辺境の島8
あまりに突然の出来事に誰も身動き出来ずにいる中、
「これ、何ですか?」
キーラは不思議そうに見上げて短剣を指さし、突きつける相手に問う。
「黙れ妖魔、覚悟しろよ!」
男は突きつけた短剣に力をこめようとしたが、
「待って、落ち着きなさい!」
遅れて入ってきた女が静止し、男に短剣を仕舞うよう告げる。
「ごめんなさいね、怖かったでしょう?」
女がキーラに目線を合わせ、優しく髪をなでてくれた。
「…ちょっと、ビックリしただけ」
一泊おいてふわりと笑うキーラに微笑み、
「この子の方が、よほど冷静ね。色しか見ていないなんて、ガーディアン失格よ」
男を一瞥し、厳しく叱責した。
二人はペアで魔華の駆除処分に来たガーディアンで、男は今回が初任務の新米だった。無事に仕事が終わったので、初めて来たトレオ島の果物でも土産に買おうと店に入ってきたところ、先ほど駆除したばかりの紅華に妖魔化された者と早とちりしてしまったらしい。
国家守護たるガーディアンとは思えぬ失態だが、紅色の髪はそれほど奇異との証左かもしれない。本来なら色だけでなく魔の気配を探って絶たなければならないが、そこまで頻繁に出会う機会のない妖魔を初任務で仕留められると功を焦ってしまったのだ。
男は明るいブラウンのストレート、女は濃いオレンジでゆるいウェーブ、どちらも腰のあたりまである長髪に、男は短剣、女は長剣を下げている。髪は自然エネルギーを取り込むとされるので、レボリアンは長髪が多い。進化能力を使うのに、自然エネルギーは欠かせないからだ。
刀剣はガーディアン養成校とも言われる、王都の国立士官学校卒業の証で、女王陛下から賜ることから拝領刀とも呼ばれ、下賜された時に人によって様々な形を成す。
その刃は人を傷つけることなく、病魔や妖魔といったこの世のあらゆる魔を昇華する、ガーディアン唯一の武器である。
「…って、言われてるかもしれないけど、使う者が未熟だとケガさせることもあるのよ」
うふふ、っと女が笑いながら幼児の憧れを砕き、だから軽々しく人に向けるなと無言の圧力を加えつつ、男の頭をパコンとはたいた。
「ホントにゴメンね。コレ、おやつに持ってたからちょっと食べちゃったんだけど、貰って?王都で人気のキャンディなの、とっても美味しいのよ」
差し出されたのは可愛らしい小瓶で、中には透けてキラキラ光るカラフルな小さな玉がたくさん入っている。キーラもカイナも初めて見る綺麗な物を、ぽかんと口を開けて凝視してしまう。
「お詫びにもならないけど、気に入ってくれたなら良かったわ」
女はキーラに小瓶を握らせて、パチンとウィンクする。
「…ありがとう、お姉さん」
「お騒がせして、ごめんなさい。お土産にオススメはあるかしら?」
くるりと店主に向き直り、アッサリと話を戻す。
「え、ああ、はい。こちらの細工物はいかがでしょう?お湯を注ぐだけの花茶も人気がありますし、お帰りが早いようでしたら、新鮮な果物もございますよ。この子たちが、届けてくれたばかりです」
女は花茶ファンでもあったようで目の色を変えて店内を物色し、ガッツリ買い物をしてオトコマエに支払いを済ませると男を荷物持ちに従え、ホクホク顔で帰って行った。
港まで飛んで、船で大陸に戻るらしい。美しい羽根を広げて飛び去ったのだが、山盛りの果物が入った箱や名産品詰め合わせのような大袋を持って、ふらつきながら飛ぶ姿は残念ながら威厳がない。
迷惑料も込みなのか金貨をドンと置いていかれたので、店主はキーラにも追加の代金をくれ、空の荷車を引く二人の足取りも、より軽やかになっている。
早速貰ったキャンディを一つずつほお張りながら、店での出来事を事細かく振り返っては感想を力説した。
初めて本物のガーディアンに会って、カイナは興奮を隠せない。行きに感じた二人きりのドキドキも、すっかり塗り替えられてしまったようだ。
キーラはなんとなく神様みたいな印象を持っていたので、意外に人間臭い現実に、こっそりと認識を新たにしていた。ガッカリしたのではなく、親しみを感じて嬉しかった。
そしてそれは、なるべく気にしないでおこうと思ってはいたものの、紅髪というだけでどこか気が引けてしまっていた店主にとっても同じで、キーラも普通の子だとガーディアンのお墨付きをもらったようで、張りつめていた何かが解けた。
そうしてこの日以降、少なくとも島裏地域ではキーラを恐れたり、避けたりする人はいなくなったのだ。
予想以上の成果を上げたはじめてのおつかいは概ね大成功で、カイナはしばらくの間、このネタで弟達相手にドヤる事になる。話す度に羨まれて、妙に満足そうだった。
キーラはと言うと、これからも売り上げを貯金して、いつか王都でキャンディの大人買いをしようと心に決めていた。
読んで下さって、ありがとうございます。
初めての長編チャレンジです。
毎日更新したいところですが、遅筆ですのである程度キリの良いところまでを書き溜めた分だけ連続更新、しばらくお休みしてまた溜めてから続きを更新の予定です。
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