辺境の島7
うっかり海に落ちてしまった時、特に恐怖も焦りも無く、着水と同時にどうすれば良いのかが、なんとなく分かっていた。
意識を腰から下に向けると、何の苦痛も無く足はすらりとした魚の尾に変わり、くるりと空中で回転して海に飛び込むと、美しい紫のグラデーションが光と水滴を弾いて銀色に輝く。水中でも普通に呼吸が出来たし、視界も良好。
あまり泳いだことは無かったけれど、変化した自分の身体を使うのは造作も無い。キーラはタオと同じ、第二進化「水棲」を遂げたのだ。
足に戻すのもなんとなく理解出来ていたので、心配で今にも泣きだしそうなライラに尾を見せて、すぐに立ちあがる。同じように心配顔で駆けてきた子供たちにも恥ずかしそうな笑顔を見せ、
「失敗しちゃった~、けど、見てて」
そう言って砂浜にある大岩にひょいっと登ると、軽く勢いをつけて海に向かって飛びあがり、くるくるっと身体を回転させながら足を尾に変えて着水する。いったん潜って水面に顔を出し、みんなに向かって手を振ると再び潜って勢いをつけ、水中から砂浜に向かって空中へとジャンプ、また綺麗に回転して波打ち際にポーズを決めた時には、尾は足に戻っていた。
たった今進化したばかりの水棲と、持っていた陸棲を織り交ぜて見事に使いこなすキーラを見て、奇妙な沈黙が訪れる。
一つ、誤って海に落ちたキーラを心配しました。
二つ、ライラに支えられて浜に戻ったので、安心しました。
三つ、進化してその能力を使いこなしていました。
落ち着いて整理してみても、なんだか情報量が多くてすぐに呑み込めなかったけれども、とにかくキーラすげーと理解されたらしく、子供たちが先を争うように走って家に戻り、口々に昼食の準備に取り掛かろうとするメドウとカズーに今見た事を報告する。
カタコトと擬音で前後無視なマシンガントークに圧倒されながら、ライラのフォローで状況を理解した二人は改めて驚き、おめでとうと祝ってくれた。
そうして盛り上がりが落ち着いて昼食の準備も大詰めを迎え、港の市場に行っていたタオが戻ってひとしきり驚いてからとった昼食の時に、あり合わせのパンとフルーツでライラが即席ケーキ作ってささやかな進化祝いをしたのだった。
翌日も早朝から果樹に登り、リゴとミンカン、たくさん見つけたブドゥヤを1箱ずつ、キーラ一人で収穫した。今日は家から一番近い店に買い取りしてもらうのに、初めてカイナと二人の子供だけで行ってみることにした。
タオもメドウも心配したが、しっかり者でも言い出したら聞かないカイナのわがままを、渋々聞くカタチで了承してくれたのだ。
小さめの荷車を二人で引いて、島に二つしかない店の近い方を目指す。港の店は普通に歩くと着くまで半日くらいかかるが、森の近くの店なら午前中に戻れるだろう。デコボコだが一本道だし、島裏と呼ばれるこの辺りは他の動力車や馬車が走ることも少ないので、迷子と交通事故はあまり心配せずに済む。
強盗や誘拐などのいわゆる犯罪行為の元となる悪意を持つと、黒華の妖力に憑かれて心身に異常をきたすから、この世界でそういった被害者になる心配は少ない。
それでも人間、黒い感情が高まる時もあるので、黒華や黒華に変化すると言われる紅華の駆除も、国を護るガーディアンの仕事だった。
デコボコ道を荷車を引いて歩くのは想像以上の力仕事だと実感したカイナだったが、他愛のない話をしながら二人で出かけるのは楽しい。
家の近くで見るのと同じ花も、珍しくも無い小動物も、何故か新鮮に映るのが不思議だった。
キーラはガサツな弟達と違って穏やかで優しく大好きなのだが、最近はその笑顔やしぐさに妙にドキドキしてしまう。視線が合ったら頬が赤くなってしまって、なんだか恥ずかしい。
一緒にいたいけれど大人たちに見られたくない、ドキドキするけれど独り占めしていたい、そんな気持ちが強くなって、今日はワガママを通してしまった。
結果、後悔はしていないけれども、若干の早まった感が首をもたげる。自分の気持ちを知られるのもバツが悪くて、テンションがオカシイという自覚はあるのだ。
当のキーラは相変わらずぽやぽやしていて、カイナが一人で感情ジェットコースターに振り回されている事には気付かない。いつもしっかりしてるカイナだけど、今日は心が忙しそうだな、くらいである。
カイナの心情以外は穏やかに、無事に店に到着した。裏手に回って荷車を置き、店主のおばさんに声をかける。
「おや、二人で来たのかい?えらいねぇ」
浅黒い肌に金の巻き毛、恰幅の良い体型に似合う良く通る明るい声。
「リゴは重いから私が運ぼうね、ミンカンとブドゥヤは二人で持ってきてくれるかい?」
カイナとキーラは返事をして一つずつ箱を持ち、店内に入った。
「後で並べるから、この棚の裏に置いとくれ」
指示された場所に置くと、
「ありがとうね、これはお代だよ。疲れただろう?一休みしていきな」
カイナに銀三枚を手渡して、二人にソーダをごちそうしてくれた。甘くてシュワシュワする飲み物で、持ち帰るのが難しく、扱っている店でしか飲めないものだ。
「うわあ、ありがとう!これ大好き」
すっかりご機嫌のカイナがキーラに向かって、ソーダの美味しさと貴重さを力説する。関心しながら聞いていたキーラも、最初は驚いたがすっかり気に入ったようだ。
「おばさん、ありがとう。ごちそうさまでした」
飲み終えたカップを返して二人でお礼を言って立ち上がった時、店内に入ってきた客らしい男が素早くキーラに近づくと、いきなり持っていた短剣を頬にあてた。
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初めての長編チャレンジです。
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