辺境の島6
年の瀬が迫って新年を迎える準備が島のあちこちで行われ始め、キーラは初めてメドウと一緒に果物収穫に行くことになった。
畑に植えて育てられる野菜と違って果物は果樹になるので、収穫するためには少なくとも十メートル以上の高さまで登って作業しなければならない。猿型の第一進化人であるメドウの得意とするところで、そのメドウに猫型のレボリアンならと見込まれたのだ。
果樹は島のあちこちに生えていて、その実を採るのは原則自由である。そもそも数十メートル上にしかならない実を捕れる者は少なく、海で魚を捕る漁師と同じような感覚だ。
新年に祭壇のお供え物として人気の果物は、この時期けっこうな値で売れる。レボリアンでなくとも果物を採る事は出来るだろうが、普通の人間には危険な作業なので、多少の高値でも買う者が多いのだ。
もちろん最終進化で翼を持つ者なら、さらに楽勝の作業なのだが、ファイナルにもなると待遇の良い仕事が他にもあるので、果物採取を生業にする者はファーストが多かった。
多いといってもタオのような四足獣型には不向きなので、実数はいくらもいないのが現状だろう。この島でも実際、メドウの顔見知りで数人程度だ。
遥か上空まで複雑に絡み合う果樹や蔦植物、実を付けない広葉樹。籠を背負い、するすると登っていくメドウを追いかけて、キーラは適当な足場を見つけて小さな跳躍を繰り返す。
果樹の中ではさほど大きくはない樹の半分くらいまで行くと、あちこちの葉陰にぶら下がる果物が見える。
「やっぱ、一番人気はリゴだな。黄緑でも黄色でもいいが、開いた手のひらより小さいのは未熟で酸っぱいからダメだ。足元には気を付けろ、採りにくい場所や落としてしまった時は諦めて他のを探せ。採るときは少しだけ枝を残して果物ハサミで切る、そんで籠に入れていくといい。重くなりすぎると降りる時危ないから、十個まででな」
説明しながらやって見せてくれるので、キーラにも分かりやすい。実際にやって見せると、上手だと褒めてもらえてやる気も上がる。
目線を上げてリゴの場所を確認し、すぐ隣に見えている実に目もくれず上に登ると、確認した場所の上から順に収穫して元居た場所に戻り、最初に見つけていた一個をハサミで切って籠に入れた。
「これでちょうど十個だよ。一回降りて台車に積んだら良いんだよね?」
よく見る、ふわりとしたあどけなく優しい笑顔。そのぽやぽやした見た目を裏切る理解と仕事の早さには、いつも驚かされる。
「…あ、ああ、そうだ。それでまた空にした籠を持って登ったら、果物を採って降りて台車に積む。リゴを六箱とミンカン三箱をいっぱいに出来たら今日は終わりだ」
驚きで妙にたどたどしい説明になってしまったが、キーラは気にする様子も無く、
「はあい」
と、綺麗な顔で花のように笑ったかと思うと、身軽に木々の間を駆け抜けるように降りていく。
美少女にしか見えない外見と超人的な身のこなしにうっかり見惚れてしまったが、我に返って作業を進めるメドウ。
倍の二十個を採って降りようとした時、早くもリゴを置いたキーラが戻って来て、
「もうちょっと上、見てくるね」
とだけ言い残し、軽々と木々の間を駆け上がって行ったので、点目で見送るしか出来ないメドウだった。高所作業だし怖がるなら無理強いはよそうと思っていたのに、就学前の幼児に教えた初日とは思えない技を見せつけられてしまった。
予定時間の半分で作業が済んでしまったので、ついでにブドゥヤとネイシも少々収穫して、一緒に港の市場に出す野菜を収穫中の、タオの畑に向かう。
ちなみにブドゥヤは子供から大人の指先くらいの大小の粒が房状に垂れ下がる紫や黄色、ピンクの実で皮ごと食べられて甘酸っぱい。ネイシはリゴに似た形だが薄い茶褐色で水分が多く、瑞々しくて甘さもあっさりとしている。どちらも買えば高級品だ。
「え?もう終わったのか!」
出荷用の葉野菜、レンソンを束ねながら聞いた初果物収穫の成果は、普段からキーラの能力を知っているタオも驚きを隠せない。
報告と感心を繰り返しながらも作業は進み、荷車にリゴとミンカン、束ねたレンソンを積み込むと、タオは港に向けて出発した。
見送ってキーラはブドゥヤとネイシのおすそ分けを貰って自宅に置き、メドウと一緒にレン家に行く。そこでも一通り初収穫を武勇伝のように語られ、聞いて興奮したアイゼとフドウに木登りを見たいとリクエストされると、キーラは嬉しそうに家の前にある海に向かって伸びた大樹の前に立つ。
ゴツゴツとした樹の節や枝を上手く使って、あっという間に見上げる高さまで登って見せるとカイナにフドウとアイゼはもちろん、ライラに抱かれたミリヤまでもが喜んで盛り上がる。
何度か登ったり下りたりを繰り返し、海の方へ突き出した枝をどこまでいけるか試していたら、バキっと大きな音がした瞬間、足場が無くなっているのに気付いた。が、突き出した枝の近くに体勢を変えられる足場は見当たらず、そのまま海に落ちていく。
「キーラ!」
ドボンと水音のした方へ皆が駆け寄り、ライラはミリヤをカイナに預け、全力で砂浜へ走った。南国なので、年の瀬とはいっても水温はそれほど低くは無い。ライラは突き出した枝の下を目掛けて海に入るが、いくらも進まないうちに水深が深くなる。
島育ちなので泳ぎは得意だが、服を着たままでは思うように動けない。水面を探してもキーラの姿は見当たらず、潜って目を凝らす。
すると枝の下からかなり離れた場所に、人影が見えた。そちらを目指そうと呼吸を整え、大きく息を吸って再び潜る。と、その人影はライラに気づいたのか、みるみるうちにこちらに近づいてきた。
ぷは、っとライラの前で水面に顔を出したキーラを抱きしめて一刻も早く浜へ上がろうとするが、
「おばさん、ボク大丈夫だよ、ホラ」
腕の中でいつもののんびりした笑顔を見せ、自分の足を指さしている。見ると、綺麗な紫のグラデーションに銀色の光を反射した、すらりと伸びた尾があった。
「えー--っ!?」
読んで下さって、ありがとうございます。
初めての長編チャレンジです。
毎日更新したいところですが、遅筆ですのである程度キリの良いところまでを書き溜めた分だけ連続更新、しばらくお休みしてまた溜めてから続きを更新の予定です。
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