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アッシュとお絵描きの魔女  作者: 悪村押忍花
第一章 灰色の助手
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#4 四次元ランドセル

「入れ」


 魔女の透明感ある声色がアトリエに響く。

 ガチャリと扉が開かれると、その隙間からササッと素早く黒い物体が部屋に這入ってくる。

 それに随伴するようにあとからひとりの人物が現れた。


 その人物は指の1本1本までが色どり鮮やかで、それぞれのパーツごとにカラフルに色分けされている内臓が丸見えの――人体模型だった。顔の半分は皮膚に覆われておらず赤裸々な表情筋がはだけており血管は縦横無尽にうねっている。ピンク色の脳味噌も綺麗に左脳だけが露出していた。

 手には行儀よくトレイを持ち、紅茶セットとお菓子が整然と載せられている。


「こんにちは」


 魔女は気軽に挨拶する。


「ちょうど小腹が減っておったのだ。さすがは世界一空気の読める人なのだ」


 言って、魔女は流れるような動作で釣り竿のような玩具を脇から取り出す。竿の先にはふわふわの餌が付いている。

 すると黒い物体がすり寄ってきた。

 その和毛の動物は七色七叉の尻尾を振って「にゃー」と鳴く。


「この黒猫はニジーという名前なのだ。どうだ、ソナタも触ってみんか? モフモフして気持ちよいと思うぞ?」


 いや、その前にとんでもなく異彩を放つ人間……? が、この空間に侵入しているのだけど……。

 アッシュは冷や汗を掻いた。

 率直に思いつく言葉は人間もどき。

 ヴァンパイアの僕がいうのもなんだけど。


「……魔女、そちらの一風変わったお方は?」


 耐えかねて、アッシュは手のひらを差し向けて丁寧に尋ねた。


「あー紹介が遅れたな。こちらはウィトルウィウス的人体模型――通称、模型くん」


 妾の親愛なる友人だ。

 と、魔女は自慢げに紹介した。


「炊事・洗濯・掃除・採血。熟練された技術は妾のお墨付きなのだ」

「はあ」

「ちなみにこの屋敷の使用人を殺傷したソナタのせいで、彼は今てんてこ舞いの就労に追われておるのだぞ。謝っておくとよい」

「はあ……なんか、本当にごめんなさい」


 魔女に促されるがままアッシュは謝罪した。

 模型くんと呼ばれた一糸も纏わないカラフルな変態紳士は、たいして気にも留めていない様子で優雅に紅茶を注ぐ。黄色と緑色の裸眼でアッシュを一瞥してからニカッと笑った。歯の1本1本に至るまでが色とりどりである。


「…………」


 アッシュは開いた口が塞がらなかった。

 そんなふうに緊張するアッシュを見かねて、魔女は絵筆を置いてから丸テーブル上の革製のポーチを手に取る。中から1本の灰色の喫煙パイプをアッシュに差し出した。


「ソナタも一服やらんか?」


 それは形こそ喫煙パイプである。

 しかし言っちゃ悪いが配管に使用されていそうな灰色のパイプだった。

 しかも火口から出るのは透明な玉だ。


「お絵描きの魔女はシャボン玉が好きなのか?」


 パイプでシャボン玉を吹くなんて気取った趣味をしている。


「妾もシャボン玉を吹きたくて吹いとるわけではない。いわゆる姑息療法こそくりょうほうなのだ」


 魔女は昔話を語る。


「そもそも見た目の問題など魔女には関係ないのだよ。この姿になる以前は、妾も毎日パイプをプカプカ吸っておったのだ」

「以前?」

「うむ。むかしむかし、妾はとある魔法使いに厄介な呪いの魔法をかけられてな。それ以降、妾の魂は煉獄れんごくに幽閉されて使う魔法には制限の鍵がかけられた。見映えもこの通り、幼くなってしもうたのだよ」

「あの途轍もない力でまだ制限付きなのか……」


 アッシュは戦慄した。


「今のご時世、コンプライアンスが非常に厳しくてな。この姿のままではおちおち喫煙もできんのだ。人間はかくも見た目に囚われ過ぎる」


 現在、絶賛禁煙中らしい魔女はそう言い訳した。


「いいからとっととソナタも吸え。毎晩、ソナタは人間の生き血をチュウチュウ吸っておるのだろう。それに比べたらシャボンを吸うことなどママのおっぱいを吸うがごとしなのだよ」


 どうやら、魔女はシャボン玉を「吹く」ことを「吸う」と言っているらしい。

 喫煙に未練たらたらである。


「ほれ」


 と、魔女から勧められるままにアッシュは灰色の喫煙パイプを受け取った。

 ためつすがめつしてからしずしずと口に咥える。

 食物以外を唇で挟む感覚はどことなくくすぐったかった。


「んぅ」


 魔女は口を尖らせて透明の灰皿を指す。

 中には透明なシャボン液が波打っている。

 おそらく「そこにパイプの火口を浸けろ」と言っているらしい。

 しかし、なおもまごつくアッシュに、


「ひょうがにゃいのだよ」


 と、魔女はお手本を見せる。

 灰色のパイプを灰皿のシャボン液にちょんちょんと浸けた。

 本来パイプの灰を落とす要領で真逆のことをやってのけている。

 魔女のお人形のような滑らかな肌と宝石のような蠱惑こわくの瞳。

 そして、柔らかそうに湿った小さな唇から息が吐き出されると、プクプクと太陽光を乱反射する球体が生まれて飛んだ。

 アッシュも見習って透明な灰皿にパイプをちょんちょんと浸ける。


「ひょうひょう。ゆっきゅり、息を吐きだしゅのだ」


 魔女に言われたとおりにアッシュは息を吐き出そうとした、次の瞬間――

 喉が灼けた。


「ゴッホ! ゴッホ! ゴォッッッッホ!」


 激しくむせるアッシュ。

 まるで声帯に青酸カリをぶち込まれたような感触だった。


「なんだ。ひと喫みで情けないのだなぁ、ソナタは」


 魔女はニヤけ面のまま嘲弄ちょうろうするように眉を開く。


「まあよい。気にするな。ソナタみたいな青臭いお子ちゃまにはまだ早かったようなのだ」


 こんなどう見ても年端のいかない少女に馬鹿にされてアッシュは何か一言もの申したかったが、あいにく吐き出せるものは不細工な泡だけだった。

 口腔内がすごく不快である。

 ふぅー、とわざとらしく魔女は大きなシャボン玉を吹いた。

 一矢報いるためそのシャボン玉に噛みついてから、アッシュは横目を使う。


「魔女、その真っ赤なゴホッ……ヘンテコというか、キテレツというか。4次元に繋がっていそうな背嚢はいったい何なんだ?」

「ん? あー、これはランドセルなのだよ」


 魔女は自慢げに説明する。


「アートヘヴン魔法学校入学時、魔法使いは皆一様にこのランドセルを授けられるのだ」

「アートヘヴン」

「アートヘヴンでは美術は必修科目であったから美術道具をランドセルに詰め込み、空飛ぶ箒に跨がって通学したものだ」

「今はもう通っていないのか?」

「妾は現在休学中だからな」

「ふうん。どんな説明を受けても奇抜な装いであることには変わりないな」

「そうか? デザインもプリティでキュートなチャーミングだと自負しておるのだが」


 まあよい、と魔女は話題を塗り替える。


「それで、ソナタが屋敷を訪ねてきた真の目的を聞こうか? まさか遠路はるばる妾の下着の色を尋ねにきたわけでもあるまい?」

「すまなかった。あれは何かの間違いだ……忘れてくれ」


 アッシュは頭を下げると、あらためて自分の姿を再確認する。


「というか、いい加減……僕に着るものをくれないか? できれば包帯も一緒に。肌を露出してるとどうにも落ち着かないんだ」

「そういえばソナタはすっぽんぽんの全裸だったのだな。すっかり忘れておったのだ」

「わざとじゃないだろうな? 魔女」

「わざとではないのだよ」


 アッシュの感情読み取りスキルでは面の皮が厚い魔女の感情など理解できるはずもない。


「包帯を巻かねば怪我を負ってしまう、とは難儀な肉体なのだ。せっかくソナタはかわいらしい顔しておるのに覆面はもったいないのだよ」


 名残惜しそうに、そんなことを魔女は言うのだった。


「まあ包帯系ヒロインも萌えるがな」

「僕は男だ」


 アッシュはここはしっかり訂正しておいた。

 そんな裏切りはいらない。

 その横では、模型くんが自らのカラフルな内臓をガサゴソとまさぐっている。十二指腸の裏から真っ白で清潔な包帯とパステルカラーの衣服を引っぱり出した。

 気持ちのいい笑顔である。


「…………」


 それらの品をアッシュは苦い気持ちで受け取る。


「それからソナタにはこれを返却しておこう」


 魔女はそう言うと、真っ赤なランドセルをガサゴソと漁って、


「アブラカタブラ・チチンプイプイ――『ブラックホーク』」


 と、引っぱり出してアッシュに手渡した。

 アッシュは重厚な得物のグリップを握る。

 そしておもむろに大口を開けたのちガシガシと喰らい始めてしまったではないか。

 まるで黒い羊羹でも食べるように、あっという間にアッシュの胃袋に収まった。


「おなか壊しちゃうのだぞ……ソナタ」


 あの魔女が引いていた。

 そんなこんなで、アッシュは全身を包帯でぐるぐる巻きにしていく。


「ソナタのはだが失くなっていくのだ。美しいのに……」


 残念がる魔女。


「そう言ってくれたのはあんたで3人目だ」


 いかにも1人目と2人目はもう死んでしまったのだけれど。

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