはずのレジスニア家の生き残りなのだとしたら――。


(そのときは、本当にこの人に殺されるかもしれない)


 新皇家ヴァーグナー家にとって、リナジェインは政敵となりうる。

 すると、シュナの手が伸びて、リナジェインの真朱色の目元を撫でた。


「とはいえ、私はお前を傷つけたりはしない。お前を利用し害そうとする者も、私が斬る」


(斬っちゃうの!?)


 さすがは『氷の皇帝』だ。容赦がない。


「……ご自分の首を締めることになるかもしれないのに、ですか?」

「ああ。お前は聖女である前に、私の妃だ」


 妃とはいっても、ただのお飾り側妃だ。彼にリナジェインを守る義務はないのに。それでも、味方でいようとしてくれるのか。


「そう狼狽えるな。まずは直接両親の元へ行こう。会えば気付くこともあるだろう」

「陛下も、一緒に行ってくださいますか?」

「無論。夫として、義理の両親に挨拶に行くのは当然だろう」


 しかし、もしリナジェインの血筋が特別なものだったとしても、なぜ両親がリナジェインの身を預かっていたのか。どういう経緯があったのか。謎は深まるばかりだ。


 それに、兄ユーフィスも両親の実子ではないなら、一体何者だというのだろう。もしかしたら彼も――血の繋がった兄ではないのかもしれない。

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